30話 転生者 大河内 悟 その2
「ここに入るのか……?」
悟は思わず尻込みしてしまった。陸上経験のある悟だが、自分よりも明らかに体格のいい輩も多かったからだ。絡まれたりしたらひとたまりもない。彼は不良ではないので、日本でもカツアゲなどの犯罪まがいの経験はなかった。
「大丈夫よ、意外と良い連中も多いし。見た目より怖くないから」
さすがの度胸でアメリアは酒場の中へと入って行く。悟もそんな彼女に気圧されるようについて行く。さきほどの優越感は少し薄らいでいた。今のアメリアに抱いている感情は安心感の方が強い。
そして、二人は適当なテーブルに腰をかけた。それまでの間にも何人かに見られていたが、席に付いた瞬間に興味がなくなったのか、視線は消えた。
「なんかお酒でも飲む? 奢ってあげるわよ?」
「え……じゃあ、お言葉に甘えて」
悟は未成年であることなどを考えたが、日本でも飲酒の経験くらいはある。それに異国の地でそんなことを考えても仕方ない。彼は自然に酒を注文していた。
「バーモンドさん、春人知らない?」
アメリアが酒を持ってきた男に声をかけた。酒場の店主のバーモンドだ。筋骨隆々のその男に悟は思わず委縮してしまった。
「ああん? 部屋に居たと思うけどな。ん~、そっちのは見ない顔だな」
「ちょっと暇だったから、近くのモンスターで結晶石狩りしてた時に出会ったの。春人と同じ転生者よ、多分」
「なに?」
悟は二人の会話の意味は理解できないでいた。しかし、その中で聞き覚えのある単語があったのだ。
「ハルト……?」
「ん? 春人のこと知ってる? 多分、同じところから来てるはずだけど。高宮春人よ」
アメリアは悟に念を押すように質問をした。高宮 春人……自分のクラスで孤立気味だった男の名前と同じだ。いじめの対象になっていた時期もあり、悟も笑いものにしていた。少し異様な雰囲気もあったが、悟自身は気にしたことはない。
「俺のクラスに同じ名前の奴がいた……同じ奴とは思えないけど」
アメリアは悟に春人の見た目を伝える。悟は驚愕した……どう考えても自分の知っているその男と同じだったからだ。アメリアが親しそうに呼ぶ「春人」という言葉にも少し苛立ちを覚えていた。
「ありえない……だってそいつは……数か月前に、事故で死んでる……葬式にも出席してるし。火葬されたのも見てる」
「そういうことか。やっぱり、春人が言ってたことは本当だったのね。流れている時間軸も多分、同じね」
死亡したことがきっかけで始まる転生。別の星へと転移され、そこで生を授かるということ。アメリアは以前に春人から聞いた言葉を考えていた。目の前の悟の転移で納得が行ったといったような気持ちだろう。
「ほう、で、こいつは俺のところで働かせるのか? 春人みたく才能に溢れてるのか?」
「ううん、さっき観察したけど、そんな才能は感じられなかった。多分、転生者だからって才能が目覚めるってわけじゃないんでしょ。春人が特別だっただけよ」
「まあ、あんな才能の持ち主、溢れかえってたら大変だからな」
アメリアとバーモンドの会話を聞いていて、自分が転生したことをますます信じなくてはならなくなった。
自分は元の日本では、事故か何かで春人と同じく死んでいる可能性も強い……それ自体はともかく、さきほどアメリアが自分を見ていたのは才能があるかどうかという意味合いが強いわけだ。ますます苛立ちは募って行く。
「ねえ、春人って向こうではどんな感じだったの?」
高宮 春人が死んでから3か月ほど経過している。その段階で彼女と知り合っているのなら、今日会ったばかりの自分などに興味を示さないのは当然かもしれない。彼は、苛立ちを抑えながら話し出した。
「いじめられてたな。マジでうざい奴で、孤立してたし。クラスの中の最底辺だった」
アメリアに最低な奴だったと印象付ける為に、少し誇張した言い回しで答える。アメリアと春人が仲がいいかもしれないというのが、なんとなく気に入らなかったのだ。
「あ~やっぱりね~。春人の奴正直に言ってたし。これで裏付けも取れたわね。あいつはいじめられてたっと」
「あいつが、妙に自分を卑下してるのも、その反動か」
「そういうことね。それでずっと生きてきたんなら、これからも変わらないでしょうね」
悟はアメリアが屈託のない笑顔で楽しそうに話していることに驚いた。隣のバーモンドも、完全に自分の言葉を信じている。
いや、悟の言葉は嘘ではないが、そんな情けない男に対して、卑下する感情が微塵もないところに驚いているのだ。それどころか、春人の過去を知れたことを楽しんでいる節さえある。
「高宮 春人ってそんなすごいのかよ? 信じられないな」
「はっはっは、なかなかすげぇこと言うな」
悟の言葉に、バーモンドは恐れ多いといった表情をしていた。悟としてはよくわからない苛立ちを覚える。
「なんだか、賑やかですね」
酒場の奥から現れたウェイトレス、エミルに悟は心を奪われそうになった。アメリアとはまた違った魅力のある少女、おそらく同じ歳くらいだろうとは認識したが、清楚な印象を受ける美少女だった為だ。髪はツインテールにしており、スカーフも被っている。
あらくれの男たちにも人気があるのか、エミルを名指しで呼ぶ者もいる。確実に売り上げに貢献しているだろう。
彼女は昼間は春人やアメリアと出かけていたが、夕方以降はいつも通り酒場で働いていた。
「アメリアさん、そちらの方は?」
「春人の知り合いの大河内 悟よ。同じ地域出身みたい」
「まあっ」
と春人の知り合いとわかると、エミルは口に手を当てて驚いた。それから満面の笑顔と深々とした挨拶を悟に見せた。思わず彼も見惚れてしまう。非常に礼儀正しい印象を感じたのも大きい。
「春人さんのお知り合いの方でしたか」
「あ、ああ……一応は」
彼女の態度に悟は春人を卑下する言葉が出てこなかった。ついつい、彼女に同意する形になってしまった。悟としては、見下していた春人程度を知り合いと言うには好ましくなかったが、それ以上に気になったのはエミルの態度だ。
非常に親しい情が出ている。明らかに春人の名前を呼ぶイントネーションが違うことに悟も気付いた。
「まさか……君って」
「あ……は、はい。春人さんとは……お付き合いさせてもらってます」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。異世界と呼べるところに来ており、日本で確かに死んだはずの高宮 春人が生きている……そんな信じがたいことが起きている現状だったが、悟は不思議と受け入れていた。
しかし、今のエミルの言葉は信じられないでいた。端整な顔を赤らめながら少し悟から視線を逸らしているエミル。
悟はそんなエミルの表情と、彼の知る春人の表情や態度を思い浮かべ、心の中に誹謗中傷が駆け巡った。ありえない……つり合いが取れないというレベルではない。
悟の知る春人はクラスはもちろん、学年でも孤立気味のいじめ対象者。一人者として笑い者にされるか、すれ違った時に肘打ちをかまされる程度の存在。
女性経験もない孤独な人間で文化祭なども楽しめない……クラスの人気者からはストレス発散の為に利用されるか優越感を抱く為に苛められるか……そんな人間だった。
悟の中に生まれたのは嫉妬……それも低レベルな人間特有のものと言えるのかもしれない。彼は苛立ちを抑えられないでいた。この感情に追い打ちをかける事柄がさらに続く。
「エミル、恋人じゃないでしょ~? 男共から守る為の偽物の恋人関係でしょ」
「アメリアさん、そういう言い方はないと思います。春人さんとも何度もデートしていますし」
一触即発を感じる二人のやり取り。女性経験もある悟はすぐに理解した。エミルと春人は仮の恋人関係のようだが、周囲には恋人で通っている。エミル自身も全く嫌ではない……そして、アメリアはそれに対して不満があるのだ。
ありえない……こんな美少女二人に好意を抱かれている状況がありえなかった。あの春人が……悟の中では不満が今にも爆発しそうだったのだ。
だが、それを爆発させるのは駄目だ。春人に対してはともかく、この二人に不遜な態度を取って自分の印象を下げるのは避けるべきだ。彼の中でそういった感情が湧いた。それに、バーモンドにも小さな男と見られるのも避けた方がいい。彼は日本の学生生活で上位のグループに居た時の経験を活かして考えていた。
アーカーシャの街で生活する必要が出てくる可能性が高い現状で、目の前のアメリア、酒場の店主バーモンドは少なくとも、それなりの権力を有している。エミルについても看板娘の可能性が高い。
かなり高い地位に付いている者達が目の前にいるのだ。悟は彼らとの仲は保ちたいと考えていた。同時になんとか春人の地位を確認し、自分が上に行く方法も試案する。彼らとの仲を保つことが、その目的達成の近道だと判断した。
幸い、自分は二枚目でスタイルだって悪くない。自分の魅力を見せて、彼女たちを手に入れることも可能かもしれない。そうなれば、どれだけ楽しいだろう。春人の悔しがる顔を見て、お前の居場所はどこにもないんだぞと言ってやりたい。
日陰者はどこに行っても日陰者でなくてはならない、その地位が変わることなんてない。例え異世界であったとしても。
彼は苛立ちを全て春人にぶつけることで、平静になっていった。
「春人って2階にいるの?」
「いえ、春人さんでしたら、買い出しに出かけられましたよ」
「あ、そうなんだ」
アメリアとエミルの会話から、悟は酒場の2階に春人が居ないことがわかった。今、会わないのは正解かもしれない。
腹立たしさが爆発するだろうからだ。同姓同名の別人の可能性も考えていた悟だったが、今までの話からも自分と同じ高校の春人に間違いないだろうという確信はあった。
現実的に考えて、現在起こっていること自体が夢のようなことだが、現実なのだという奇妙な確信……理屈ではないなにかがそこにはあった。
「悟としても不安だろうし、春人と会っといた方がいいわよね?」
アメリアからそんな言葉が飛んでくる。もちろん善意の言葉だというのはすぐに理解できたが、彼は首を横に振っていた。
「いや……あんな奴には会いたくないな。俺よりはるかに底辺を這いずってた奴だ……そんな奴に助けられた気になられると死にたくなる」
悟はついつい本音を漏らしてしまったが、後悔はしていなかった。アメリア達と仲良くすることと、春人と仲良くすることは別問題だ。そこだけは譲れなかった。
エミルはなにか不満そうな表情をしていた。アメリアとバーモンドの表情は特に変わらない。
「ま、春人と仲良くできないのは仕方ないかもね。人間そんな完璧じゃないし」
「そうだな。この街だって春人に好意的な人間ばかりじゃねぇしな。嫌いな人間なんて絶対出てくるもんだ」
意外にも普通の対応……悟としても意外なことであった。
「しかし、春人みたくここで生活する必要あるんなら……冒険者が手っ取り早いか」
「冒険者?」
バーモンドの提案に悟は無意識に聞き返していた。アメリアや春人もおそらくその仕事をしているのだろうと考えたからだ。
「冒険者ギルドがこの街にあってな。登録が終了すれば、その日から冒険者だ。南の鉱山の鉱石採掘とか近くの森の薬草採取とか、仕事は色々あるが、この街は遺跡の調査が主な仕事だな」
1000年前の英雄フィアゼスの遺した遺跡群の話もバーモンドは彼に話した。日本に居たころではとても信じられないフィクションの話ではあったが、自分が異世界に飛ばされている事実から、信じざるを得なかった。
「つまり、冒険者になって怪物倒しながら、宝を見つけ出せってことか……どこのジョーンズだよ……」
「まあ、そんなところね。春人はここの2階で下宿してるけど、あんたもここは嫌でしょ」
「……ああ」
アメリアは悟の寝床を心配していた。気温の問題で、野宿は可能であるが、野盗に襲われたりとあまりおすすめできないからである。
「なら、冒険者になれば下宿する部屋も提供してくれるわ。トイレとお風呂もちゃんとあるわよ。まあ、お風呂は共同風呂らしいけど」
「へえ、俺の居たところで言えば寮みたいなものかな。それだけ提供してくれれば、とりあえずはいいや」
アメリアは冒険者の仕事をこなしてから7年になるが、下宿先を利用したことはなかった。単純に家があったことが大きいからだが、柄があまり良くないと言われているからだ。
特に女性の利用などほとんどないので、アメリアが利用していれば、どういう目にあっていたかわからない。もちろん男たちの方がやられ役になるのだが。
「でも、私の見立てだと……結構、苦労するかも。冒険者って夢のある仕事だけど、意外と大変よ」
「でも、君だってやって行けてるんだろ? 愛しの「春人くん」も。俺だって体力には自信があるさ、陸上でも全国大会に行ったことだってある」
中学の頃とはいえ、全国大会にまで行った経験を持つ陸上。体力で目の前のアメリアに負けるなど微塵も考えてはいなかった。武器を持てば、動物も倒せる自身がある。
なによりも高宮 春人ができている仕事。才能の開花かなにか知らないがあんな冴えない男に可能なことが自分にできないはずがない。
アメリアやエミルと仲の良い事実が気に入らない悟は、すぐに彼に追いついて、いじめてやりたい衝動に溺れていた。最低でも彼らの仲を引き裂くことは誓っている様子だ。
「バーモンドさんの店でしばらく働いたら? 体力に自信あるなら、こなせるでしょ」
「いや、冒険者に興味もあるし。これ以上、迷惑や世話をかけるのも本意じゃない」
これは悟の本音だ。心の中の感情とは別にアメリア達には感謝していた。しかも、仕事の斡旋までしてくれたのだ。これ以上、世話になるのは本意ではない。
「そう? じゃあ、案内してあげる」
「ありがとう」
アメリアは当然のように悟に言った。偶然出会った因果からなのか、彼女の性格からなのか、世話好きの性格をしているのだろう、と悟も考える。もしかしたら、自分の顔を気に入りキープなどを考えているのかもしれない。
悟は店に入ったばかりではあるが、善は急げということか、すぐに冒険者になるべくアメリアに連れて行かれた。




