35話 悟のパーティ その2
場所は寄宿舎の談話室……。
「迷惑かけました……すみません」
「あんまり気にしない方がいいわよ。自信からはちょっと意外だったけど」
悟は回廊遺跡での失態に、さらにあまり責められない事態に恥ずかしさでどうしようもない状態になっていた。ヘルグとレンガートも悟からは自信が感じられたので期待はしていたというのが本音だ。しかし、予想以上の弱さに彼を責めることもしなかった。
「まあ、まだ17歳だしな。そう落ち込む必要もねぇよ。体力は最低限はあるみたいだしな」
回廊遺跡の1階層を回った段階での引き返し……彼らのレベルであれば本来は10階層までは行ける。回廊遺跡の10階層のモンスターレベルが15程度だからだ。しかし、悟の強さを考えると彼が死にかねない為、急遽引き返したと言うわけである。
悟は思い出していた……自分に迫ってくるレベル4のお化けガエルの群れ……1体も倒すことなく敗れた。ラムネが助けに入らなければ、確実に死亡していただろう状況だった。
悟は恐怖心もそうだが、自分が戦力外なことにひどく落ち込んでいた。
彼の傷はヒールにより、ほぼ完治していた。ガードアップの効果もあり、骨が折れていることもなかったのだ。だが、精神へのダメージは回復していない。
「まあ、レベル4のカエルに苦戦っていうのは驚いたが、まだ若いんだ。あまり後悔していても仕方がないぞ?」
ヘルグの気を遣うような発言は、彼をさらに追い詰めることになる。冒険者という職業は、日本の陸上で活躍した程度では、全く歯が立たないものなのではないかと、悟は感じ始めていた。
「で、ヘルグ。今日の収穫はどのくらいだ?」
「収穫もなにもお化けガエルしか倒していない。500ゴールド程度だ、運賃が2000ゴールドなんでかなりマイナスだな」
レンガート達の話を聞いて、悟はさらに驚いた。お化けガエルを15体は倒したはずだ。その時に生み出された結晶石と呼ばれるアイテム。モンスターのレベルが高いほど、より希少な結晶石が生み出される。また、モンスターごとに生み出す結晶石は異なる。
さらに、さまざまなエネルギーに転用できる為、かなりの需要が見込めるアイテムということを悟も聞かされていた。
「500ゴールド……?」
「ああ、今日は不漁だな。まあ、悟の力量がわかっただけでも良しとするか」
あれだけのモンスターを倒しても500ゴールドにしかならない……日本円で6000円程度だ。寄宿舎は月に1万ゴールドの家賃がかかる……1か月の生活費も考えると、相当に厳しいと言わざるを得なかった。
「ここって、月1万ゴールドかかるんですよね?」
「そうね、まあ私達ならなんとかなるけど、あなたは相当厳しいんじゃない?」
Dランク冒険者である、「フェアリーブースト」の1日あたりの稼ぎは4000ゴールド。20日として計算すれば8万ゴールドになる。4等分すれば一人2万ゴールになり家賃は払えるが、ろくに活躍していない悟が2万ゴールドも貰えるはずはなかった。もちろん、誰もそのようなことは言わないが、悟としてもそれはわかっていた。
「ま、悟は強くなるしかないな。この寄宿舎も治安がいいとは言えないが、街の外で寝泊まりするよりはマシだろ」
アーカーシャは実力主義の街になっている為、ごろつきも多い。街の外での野宿など格好の餌のようなものだ。悟もそれは感じていた。
「しかし、この街は本当に実力主義だな。確か、3か月くらい前に強力な冒険者が来ただろ?」
「高宮 春人だな。本来なら、この寄宿舎に来るはずの人間だったが」
悟が自信をなくしている間に、いつの間にか話題が移っていた。レンガートとヘルグの二人は春人のことを話し始めた。当然、彼のことは寄宿舎でも有名だ。
「いきなりレベル41の亡霊剣士を倒してAランクになったからな。寄宿舎に来る必要もないってことかよ」
「それからすぐにSランク冒険者になったのよ。あのアメリアと組んでるし」
ここに来て数日の悟だが、春人の明確な位置はわからないでいた。しかし、彼らの話で春人の位置を確認することができた。レベル41のモンスターを討伐? 聞き間違いではないだろうか、悟はそのように考えていた。
「春人がレベル41のモンスターを討伐? 本当ですか?」
「知らないのか? けっこう有名な話だが……しかもその後、レベル110のグリーンドラゴンも倒しているんだろ」
「まさに天上の冒険者ね。私達とは持ってるものが違うと言うか」
聞き間違いではなかった……悟は驚愕する。レベル4のカエルに苦戦していた自分……もはや比べることがおこがましいレベルではないか? さらに最高位のSランク冒険者という事実……。
「それに、グリフォン襲撃以降に台頭してきた「シンドローム」の4人組だ。もうすぐSランク冒険者に昇格らしいぞ」
ヘルグの言葉にレンガートとラムネは驚きの声を上げていたが、悟は落ち込んでおり、それどころではなかった。そして、そんな時、談話室の入り口から入ってくる人物が居た。
「あ、これはゴイシュさん、お疲れ様です!」
リーダーのヘルグは談話室に入って来た人物の姿を見るや、話を中断させ、直立不動の挨拶をした。悟たちは特に動く気配はない。悟は知らされていなかったが、「ハインツベルン」のリーダーのゴイシュには、各パーティの代表者が挨拶をする決まりになっている。
この寄宿舎が大枠でのパーティということにもなる。その大枠のリーダーが「ハインツベルン」というわけだ。
Aランク冒険者のアルゼル・ミューラーの腰巾着であり、例の襲撃事件の片棒を担いでいたパーティではあるが、アルゼルが死に運よく露見することはなかった。日本で言うところの証拠不十分で釈放みたいなものだ。
「お、そいつが例の新入りか」
「ええ、そうです」
ヘルグの合図に合わせる形で悟は立ち上がった。自信を無くしている悟にとって、現状は逆らわないほうがいいことくらい、容易に想像がついた。
「おめぇ、めずらしい名前だな。確か、高宮 春人と同郷とか聞いたがマジなのか?」
「え、ええ。まあ……」
高宮 春人と同郷など認めたくはない彼だったが、そうも言ってられない状況はなんとなく察していた。ラムネもなにかあるのか、自信なさ気にゴイシュを見ている。ハインツベルンとフェアリーブーストの立場の差といったところだろうか。
「はははははっ! マジかよ! こんな弱い奴と同郷なんて、高宮 春人も迷惑だろうな!」
「あっ!? もう一辺言ってみろよ、おっさん!」
悟は思わずそんな言葉を口にしていた。春人のことになると熱くなるのは悟の悪い癖でもある。だが、今回はそれが裏目に出てしまう。
「誰に向かって口聞いてんだ? 三下が」
「がっ!?」
ほとんど反応できない速度で、ゴイシュは悟に接近し、腕を極めた。少し力を入れたら折れる程に、彼は腕を極められている。
「あがが……! ああ……!」
骨を折られるという恐怖とかかってくる痛みに、悟は声にならない声を上げる。
「ゴイシュさん! 勘弁してやってくれませんか!? まだここに来たばかりなんですよ!」
「あ、お前も俺に逆らうのか? ヘルグ」
「いえ……そういうわけでは……」
リーダーであるヘルグはゴイシュの迫力に圧倒されてしまい、それ以上なにも言えないでいた。入ったばかりの新人を助けるよりも、フェアリーブーストの立ち位置を守る方が重要ということだろうか。
「……ゴイシュさん、離してあげてくれませんか?」
「じゃあラムネ、今夜は俺の部屋に来い。それでどうだ?」
悟はさきほどの二人の目配せなどから感じてはいたが、この二人はそういう関係でもあった。今、自分は人質になっているようなものだ。ラムネが断れば、自分の腕は折られてしまうかもしれない……そんな恐怖心が悟を包んでいた。
「……わかりました」
「へへへ、なら今回だけは見逃してやるか」
ゴイシュはラムネの返答を聞くと、満足そうな表情で悟の腕を離した。それから、ラムネの身体を舐めまわすように観察する。
「久しぶりだな、そういえば。まあいい、今夜は寝られると思うなよ。じゃあな悟、仲間連中にしっかりここの序列について教えてもらうんだな」
ゴイシュは薄汚いたれ目をラムネに向け続けた後、そのまま部屋から去って行った。
「あ、あの……すみませんでした……」
「あ~もう! ……最悪……」
ラムネの心底嫌がっている表情。それはゴイシュや悟に向けられたものだった。
「まあ、ゴイシュに抱かれるのは初めてじゃないけど……はあ」
「申し訳ありません……俺なんかの為に……!」
悟は決して上辺だけの謝罪をしたつもりはなかった。寄宿舎のトップにいきなり不遜な態度を見せてしまったことによる謝罪や、助けてくれたお礼など、全てを含めた状態で誠心誠意、謝罪をしたつもりではあった。だが、
「この寄宿舎じゃあよ、お礼や謝罪だけじゃ通らねぇことも多いんだよ」
レンガートによる一言で、悟の謝罪は一蹴されてしまった。日本の高校のグループではもちろんこんなことは起こらない。その時の経験で考えていた悟としては失態だったのかもしれない。
ラムネは今夜、好きでもない男と寝ることになる。その原因を作ったのは悟自身だ。それに対して謝罪だけで済ませるというのは確かに割に合わないだろう。この世界……いや、この寄宿舎内部の序列と規定、それを彼は学ぶ必要があった。
「お、俺はどうしたらいいでしょうか?」
「しょうがない、お前には少し教えることがある。場所を変えるか」
ヘルグはそう言いながら、寄宿舎を出ることを促した。ゴイシュやそのメンバーが聞き耳を立てている可能性を考慮しての場所移動なのかもしれない。悟は素直に従い、その場を後にした。




