31話 転生者 大河内 悟 その3
アーカーシャの名物の時計塔の近く、冒険者ギルドに二人が入った時間帯は夜の9時過ぎ。といっても、冒険者ギルドは基本的に明かりが消える時はない。夜中に帰ってくる冒険者もいるからだ。24時間体制で動いているのでコンビニみたいなものであった。
「ここが冒険者の組合か……大きい建物だね」
「ええ、24時間営業してるし、冒険者の情報交換や雑談なんかも日常茶飯事だしね」
そう言いながら、アメリアは見慣れたギルドの内部を見渡す。直接の知り合いの冒険者はいなかったが、何組かのグループが雑談をしていた。中にはアメリアに気付いてなにやら話す者もいる
「ちょうど、ローラがいるわね。ローラ!」
受付の奥にローラが居ることに気付いたアメリアは大声で彼女の名前を呼んだ。その大声に気付いたのか、アメリアの方向をローラは見た。
「あら、アメリア」
「ごめんね、こんな夜遅くに」
二人は近づきながら、カウンターを挟んで話し出した。そのすぐ後ろに悟はついている。
「ギルドはずっと開いているし、気にしないで。あら、見ない顔の人を連れているわね」
「まあね」
「春人くんとは喧嘩でもしたの?」
ローラは年上の余裕なのか、落ち着いた雰囲気で話していた。アメリアはそんな彼女に不満そうに言い返す。
「あのね、春人と一緒じゃないからって、喧嘩してるの? とかよく聞かれるけど……意味わかんないし」
「春人くんを狙ってる子が多いのよ。ほら、あなたがパートナーだと、誰も手が出せないでしょ?」
悟はこの二人の会話にも非常に違和感を持っていた。また春人の話になっている。そこまで彼は有名なのか? 悟の心は負の感情で渦巻いていた。
「レナなんかは平気でちょっかい掛けてくるけど」
「あの子はSランクじゃない。他の子は、あなたが怖いのよ」
「春人貸してあげる商売とか、けっこう儲かるかな?」
「冗談抜きでかなり稼げるわよ。多方面に需要あるし、彼」
Sランク冒険者であるアメリアに今更稼げる話もなにもないのだが、二人は笑いながら春人で稼ぐ方法を話していた。
「ところで、そちらの人は?」
「うん、冒険者希望の新人」
「あ、大河内 悟です」
「ローラ・エンブレスよ、よろしくね。名前からして春人くんと同じ地域から来ているの?」
同じ地域という言葉に違和感はあるが、間違っていないので彼は頷いた。異世界がどうこうという話は周囲にはあまり広めていないのだろうと、悟は推測する。
「筋肉質な身体ね。年齢は?」
「17歳です」
「なるほど。じゃあ、手続きを始めます。少しお時間いただきますね」
ローラはすぐに仕事をするときの態度へと変わり、書類などを用意し始めた。そして、この地域に来たばかりなのにも関わらず、書類に記入が可能な悟。春人の時も現象としては同じであった。
「転生……その時に、こっちの世界に順応できるように変換されてるのかな? 転生とかって眉唾の話を普通に感じてる私も変になっているわね……」
言葉や文字に苦労しない状態を、アメリアは変に思いつつも、転生してきた事実と比べると大したことはない現象だと納得していた。
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「はい、手続き完了。これであなたも冒険者の仲間入りよ」
手続きが完了し、提出用の書類のチェックも完了したようだ。ローラは悟の肩を力強く叩きながら言った。
「これで、俺も冒険者か……」
「アメリアからの紹介だし、基本的な旅装と武器についてはギルドで用意するわ。あと下宿先の用意ね」
悟としても基本的な準備をしてくれることに感謝した。遺跡の探索であれば、それ相応の装備が必要になるだろう。まだ17歳だが、単発の工事現場での仕事をこなしたことのある悟には容易に理解できた。
また、おそらくアメリアの紹介でなければ自分で用意する必要があることを考えると、また彼女に世話になってしまったことになる。
「下宿先は月に1万ゴールドかかるから。コンスタントに稼いでね」
悟は首を捻る。今自分は一文無しだが、この世界の金銭の状態がわかっていない。1万ゴールドとはどのくらいの量なのか? 悟はアメリアにそれとなく質問をした。
「10万ゴールドで普通に生活して半年持たないくらいかしら? 1万ゴールドだと1か月は無理かしらね」
アメリアは悟に簡単に説明した。
そんなアメリアの言葉を聞いて、悟は考えた。1万ゴールドは日本円にして10万~15万円程度ではないか……この街の物価などはわからないが、日本では所得の関係もあるが、1か月間を15万~30万円くらいで生活している人が多いことからの推測だ。月に50万円を超えてくる家庭は比較的裕福な部類になってくる。
実際は1万ゴールドは12万円に相当していた。
「1万ゴールド……広さにもよるけど、少し高い気がしますね……」
「そんなことないって、1か月で1万ゴールドなら余裕よ。1度の探索で10万ゴールド以上稼げたりするし」
アメリアは金銭感覚が鈍っているのかわざとなのか、悟の背中を力強く叩きながら言った。悟も強く叩かれ、思わず痛がる。
「あのね、アメリア……あなたと春人くんのコンビだから1日でそれだけ稼げるのよ? 他の冒険者が皆、できるわけじゃないの」
コンスタントに払えるのかどうかというのは非常に重要であった。一度住まわせてしまうと、未払いでも退去を断る冒険者が居る為である。この下宿先の収入もギルド運営の資金になっている為、安易に安くはできない。
そして、現在は1つの序列が組み上がっており、月に1万ゴールドの支払いが可能な者が権力を利かせている。 具体的にはCランク冒険者がトップになっており、Bランク以上の者はいない。
現在、独立国として歩み始めているアーカーシャだが、各地に点在している物件の管理は冒険者ギルドとギルドが依頼している不動産組合が管理している。中古が大半を占めるが、その価格は100万~500万ゴールドくらいという価格になっている。
不動産組合が利益を上げる為に、値を吊り上げているのが原因だが、その是正まではできていないのが現状だ。冒険者は別に正義の味方というわけではないのだから、異論を唱える者も少なかったりする。
新しくこの地に住まう者は、冒険者に依頼して新しく建てることを考える。魔法の力を駆使して建てられることになるが、その価格も安くはないので、実質、アーカーシャの人口は伸び悩んでいた。
Bランク以上の者は、知り合いの冒険者に協力してもらったりしながら、安く新築を建てる場合も多い。経済力がついてくる為、下宿先は必要ない者が多くなってくるのだ。
Sランク冒険者のジラークなどは、トネ共和国が管理している高級な宿屋の一室を借りきった生活をしている。冒険者経験の長い、彼ならではの生活と言えなくもない。
「月に1万ゴールド……か。まあ、やるしかないな」
「そうそう、その意気よ。あと、これ」
そう言いながら、アメリアが渡したのはお金の入った袋であった。この世界の通貨だ。
「これは?」
「支度金の1000ゴールドよ。ま、こうして会ったのもなにかの縁だし、受け取っておきなさいよ」
「……わかった、ありがとう」
断ることもできた悟だが、彼女の好意を無駄にする気はなかったため、感謝しながら受け取った。なんだかんだ、彼女も応援してくれているという雰囲気が伝わってくる。それから悟は他の係りの者に連れられて下宿先へと向かって行った。
「アメリア、ギルドの下宿先紹介するなんて……彼のこと嫌いなの?」
「別に? バーモンドさんの所で働けば? って言ったのに、悟が断ったのよ。それだと、あとはギルドの下宿先になるでしょ」
「でも、バーモンドさんのところ、春人くんとエミルちゃん、あとはあなたが泊まってるから部屋がもうないでしょ。結局はここしかないのね」
「一応、もう1部屋あるけどね。でも、悟は春人の近くは毛嫌いするし」
ローラは去って行った悟の方向を眺めながら、少し心配そうな表情をしていた。現在、アメリアはバーモンドの酒場で泊まっていた。名目上はエミルを守るというのが理由だが、真の目的は別にある。恋は盲目とはよく言ったものである。
アメリアは春人の向かいの部屋に入っており、その隣が倉庫だが、整理をすれば普通に使える状態にはなっていた。ちなみに、春人とアメリアは部屋代として月に2万ゴールドずつ、バーモンドに収めている。彼ら二人からすれば大した額ではないのはわかり切っているが、バーモンドとしては出し過ぎだと何度も忠告していた。
しかし、春人ですらこの3か月で楽に100万ゴールド以上を稼ぎ出している。アメリアと2分の1という稼ぎの計算にしても、軽く100万は超える。
ではアメリアの稼ぎはどうなのか……桁が2つくらい上がってしまうかもしれない。さらに、アメリアは春人との共同財産という思いも強いので、2人で4万ゴールドを払っているという認識だ。日本円で50万円近くになる金額だ。バーモンドにも世話になっていることが多い為、春人たちも特に高いとは考えていない。
「春人に対抗意識もあるみたいだし、冒険者はちょうどいいと思うわ」
「……でも、彼は大変かもしれないわよ。強くないでしょ?」
ローラはさきほどは筋肉質と悟を誉めたが、その実力は見抜いていた。ローラ自身に特別な能力があるわけではないが、受付として数々の冒険者を見ている関係上、相手の強さはなんとなくわかる。アメリアは彼女に頷いていた。
「うん、なにも持っていないわ。その上でプライドは高い……自信に溢れてる、とりあえず現実を知って丸くなればいいけどね」
アメリアは悟に対して良い印象は感じていなかった。酒場での春人に対する言葉も彼女の中では許しがたいものだったのだ。
「春人に対して言い過ぎたわね。私、大して心広くないし」
「あら、大切なパートナーをバカにされたの?」
「……さあ、もう忘れた」
アメリアはその辺りは言葉を濁してそれ以上は答えなかった。そして、ローラと別れてギルドを後にする。彼女の機嫌は元に戻っていた。




