46話 是正を促す者たち その1
「くそっ!」
寄宿舎内、2階の自室にて悟は苛立っていた。この10日間ほどの毎日の鍛錬……バーモンドの酒場で言われた仲間からの言葉……
「おめぇは剣術指南から受けた方がいいな。どう考えても戦士系の人間だろ」
戦士か魔法使い、どのような基準で分けられたのかはわからないでいた悟だが、次の日からおススメの剣術道場へと通い出した。そこで、戦士としての基礎でもある闘気の実践を教えられ、自らの攻撃力と防御力を闘気により上げていくことを学んだ。
剣術道場は座禅とひたすら戦闘を行うというシンプルなものだった。座禅により、闘気の流れを感じ取る必要があるのだ。そして、その後はひたすら攻撃、防御の実践。剣術の習得などは果てしない程遠くの過程であった。
剣術道場では基礎的な体力のトレーニングなどは行わない。才能ある者には特に必要はないし、才能が乏しい者の場合、自主トレーニングとして行うものだからだ。
その為、悟は誰に言われることもなくトレーニングは開始していた。陸上時代に経験していることだったこともあり、相当に身体を酷使した。ランニングや腕立て伏せ、腹筋に毎日相当な時間費やしたのだ。そして、回廊遺跡の攻略も同時並行で行われた。悟が剣術指南を開始してまだ10日程度だが、彼の能力はレベル8相当までは上昇していた。
「お化けガエルは倒せるようになった……遺跡の2階層くらいまでなら、問題なく行ける……だが……! なんなんだ? この差は!」
レベル8程度、10日で行けるのはそう珍しいことじゃない。悟は剣術道場に通っている他の冒険者を思い出していた。そして、その中でも異彩を放っていた人物……Bランク冒険者のアルマーク・フィグマだ。ゴイシュ以上の強さを誇り、既に実力はAランクに到達していると言われている。もうじきランクアップをする人物だ。
悟の1つ歳下の人間であり、礼儀正しい二枚目。日本であれば、可愛い後輩と感じていただろう。だが、現実は悟よりもはるかに格上の人物。
悟はまだ10日くらいとはいえ、決して楽ではない毎日を送っていた。それを今後も繰り返したとして、アルマークに追い着くのは何時になるのか……圧倒的才能の持ち主の前には決して越えられない壁があるのではないか。
悟の周囲の人間は相当数がそのような意見を持っていた。彼自身もそういう感情は芽生えている。もはや、春人に追い着くどうこうの話ではないのだ。
「悟、居るか? 入るぞ」
「ヘルグさん」
ノックの音と共に、悟の部屋に入って来たのはヘルグだ。悟は立ち上がり、彼に小さく頭を下げた。
「回廊遺跡に行くぞ。今月の稼ぎを規定値に届けないとな」
「わかりました」
悟はヘルグの提案に間髪入れずに頷いた。「フェアリーブースト」の稼ぎは回廊遺跡の結晶石がメインではあるが、悟が入ってから、その収入は下がっている。悟の強さを考慮して3階層辺りで引き返している為、当然と言える。
1日に4000ゴールドを稼ぎ出すのは現在の状況ではかなり厳しい。悟としても、初日から迷惑を掛け続けている為、これ以上は出来るだけ控えたいと考えていた。悟はすぐに出発するために装備などを用意した。
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「そういや、明日だっけ? 寄宿舎オムドリアの内部の調査に「センチネル」の二人がくるんだろ?」
場所は回廊遺跡の3階層、「フェアリーブースト」のレンガートが、思い出したかのように話し出した。
「明日で間違いないよな?」
「確か、そうだったと思うわ」
レンガートは確認の意味も込めてラムネに問いかけた。彼女も自らの記憶を呼び出しながら頷く。そんな二人の会話を後ろから悟は眺めていた。これ以上迷惑を掛けられないと考えているだけに、周囲への警戒で声を出している暇がないのだ。
回廊遺跡の3~8階層はレベルにして3~12程度のモンスターが現れる。先頭を歩くヘルグやレンガート、ラムネからすればこの辺りの階層はまだ余裕があると言えるだろう。
悟もFランクからEランクに昇格を果たしたので、レベル10くらいまでのモンスターはなんとか戦えるレベルに到達している。
「しかし悟、お前が強くなってくれて嬉しいぜっ」
周囲への警戒で忙しい悟の背中を、レンガートは励ますように強く叩いた。
「ええ、こうしてある程度の階層に向かうこともできるしね」
「そうだな」
ラムネ、ヘルグ共にレンガートと同じ意見の様子だ。悟のレベルアップを喜んでいるのは事実だろう。それもこの10日間の悟の努力の成果と言える。
「……ありがとうございます」
だが、まだまだ悟の表情は暗い。レベル10を越えるのは1つの壁と言われている為だ。それは剣術道場でも散々言われていた。
悟の段階であれば才能がない者でも来られる可能性はあるレベルだ。しかし、レベル10以上はそうはいかない。悟としては先の見えない不安に今にも潰されかねない状況なのだ。
「今回の是正で、寄宿舎の改善が図られればいいがな。そうすれば、俺たち含め、他の冒険者もかなり住み心地がよくなるだろ」
「そうね……本当にそうなってほしいわ」
レンガート、ラムネ共に是正勧告をする「センチネル」には期待をしていた。まだ、16歳の少年や少女ではあるが、実力的には申し分がない。「ハインツベルン」の独裁政治を改善してほしい者は彼らだけではないのだ。
しかし、改善されては困る連中もいる。「ハインツベルン」の手足として寄宿舎を牛耳る片棒を担いでいる者達だ。女性関連などで良い思いをしているとの噂もある。
たまにゴイシュに呼び出されるラムネなどは特に是正を期待している者だ。最近はさらに虫唾が走る程嫌になってきたと彼女も漏らしていた。
「ゴイシュも何らかの対抗手段を講じるはずだ。アルマークとイオ……純粋な彼らがやられないといいけどな」
ゴイシュは腐ってもアルゼルの腰巾着だった男だ。狡猾な手段をアルゼルから学んでいても不思議ではない。また、狭い範囲とはいえ、長年寄宿舎のトップに君臨している知恵もある。強くとも、まだ若い二人をヘルグは心配していた。
「おっと、声をたてるな。聞こえるぞ」
レンガートが前方を見ながら言った。前から歩いて来るのは「ハインツベルン」の者達だ。彼らは3人のパーティなのである。
戦闘を歩く鎖鎌の男がゴイシュ・ダールトン 30歳。その隣の黒いローブをかけた、しわがれたような外見の灰色の髪をした人物はジスパ・ナドールだ。まだ33歳だが、外見上はさらに歳をとっているように思える。そして、一番後ろから歩いて来るのは、紅一点といえるだろうか、キャサリン・シウバ 29歳だ。
紫の髪を肩口辺りまで伸ばしており髪留めも付けている。唇には紫の口紅を塗っており、髪の色と同じになっていた。香水の匂いをまき散らした非常に濃い化粧の女性であった。顔の造形は化粧のせいで分かりにくいがまずまずであり、戦闘をこなしているだけありスタイルも相当に良い。
「キャハハハハ、誰かと思ったら小便小僧を飼い慣らしてる「フェアリーブースト」じゃん!」
悟たちのパーティに気付き、真っ先に声を上げたのは一番後ろに並んでいたはずのキャサリンであった。ゴイシュも標的を見つけたような表情に変わっている。最悪の人物に会った……悟の中ではそのような感情がどうしようもない程に渦巻いていた。




