11話 酒場にて その2
「話が見えてこないんだけど」
アメリアの声のトーンが下がっているように聞こえるのは春人だけではなかった。バーモンドもエミルも、彼女の態度の変化に敏感になっており、顔から汗を流している。
「恋人って言っても振りだけどな。春人と恋人関係ってのいうのが世間に認知されれば、エミルの安全も幾分かマシになるだろ」
バーモンドの提案。アメリアと春人も自然と納得していた。確かに、その状態が認知されれば手を出そうとする者は減るだろう。
「ま、恋人の振りくらいならいいんじゃない? 春人もいいんでしょ?」
「え、そりゃね……うん」
春人としても嫌ではない。むしろエミルが相手であれば嬉しいと思える部分すらあるだろう。
「ただし、デートなどはしないとな。あと浸透させやすくする為に、時計塔の前とか目立つところでキスくらいはしろよ。あそこはカップルがじゃれ合う所でも有名だからな。丁度いいだろ」
バーモンドのその発言は導火線に火を付けた形になったのか……酒場にグラスがひび割れる音がこだました。アメリアの持つグラスだ、明らかに亀裂が走っている。
「ふ、ふ~ん、なるほどね」
「あ、アメリア……酔ってるんじゃないのか? グラスを握り過ぎだぞ?」
雰囲気的に危険だと判断した春人はアメリアの持つグラスをそっと取り出した。
「ごめん。ちょっと力入ったみたい、やっぱり酔ってるのかな」
「あ、ああ」
春人はなんとなくアメリアの顔を直視できないでいた。
「エミルはどうなの? 恋人でもないのにそんなことしたくないでしょ?」
「え……? 私は……えっと」
アメリアの問いかけに、少し言葉を選んでいるエミル。彼女もアメリアの雰囲気に押されているのだろう。
「むしろ、春人さんが嫌じゃなければ……相手が私なんかで……」
顔を真っ赤にしながら、満更でもないということをアピールしていた。
「へ、へえ……。だってさ、春人。よかったわね」
「うん……あはははは」
なんとも気まずい雰囲気の中、春人とエミルの恋人の振り作戦は決定された。デートは早速、次の日という早さだった。本日の事柄があるので、早い方がいいというバーモンドの考えだ。春人とエミルもそれで承諾する。アメリアだけは微妙な表情をしていたが。
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その後、夜中の1時を迎えた酒場の2階ではさきほど解散した春人とエミルが鉢合わせた。お互い2階の自分の部屋に戻るところだったのだ。
「あ、春人さん……!」
「エミル……お風呂は終わったの?」
パジャマに着替えているエミルの格好を見て春人は言ったが、彼女はその言葉に頷いた。緊張しているのかこの表情は赤い。
「はい、先ほど入って来ました。……あ、あの」
「う、うん……」
そして沈黙。二人の明日のスケジュールや今後を考えれば当然かもしれないが、二人とも相当意識してしまっているようだ。疑似的にとはいえ明日二人はデートをするわけなので、当然と言えば当然なのかもしれない。
「も、申し訳ありません春人さん。私なんかの為に、お手を煩わせてしまって」
「あ、いや……別にそんな……」
春人に伝わってくる本当に相手を想う態度。
春人は何時もの如く自虐を入れていくスタイルをしようと考えていたが、今それをするのは、相手に対して失礼であると考えを改めた。彼女はなし崩し的に自分が助けられていることを申し訳なく思い、非常に感謝しているのだから。
「気にしないでよ。俺が勝手にやってることだからさ。エミルの為になるなら、煩わしいなんて微塵も思ってないさ」
「春人さん……ありがとうございます。本当にすみません」
春人にしては前向きな言葉を彼女に送った。その真っ直ぐな気持ちはエミルにもストレートに届いたようだ。彼女も真っ直ぐなお礼を返してきた。お互い、遠慮する気持ちが和らいだ感覚に襲われたのか、正直な言葉を言い合った後、どこかすっきりした表情になっていた。
「あと、お話は変わりますが、本当に良かったんですか?」
「だから言ってるだろ? 気にしないでって」
「いえ、そういうわけではなくて……私とデートをして」
春人はエミルの言った言葉の意味が理解できないでいた。それはエミルにも伝わっていたのか、彼女はさらに続けた。
「その、アメリアさんが……機嫌を悪くされていたようなので」
「え……あ、いやでも、別にアメリアとは仲間ってだけだし」
先ほどのアメリアの態度を思い出してしまい、急に背筋が凍ったように寒くなる春人であった。
「そうなんですか? その、噂ではお付き合いされているのではと伺ったこともありますが」
エミルは心配そうな表情で言ったがそれは間違いだと春人は思った。春人自身もそういう噂があることは知っていた。なにせ今まで単独で行動していたアメリアが男とパーティを組んだのだから。孤高の美少女冒険者として信奉していた彼女のファンは非常に悲しんだらしい。そこから生まれたのが恋人説だ。酒場でも仲のいい姿を見かけることも多い為、そういった噂が人口8万の街全体に広がったのだろう。
「付き合ってはいないよ。もちろん仲間としては大切だけどさ。アメリアとしても俺とそういう噂が立つのは気分が良くないだろうし」
「そうでしょうか?」
「え?」
エミルの言葉につい春人は聞き返してしまう。
「いえ、なんでもないです。でも、それなら私もすこし安心しました。明日はよろしくお願いします、春人さん」
「うん、俺でよければ。よろしくエミル」
春人とエミルはそれぞれ笑顔を作り握手を交わした。それから隣同士ではあるが、それぞれの部屋に帰って行く。
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「あ~あ、春人はきっと浮かれてるんだろうな」
酔いつぶれているグループが近くに居る中、アメリアも一人酒場の1階で酒を飲んでいた。その様子をバーモンドも頭をかきながら見ている。
「おいおい、アメリア。もうとっくに閉店してるんだが……」
「なによぉ、もう外は暗いのにか弱い女一人で帰れっての?」
「か弱い……? どの口が言ってやがる」
見た目は均整の取れた華奢な肉体のアメリア。もちろん内面は超戦士と呼べる強さを有しているが。バーモンドもそれがわかっているからか、苦笑いが止まらなかった。
「春人に送ってもらおっかな~」
「なに言ってやがる。ごろつき100人襲ってきても息一つ切れることなく返り討ちだろうが」
「ふんだ、店長は冗談がわかってないよね」
バーモンドとしてはアメリアの機嫌が悪いことの原因も把握している為、強くは出れない節があった。元々、アメリアには頭は上がらないのだが。
「お前も案外、青春してるんじゃねぇか。俺は安心したぜ」
「どういう意味よ?」
「冒険者になったお前は誰の力も必要としなかったからな。今は少し違うだろ?」
バーモンドの言葉の意味をある程度理解しているのか、アメリアは無言になっている。
「ご両親も娘が強く成長して喜んでるだろ。子供でも生んでくれたら喜ぶかもな」
「もう……話が飛躍し過ぎ。まあ、今度お墓参りに行って来るけどさ」
「気になる人も出来ましたって報告しとけよ」
「なっ!? べ、別にそういうんじゃ……!」
父親代わりなのか慌てふためくアメリアにバーモンドはいつまでも笑っていた。
「しかし、エミルはなかなか強敵だな。明日はデートだしな、お前の今後の行動にかかってるぜ?」
「だ、だからそういうんじゃないってば……!」
アメリアは必死に否定をするが、バーモンドには一切通じる様子はなかったそうな。それでも、アメリアは顔を真っ赤にして、しかし決して主語が春人であることは語らずに否定し続けていた。




