45話 壁画
「リザード討伐の遠征前に、オルランド遺跡は踏破しておきたいわね」
「うん、そっちの方が早く終わるだろうしね」
アメリアと春人のデートの次の日、彼らは何時のも如く、バーモンドの酒場でくつろいでいた。最も今回は仕事の話をしているが。
「店のことはバレたんだよな……春人、すまねぇ」
「いえ、色々経験できましたし……謝らないでくださいよ」
バーモンドの謝罪に対して、春人は全く責める気などはなかった。結果として経験にはなったし、得られるものも大きかったからだ。アメリアも春人の前に座り、特に不機嫌にはしていない。
「俺は、お前らの小指に光るリングが気になってるんだが……」
「あ、これは……」
「いいでしょ、ペアリングよ。ね? 春人」
「う、うん……」
春人は照れながらも、アメリアの言葉に頷く。バーモンドはそんな彼らのやり取りを見て、さらに仲が進んだことを直感した。それから、近くで働くエミルに視線を向ける。
「こりゃ、エミルも大変だな。俺としてはどうなるか楽しみではあるが……」
バーモンドはまだ、ペアリングの存在を知らないであろうエミルに応援の意味を込めてそんなことを言った。実際には昨日の段階で、エミルはリングの存在を知っている。敢えて知らない振りをしているのだ。二人の女の戦いは、既に始まっていた。
「失礼する、春人とアメリア……少し、時間をいただけるか?」
そんな彼らの前に、突如現れたのはジラークであった。バーモンドからすれば久しぶりの彼の来店に驚きを隠せないでいた。
「突然、現れるんじゃねぇよ。びっくりするじゃねぇか」
「すまない、来れなくなっていてな。しばらく来ない不義理をやらかしていて、余計に来るのが遅れた」
いつか話していたジラークの脚が遠のいている原因。バーモンドが怒っているのではないかという、ただそれだけの思いだったのだ。
「俺がそんなことで怒るかよ。テキーラでいいか?」
「ああ、それで頼む」
久しぶりの旧友の来店に、バーモンドは機嫌を良くしたのかカウンターの方へと去って行った。
「春人、君とこうして会うのは初めてか?」
「あ、そうですね。ジラークさんですよね? 高宮春人です、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
お互い有名人なこともあり、名前や外見などは既に聞き及んでいた。しかし、こうして話をするのは今回が初めてとなる。
「それで? ジラークさん、用件って?」
「ああ、実は「ブラッドインパルス」でオルランド遺跡の8階層を攻略していてな。相当に強いモンスターも居たが……そんな時、奇妙な壁画を発見した。おそらく、君らも到達していない地点だと思うが。少し、見てほしい」
彼はそう言いながら1つの宝玉を取り出した。そして、その宝玉は光を放ち、壁に映像を映し出したのだ。実に不思議な光景だ。春人は少し驚いたが、アメリア達からすれば普通のことなのか特にその現象に突っ込みは入らない。これは魔法の力によるものだ。
「これを見てくれ」
オルランド遺跡の8階層、その最深部付近の壁画と思われる映像がそこには映されていた。日本で言うところの写真やビデオの技術を魔法が代用しているようなものだった。念写と呼ばれている。
「これって8階層の壁画? 最深部にあったの?」
「いや、まだ最深部のエリアには行っていない。敵の強さとこの壁画が気になってな」
アメリアの質問にジラークは遠慮気味に話した。オルランド遺跡はソード&メイジが攻略中のダンジョンの為、彼としても申し訳ないと思っているのだろう。
「これは……」
春人とアメリアは壁画に描かれている内容に目を向けた。真ん中には獣耳を有する人物が二人描かれている。尻尾も生えているようで、少女のように見える人物だ。人間ではなく、列記とした獣人系のモンスターだろう。その両サイドには、少女の背丈を大幅に超える二体の狼のようなモンスターの姿があった。
「こんなモンスター、神聖国の文献にもいないような……」
「ああ、見たことがないな。この狼も同様だ。それが問題ではなくその横に居るモンスターが問題だ」
そして、ジラークに促されてアメリアも目を動かす。狼の両サイドには1つ目の巨人の姿と、全身を丸みの帯びた巨大な鎧で包んだ巨人の姿があったのだ。
1つ目巨人は棍棒、鎧の巨人は大刀を持っていた。さらに、その隣には巨大な鎌を携えた骸骨のような外見のモンスターの姿もある。
「まさかこれって……アメリア」
「うん……多分、「親衛隊」……」
アメリアはめずらしく息を呑んでいた。オルランド遺跡最下層に描かれた壁画……そのように考えるのが最も妥当と思えたからだ。フィアゼスの親衛隊が集結している図と言えるだろう。
「この鎧を纏っている巨人は、かの「鉄巨人」に該当するはずだ。1つ目巨人は、おそらくサイクロプス……文献では、レベルの表記はなかったが、間違いないだろう」
獣人族の少女達や狼を中心に複数体の鉄巨人とサイクロプスが並んでいた。壁画の立ち位置から計算しても、中心のモンスターがより高レベルということが伺える。一番端に描かれている死神のようなモンスターだけは測りかねるといった印象だが。
「サイクロプスは多分、鉄巨人クラスはありそう……他の奴らは文献にも該当ないからわかんないわね」
ジラーク達「ブラッドインパルス」が発見した壁画は、最も新しい文献の役割も果たしていた。
「サキア、なにかわからない?」
「申し訳ありません、マスター。詳細についてはわかりかねます」
サキアは悲しそうな表情で、春人に謝る。当時起動していなかったサキアからすれば当然のことだが、春人の希望に答えられなかったことを心底悔やんでいる様子だ。
「この壁画だけではなんとも言えないわ。ところで、ジラークさん達が引き返した理由は他にもあるんでしょ?」
「ああ、最深部の辺りで新たなモンスターが出てきてな。パイロヒドラだ」
アメリアの表情が変わる。春人としては初耳のモンスターだが、彼女は違ったようだ。
「パイロヒドラ……レベル240の化け物よね? 8個の頭を持ち、それぞれ属性の違うブレスを吐いてくる強敵」
「そうだ、しかも複数体確認できた。いよいよ、攻略間近というわけだぞ? 最後はソード&メイジに譲ろうと思ってな」
アメリアはそんなジラークの計らいに笑みをこぼす。自らの手柄は壁画だけで十分ということか。それとも後進の育成も兼ねているのか。
「そんな計らいされちゃ感謝するしかないわね、ジラークさん。春人、私達でオルランド遺跡の最深部を踏破するわよ」
「わかった。相手はレベル240か……不足はなさそうだね」
春人もアメリアと同じくやる気は十分のようだ。レベル240のパイロヒドラを前にしても全く恐れている気配はない。そんな春人とアメリアのコンビにさすがのジラークも驚いている。更新の育成は十分進んでいるどころではない。既に、彼らはベテランのジラーク達を超えているのだから。
「オルランド遺跡はお前たちに譲るが、アシッドタワーの探索は俺たちが向かおう。なにか新たな発見があるかもしれんからな」
ジラークはそう言って、アシッドタワーの探索を宣言する。新しい壁画が出てきたばかりなのだ。かの塔にも未発見の文献が存在する可能性が高いという推理だろう。
「そっか。「ビーストテイマー」の二人もスコーピオン退治に行く予定みたいだし、少しアーカーシャが手薄になるわね」
アメリアはSランク冒険者が遠征に行くタイミングが被る可能性を想定していた。春人とアメリアもリザード軍団討伐に向かう予定だからだ。
「それは仕方あるまい。得体は知れないが、「シンドローム」は居るわけだしな。イオとアルマーク、それに他のAランク冒険者も存在している。守りとしては十分だろう」
ジラークは楽観的に考えていた。通常であれば、むしろ過剰すぎる戦力と言えるだろう。しかし、アメリアの中では先ほどの壁画が少し気になっていた。
「ま、今考えても仕方ないわね。とりあえず、オルランド遺跡の踏破を目指さないと」
「うん、そうだね」
一抹の不安は拭えないでいたが、アメリアはすぐに気持ちを切り替えた。
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「……というわけでな、ギルド本部から是正勧告に、「センチネル」の二人が来るんだよ」
「そうなんですか……」
その頃、冒険者たちの集う寄宿舎の1階、大浴場ではゴイシュの背中を流している悟の姿があった。この数日、毎日のように彼の背中を悟が流している。
ゴイシュはセンチネルの面子が是正勧告に来ることに納得はいっていなかった。アルマークとイオ……わずか16歳の少年少女に好き勝手言われるのは癪ということもあるが、自ら作り上げた城を改善されるのが不快で仕方がないのだ。
現状を把握されれば、改善勧告が来るのは間違いない、それはゴイシュにもわかっていた。
「俺の半分しか生きていない餓鬼共に、俺の城を壊されてたまるかよ。お前もわかるよな?」
「は、はい……そうですね」
悟は格上のゴイシュに逆らうことは許されず、内心の感情とは正反対の言葉を口にする。目の前の男は人間の汚い部分を体現したような男だ。
同じメンバーのラムネを抱き、悟には攻撃を加えることもあった。悟の反抗の一件で「フェアリーブースト」はいじめの標的にされているのだ。
今すぐにでも殺したい感情が芽生えるが、悟ではどう転んでもゴイシュを倒すことはできないでいた。彼は、あれから剣術道場にも通い、闘気の扱い方などを学んだ。
筋肉トレーニングやランニングも含めて、相当な時間を鍛錬に費やしている。その甲斐あってか、最初の頃よりは強くなり、現在ではお化けガエルには苦戦しなくなっていた。
「おい、ちゃんと洗えって言ってるだろうが!」
「うぐ……! す、すみません……!」
だが、まだまだ冒険者のレベルはEランク程度。ゴイシュには全く及んでいない。ゴイシュに強く脇腹を突かれ、声を上げてしまう悟。かつては、自らも春人に対して行っていたことだ……まさに、因果応報。現状に相当苦労する中で、彼の中でそんな言葉が生まれていた。
「アルマークとイオ……イオはなかなか良い女でな。是正勧告は好かねぇが、あの女をアルマークのくそ餓鬼の前で犯したら、さぞ愉快だろうな。はははははっ」
ゴイシュは薄汚い欲望を、隠すことなく口元から出していた。悟としても反吐が出る程の感情が芽生える。この男はどこまで醜いのか? イオという少女を彼氏? の前で抱くという発想からして常軌を逸している。
それに「センチネル」のことは悟も少しは知っている。Aランク級の冒険者パーティのはずだ。ゴイシュよりも相当に格上のメンバー。さらに、アルマークとは同じ剣術道場にも通っているのだ。
まともにやり合って、ゴイシュ達「ハインツベルン」が勝てるとは思えない。なにか秘策でもあるのか……。
このままでは、「センチネル」のメンバーが危険に晒されるかもしれない……悟は醜い欲望の塊の男の背中を洗いながら、そのような考えを巡らせていた。




