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110話 ラブピース その2


「はああああ!!」


 回廊遺跡のミノタウロスの一件から1週間ほどが経過しており、悟は剣術道場に足を運んでいた。


「いつになく気合十分だな! その意気だ」


 悟の渾身の木刀の一撃に対し、真正面から打ち合っている人物は師範代のモントーレ・ステファンだ。30歳を越える彼は道場の師範代として、悟と打ち合うこと

が多かった。その為、彼の成長を最もよく知る人物でもある。本日の悟は気合が何時も以上な為、彼としてもテンションが上がっている。


「これは打ち返せるか、悟!」

「くっ!」


 モントーレからの切り返しの攻撃は悟以上に鋭かった。悟やアルマーク、イオたちが訪れている剣術道場の師範代はそれなりの実力者が揃っている。年齢は20代から50代でレベルは30以上の者たちで構成されている。元冒険者の人間もいるくらいだ。師範はオルゲン老師であり、彼は剣術道場「すみれ」の創設者でもある。


 モントーレからの強烈な一撃は悟にはキツイものであり、その場に伏してしまった。直撃を受けたわけではないが、それでもダメージを負っている。


「大分、強くなったな。以前のお前なら骨を折っていたところだ」


「ははは、それって誉め言葉ですかね?」


 肩で息をしながら悟はなんとか立ち上がることに成功した。ギリギリのところで躱した攻撃だったが、その時の衝撃波は相当なものであり、衝撃波までを躱すことは出来なかったのだ。


 周囲の冒険者たちも師範代とそれぞれ模擬戦闘を行っており、悟と同じく満身創痍の者は多く見受けられた。


「もう一本、お願いできますか?」

「おいおい、やる気満々じゃねぇか。なにかあったか?」

「ええ、まあ。悔しい思いもしたんで」


 悟は理由を説明しなかったが、モントーレは彼の表情からある程度察しがついたようだ。敢えて理由を具体的に聞くことはしなかった。


「ま、冒険者っていうのは色々あるからな。それに、お前のメンバーはラブピースの調査をすることになってなかったか?」

「知ってるんですか? そうなんですよ」


 モントーレは元冒険者であり、専属員の代わりを務めていたこともある為、ギルドでの情報を得ることには長けていた。


 先日、専属員として登録が完了し、ラブピースの依頼を引き受けることになったフェアリーブースト。報酬は上下するが、最低でも10万ゴールドにはなるだろうと言われていた。

Cランク冒険者の彼らからすればかなりの金額ということになる。この報酬はボーナスのようなものであり、専属員としての給料とは別の扱いだ。


「あそこは色々と曰く付きだ。まあヘルグ達ならわかってると思うが、注意しろよ」

「はい。やっぱり、相当危険なんですか?」


 悟の問いかけにモントーレは頷いた。彼も多くを知っているわけではないが、噂程度のことを含めてもラブピースは曰く付きということなのだ。


「まだ見たことがないなら、ラブピースの拠点に行ってみるか。休憩にもなるしな」

「今からですか?」

「ああ、すぐ近くだしな」


 そう言いながらモントーレはラブピースの建物の見学を促した。いきなりのことではあるが、悟としても願ったりだと感じたので特に異論を唱えることはなかった。


 その後、彼らは剣術道場を出て、ギルドの前の時計塔のところまで歩いてきた。そこから東へしばらく歩いたところにラブピースの建物は存在している。アルトクリファ神聖国の教会の建物を横切って進んでいくことになる。その教会はフィアゼスの像が奉られている所でもあった。


「フィアゼスっていうのは相当な美人さんだったって言われてるな。過去に行けるなら、一度は拝みたいものだぜ」


 教会の前の通りを進んでいる途中でモントーレはそんな話を口にした。彼なりの冗談ではあるが、悟はなんとも微妙な顔をしている。


「彼女に聞かれたらやばくないですか?」

「いや、この辺りは一夫多妻制でも問題ないんだぜ? 彼女も俺に愛人が居ることは承知しているよ」

「そうなんですか」


 軽い気持ちで話すモントーレだが、悟としては羨ましいことであった。彼が彼女持ちと愛人持ちという点ではなく、一夫多妻制という制度についてだ。


「お前の住んでたところでは珍しいのか?」

「一応、そういうことが普通な地域もありましたけど。俺の住んでたところは一夫多妻制ではなかったですね」

「そうか、なかなか純粋な所なんだな」


 悟はモントーレに軽く頷いてみせた。一夫多妻制が容認されている背景としては、日本ほど法整備が進んでいないところ、あとは実力主義として冒険者が台頭しているところが挙げられるのだろう。悟としてもそんな印象を持ち合わせていた。


「悟は彼女居るのか?」

「いや、現在はいません。募集中ですよ」


 悟はモントーレの質問に軽く答えたが、内心は複雑だ。日本では何人かの女性と付き合ったことのある経験からか、通常はこの手の話は得意としているのだが、こちらに来てからはなんとも空回りしている。


 ネオトレジャーのリッカとは大きな確執も生まれ、自らの中で闘争心も芽生えていた。早く強くなりたい……そして、恋人にも飢えている状態だ。



「教会に入っての寄り道も悪くないが、今日は目的が別だったな。行くか」

「はい」


 そのまま中へは入らずに、二人は教会を横切って歩いて行った。本日の目的地はそこから少し歩いたところ、3階建ての大きな建物だ。まだ後ろを振り返れば教会が見えるくらいの距離ではあるが、その建物は姿を現した。


「テルパドールハウス……ラブピースの拠点になっている孤児院兼、職業斡旋所だ」

「ここが……」


 自らの調査の対象……ラブピースの拠点となるテルパドールハウスは彼らの目の前に姿を現した。建築様式などは中央広場のギルド本部とよく似ている。おそらく建てた者達が同じなのだろう。



 正面玄関に繋がっている両開きの扉には女神のような人型が描かれており、丁度扉をひらくところで真っ二つになるようになっていた。


 その扉をくぐって出入りをしている者たちの数は相当数に上る。繁盛している様子だ。ごろつきのような見た目の者から気弱そうな青年達……子持ちのシングルマザーと思しき者も訪れている。


「どうだ、悟? まあ、外からでは本当にただの職業安定所でしかないが」

「確かにそうですね」

「よし、次は中を確認してみるか」


 モントーレを先頭に二人はその女神が描かれた扉をくぐった。中は……幾つもの椅子が置かれ、予想以上に忙しそうな雰囲気を醸し出していた。番号札が用意されており、その番号順に、受付に呼ばれる様は日本の区役所などを連想させる。



「あなたの体力を鑑みるに……この辺りの仕事が良いかと思われます」

「子供がまだ2歳なんです……もう少し稼げる仕事はないでしょうか?」

「これよりも稼げる仕事は必然的に大変になります。まずは、こちらの仕事で慣らして行きましょう。慣れてきたらまた言ってください。違うお仕事をご紹介いたします」

「は、はい! ありがとうございます!」

「頑張ってくださいね」


 ふと聞こえて来る言葉……仕事を探している女性に対し、それなりに親身になっている印象が伺えた。各会話だけを聞いていれば、とても悪の組織とは思えない。


「騙すのが仕事だからな。表面上は頼りがいのあるアドバイザーって感じだろう。ただ、前の女性と話している男はやり手だな。おそらく、女性は人身売買をされることになるぞ」


 斡旋している仕事は偽の求人ということもある。実際の仕事場には誰も居らず、その場で誘拐されてしまうということだ。悟もラブピースの誘拐の手口など、細かい情報は知識として頭に入っていた。そして、以前よりも強くなった彼は、その経験で女性を説得している男を見据える。


 ニコニコと親しげな黒髪の青年といったところか。毛の長さも短く、両サイドはツーブロックになっていた。黒いスーツを身に着けているが、その内情は蛇でも飼っているのか……ほくそ笑んでいるようにも見えた。


「俺も紹介してもらいます」

「おいおい、何を企んでいるんだ?」

「ここの連中が白か黒か……俺なりに見極めていたいんで」


 悟の表情は真剣だ。一瞬は止めかけたモントーレであるが、すぐに自分の行動を制止した。悟の唐突な行動も経験になるとモントーレなりに判断したのだ。悟はモントーレの許可が出たことを確認すると、ツーブロックの男と対面する為に、番号札を取りに行った。


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