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24話 二人の距離


 その日、バーモンドの酒場「海鳴り」は相当に繁盛していた。いつも客自体は絶えないのだが、本日はその中でも多い方だと言えるだろう。


「エミル! 料理のメニューが遅れてるぞ! 急げ!」

「は、はい!」


 厨房ではエミルが大忙しで料理の盛り付けなどを行っていた。他の従業員もフル稼働で働いている。

 春人達は48時間近く、酒場には戻って来ていない。特に遠くの依頼を受けに行ったなどとも聞いていないので、エミルは相当に心配していた。だが、そういった心配もできないほど、現在は忙しい状況が続いている。



「かなり混雑してるな」

「席、空いてそう?」

「いや、多分埋まってるな」


 酒場の外では春人とアメリアが「海鳴り」の中の状態を確認していた。極めて普通に話し合っている二人だが……その目線は、各々全く別の所に向けている。


「あ……!」

「うっ!」


 つい顔を合わせる角度になってしまうと、お互いリンゴのように顔を赤くして明後日の方向を見てしまう。平然としていると思われたアメリアだが、蓋を開けてみれば、春人とまともに顔が合わせられない程、照れていたのだ。

 店の外でのそんな光景。当然、人目についてしまい、ソード&メイジの二人であることはすぐにわかってしまった。


「よお、春人さんたち。こっちに座りな」

「す、すみません……」


 酒場大盛況の中でもさすがの有名人と言えるだろう。「海鳴り」の常連客の冒険者たちが席を空けてくれた。こういった周囲の態度は日常茶飯事だ。そして、春人とアメリアは酒場の一角に座ることができた。


「なんか泊まりで探索言ってたって?」

「え、ええ……まあ、そうですね」

「……」


 席の対面側には、バーモンドの旧友でもある「ガーディアン」というBランクパーティの面々が座っているので、アメリアは春人の隣だ。嫌でも意識がそちらに向いてしまう二人。


「ん? ……なんか様子が変じゃねぇか?」

「え? な、なに言ってんのよ。そんなことないわよ、ほら今回の収入は30万ゴールド以上だったし! もうウハウハでさっ!」


 およそ24時間の戦闘でそれだけの結晶石換算となったのだ。手に入れた宝石の類も売れば倍以上の稼ぎにはなる。オルランド遺跡7階層ともなれば、それだけの稼ぎが保証されると言うことだ。

 その金額には「ガーディアン」の面子も度肝を抜かされた。24時間ほど潜っていたとはいえ、とてつもない金額と言える。日本で換算すれば、1年分を1日の稼ぎとして受け取ったみたいなものだ。春人はアメリアとの雰囲気にドキドキしながらも、しっかりと換算していた。


「相変わらず、ぶっ飛んだ稼ぎしてるな……今までの物も含めれば一体、いくらあるんだ」


「ガーディアン」のメンバーは自分より20歳も若い二人に驚きながらも賞賛の言葉を送っていた。彼らでは、同じ時間潜っていたとしても10分の1くらいの稼ぎが精一杯なのだ。もちろん、オルランド遺跡7階層などにはとても行けないからもあるが。


「しかし、二人の様子の違いはそれだけじゃないな? 春人さん、とうとう一線超えたか?」

「んなっ!?」

「な、なななななに言ってんのよ!」


「ガーディアン」のリーダー、セドランはとっくに二人の様子を看破していた。48時間帰ってこず、この状況では誰もが想像するだろう。予想通り、二人の態度は非常に焦った態度であり、セドラン達の酒はどんどん進んで行く。まるで自分の子供たちを見ているような表情だ。この辺りはバーモンドと変わらない。


「二人がパーティ組んで2か月だろ? やっとゴールインしたか。いや、俺たちも少し心配してたんだよ」

「あ、あの……勘違いしてるんですが……!」


 春人は必死で平静を装っているが、セドラン達には通じない。もはや決めつけている。彼らはエミルが偽の恋人であることも知っているのだ。


「おいおい春人さん。そこは否定しない方がいいぜ? で、アメリアの身体はどうだったんだ? めちゃくちゃいい女だろ、こいつは」

「え……そ、それは、確かに……」


 セドランの言葉に頷きながら、自然と春人は隣に目をやった。特に露出はしていない肌をアメリアは庇っている。


「な、なに見てんのよ、あんたは!」

「あ、ごめん!」


 アメリアに叱責され、春人は慌てて目を背けた。そんなやりとりをセドラン達は大笑いしながら眺めている。非常に楽しい雰囲気ではあるが、このままではまずい……春人はそう考えた。


「……まだ、俺たちはそういう関係じゃありませんよ。まあ……キスくらいはしてますけど」

「……ほほう」


 一旦冷静な口調に戻り、春人は静かにそう言った。先ほどまでの騒ぎは、かなり鎮静化する。しかし、春人のキス発言にアメリアは顔を真っ赤にしていた。


「どうやら、キスは本当みたいだな。これはすまなかった、勝手に勘違いしていたみたいだ」

「いえ……気にしないでください」


 セドラン達は春人に謝罪し、それ以上追求することはなかった。


「まあ、エミルちゃんへの言い訳は考えた方がいいかもな。俺たちが騒ぎ過ぎた、すまん」

「え? ああ……はははは……」


 冷たい視線とでも言えばいいのか。忙しい店の中にも関わらず、エミルはこちらをじっと見つめていた。セドラン達の大声からも内容も聞かれているかもしれない。戦士や魔導士でもないエミルであるが、その冷たいオーラは戦闘員を思わせる。


「春人はたらし確定ね」

「今回のは俺のせいなのか……?」

「なんて言うわけ? 全部話すの?」

「エミルに嘘付くのは……なんだか良心が咎める……」


 エミルに嘘は付けない。その思いには一定の理解は示しつつも、アメリアはとりあえず春人の頬をつねる。


「痛い、アメリア……」

「あんまり痛くしてないわよ」

「怒ってる?」

「……知らない」


 アメリアは春人に目線を合わせなかった。思わず春人は苦笑いをしてしまう。修羅場といえるのだろうか。しかし、こんな状況も彼は心のどこかでは楽しんでいた。

転生前には考えられなかった状態。自分に関心を持つ女子などほとんどいない状態であった彼にとっては、まさに新鮮な状況と言えるからだ。戸惑いながらも楽しんでいる様子の春人にアメリアも気付いたのか、彼女も少しだけ笑顔になった。


 今回の件で、二人の距離は飛躍的に縮まることになる。春人の恋愛はこれからどのような状態になっていくのか……。



「マスター、敵意を感じます」

「え?」


 春人たちの席の下からの声。姿は見えないが、春人の影に潜んでいるサキアからの言葉だ。


「敵意? どこからだ?」

「多分、あれかな」


 大賑わいの酒場。エミルが接客をしている中、彼女の近くのテーブルにはアルゼルの姿があった。こちらにも視線を送り、そしてエミルにも視線を向けている。

 「ガーディアン」のメンバーも遅れてアルゼル・ミューラーの姿に気付いた。


「あいつ……アルゼルか? こんな所でなにやってるんだ?」


 アルゼルは冒険者の中でも評判は悪い。セドランも彼の姿を見るなり顔をしかめた。アルゼル・ミューラーは春人を見据えた状態で、エミルを標的にしようとしているのか……彼はわざとこちらにも見えるようにエミルを呼び出した。


「おい、こちらも追加で注文したいんだが」

「はい、今参ります」


 アルゼルに呼び出されたエミルは無防備に彼に近づく。そして、アルゼルはエミルの全身を見回し、大きく歯を出して笑った。


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