25話 強襲? その1
王国軍強硬派の襲撃。それは予見されていたこと……ギルド本部にもその情報は伝えられており、警戒は秘密裏に行われていた。アーカーシャが襲撃された際、中央時計塔を中心とした場所を攻め落とすのは定石。それはギルドもわかっていることだ。いつでも強襲には対応できるようにしていた。
しかし、何事も予定通りには行かないこともある。それはいつの時代でも変わらないこと。子供の喧嘩であろうと、国家の戦闘であろうと、モンスターの戦闘であろうとそれは変わらない。本日はアルゼルの強襲が予定されていた日ではあるのだが……
「あの、ご注文は、なんでしょう?」
「いや……やはり注文はいい。ところで……」
「……はい?」
春人はエミルがアルゼルに触れられる距離まで近づいていることに、警戒していた。先ほどのアルゼルの反応……あれは、春人の怒りを煽る表情だった。春人はいつアルゼルがエミルに手を出さないか監視し続けていた。
だが、アルゼルは一向にエミルを襲う気配を見せない。
「ほう、16歳かよ。かなりの美人だな……噂には聞いていたが」
「いえ、そんなこと……あの、御用がないのであればこれで」
「まあ、待てよ。客を楽しませるのも店員の仕事だろ?」
「は、はあ……」
多少の絡み酒のようなことはしているが、アルゼルはそれ以上突っ込む気配がない。あの程度であれば、他の客もしている。春人たちは彼の考えが読めないでいた。
「なに、あいつ……ホント読めないわ……」
「マスターに対する敵意は感じます。殺しましょう」
「サキア、案外怖いこと言うな……」
すぐ手を伸ばせば届いてしまう距離……春人はアルゼルとエミルの微妙な距離感にもやもやした気持ちが出ていた。
「春人が怖い顔してるから、そろそろアルゼルとっちめてやりましょうか」
「よし、それがいい」
「俺のエミルに手を出すなって大声で言うのよ?」
茶化してくるアメリアに春人はどうしたらいいのかわからなくなっていた。とにかく、アルゼル・ミューラーだ。あの男の目的がなんであれ、エミルが困っているなら助けないわけには行かない。春人は立ち上がり、アルゼルの下へと向かった。
「アルゼル、いい加減にしてくれ」
「……」
「あ、春人さん! このお客さん、少し酔ってるみたいで……!」
春人はアルゼルの席の前まで歩を進めた。春人に気付いたエミルはすぐにアルゼルから離れ、彼の下に駆け寄る。そして、もう一度、春人はアルゼルを見た。先ほどから反応が薄い。
「おい、アルゼル……!?」
様子がおかしい。アルゼル・ミューラーのことはほとんど知らない春人ではあるが、酒に酔って泥酔してしまうような人間には見えなかった。評判は相当に悪かったが、単騎でAランクになった実力者……それが今はどうだ? 春人もさすがに目を見張った。
「……うう……」
「お、おい……アルゼル?」
麻薬でもしているのか……春人の中にそんな考えが過った。いや、これはそれ以上だ。彼の顔色はみるみる内に青くなっていったのだから。
「マスター、離れてください。この男は死んでいます」
「!」
春人の前に現れたサキア。それとほぼ同時であった、席に座っていたアルゼルの左腕が伸びて、周囲を大きく薙ぎ払ったのだ。バーモンドの酒場の壁や窓ガラスはその腕により、破壊された。周囲にいた多くの冒険者がその攻撃の巻き添えを喰らってしまったのだ。
「な、なにをするんだ!」
攻撃を避けていた春人。エミルを庇うように一緒に地面に張り付いていた。酒場内はいきなり起きた騒乱により、一気に騒がしくなってしまった。
アルゼルの一撃は強力であり、大けがをした者もいるからだ。
「て、てめぇ! なんのつもりだ!」
「おい、トーラ! しっかりしろ!」
周囲の客はアルゼルに対して大きな罵声を浴びせ始めた。数人の客は動くことが出来なくなっている為、当然かもしれない。しかし、全身を青い肌に変えたアルゼルにはそんな言葉は届いていなかった。
「アメリア! あれは、まさか……」
「ネクロマンサーの能力……」
セドランとアメリアは、アルゼルの姿や攻撃方法を見ながらそのように結論付けた。
ネクロマンサーは召喚士などと同じく特殊な能力者である。自らが殺した相手を一定の条件で自在に操れる能力である。正常な身体を偽り、言葉などを話させることも可能だ。
「この力はネクロマンサーの能力です、マスター。何者かがこの男を殺し、死体を操っていたのでしょう」
「アルゼルを殺した? 一体誰が……?」
地面に伏せていた春人は、エミルをまだ伏せさせた状態のまま自分は立ち上がった。目の前には人ならざる者になったアルゼル・ミューラーが居る。酒場の危険度は最大級になっていると言えるだろう。
「グリフォンだ! グリフォンが!」
そして、同時に酒場の外からはそんな叫び声がこだました。
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「どうなの、ジャミル? アーカーシャの街は」
その頃、アーカーシャの郊外にて、二人の人物が話をしていた。最初に口を開いたのはピンクのパーマをかけたようにウェーブがかかっている髪をした人物。ウェーブした髪で実際の長さは分かり辛いが、肩を少し超えるくらいか。
ガタイは非常によく、身長もかなり高い。それでいて服装はスリット付きのスカートというなんともアンバランスな格好だ。口髭を生やした男がそこに居た。
「ふむ、アルゼル・ミューラーは大した相手ではないよ。グリフォンの方がよほどマシだったね」
ガタイの良い女言葉を話す男にジャミルと呼ばれた男はそう返した。銀縁のメガネをかけた男でやや眼は細く鋭いながらも、顔つきは神経質な印象を拭えない。髪型は見事に真っ黒でオールバックだが、一本だけ前に垂らしていた。
「さすが私のジャミルねんっ。痺れちゃうわ。まさかネクロマンサーの力をそこまで行使できるなんて」
「私は君のではないがね……だが、私にかかればこの程度は朝飯前だ」
オカマの人物はやや冗談気味ではあるが、ジャミルは至って真剣な表情だ。そんな彼の人物をオカマの男は優しい笑みで見つめている。
「ところでアンジー、残りの二人にも声をかけておいてくれよ。落ち着いたらいよいよ向かうことになるからね」
「いやだわ、私達まだ冒険者にすらなっていないのに。気が早いんだから」
「……まあ、それはともかく……む? アルゼル・ミューラーが勝手なことをしているみたいだ。ああ、グリフォンも勝手に暴走しているね……やれやれ、自動行動に設定しているといつもこれだ」
ジャミルは自らが操った者達が勝手に動き出していることにため息をついていた。
「まあ、アーカーシャの街の戦力が高いなら、あの程度はどうにでもなるだろう。さて、オルガとメドゥの二人はどうしているかな?」
アーカーシャ郊外から、ジャミルは南の方向へと視線を合わせた。その先に仲間が居るということだろうか。始まるはずの襲撃……アーカーシャの街は悲鳴で轟かされるはず……しかし、事態は予定通りにはならなかった。




