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10話 酒場にて その1

 バーモンドが店主を務めるアーカーシャでも有名な酒場「海鳴り」。名称の由来は不明だが、街の南には大海が存在しているので、そこからのネーミングではないかと言われている。

 冒険者という名のならず者が日夜集まる場所となっているが、元冒険者でもあるバーモンド自身の豪快さと恐ろしい人柄から、店内でもめ事を起こす者は少ない。


「いでぇ! 折れるって! 勘弁してくれ!」


 店内の看板娘として売り出し中のエミルに手を出しかけた新米冒険者が一人、腕を極められて叫んでいた。エミルが店で働きだしてから10日程になるが、そのしぐさと容姿から相当な人気者となりつつあったのだ。

 厳しいながらも一生懸命働くエミルの姿に感動する者も多い。しかし、それと同じくして、素行の悪い者はエミルにセクハラを働くことが多くなっていた。


「もう一度、彼女になんて言ったのか復唱してみろ」


 新米冒険者の腕を極めているのは、左腕が現在折れている春人だ。片腕の男に簡単にやられている人間を見て、周りの客からは乾いた笑いが出ている。


「す、スカートめくって言っただけだよ!」

「ここはそういう店じゃないからな? そういう店って近くでありましたっけ?」

「確か5軒ほど先にあったかと思うぞ」


 春人の言葉にバーモンドが答えた。その言葉を聞いた春人は新米冒険者の腕を離す。


「ということだから、そっちへ行ってくれ。まあ、料金はかかると思うけど」


 解放された男は、春人が片腕しか使えないことと、片腕の男に簡単にやられたことで自尊心が傷つけられていた。春人としても手を出すつもりはなかったが、男のセクハラ発言は1度や2度ではなかったのだ。

 バーモンドが動くよりも早く、彼は行動を開始してしまった。


「へへっ、彼氏いたのかよ……。ぜひエミルちゃんをそういう店で働かせてくれよ。俺、すげぇ投資するぜ? そういう店に興味があるんじゃなくて、その子がいいんだよな」


 同じ男として言いたいことは理解できた春人。いかがわしい店に通う場合、自分のお気に入りの子がいない店にわざわざ行こうとは思わないということも理解できた。しかし、それとは別に、エミルへの侮辱に該当すると感じた彼は、無言で男を睨み付ける。あと一言でも余計な言葉が飛べばどうなるかわからない程の怒気を放っていた。


「ひ、ひいっ……!」


 冒険者になったのも春人よりも後と思われる新米冒険者は危険を察知し、そのまま店を出て行った。


「さすがはソード&メイジだなっ! こりゃ酒が進むぜ!」

「片腕だろうと関係なしか。ドラゴン討伐の戦士……超新星の誕生ってところだな」

「しかし、エミルちゃん売約済みかよっ。はあ……今日はヤケ酒だな」


 新米冒険者が去った後、酒場の常連であり、ギルドでもすれ違うことのある冒険者たちが各々盛り上がっていた。春人はそんな彼らの言葉を背にエミルに目線を合わせる。


「大丈夫? エミル」

「は、はい……春人さんも大丈夫ですか?」


 エミルは主に春人の左腕の心配をしていた。自らの依頼で負った怪我ということを依頼達成の報告時に知らされ、その時からエミルは春人の身の回りの世話を手伝っているのだ。


「俺の腕は問題ないよ」

「なら安心しました。春人さん、助けていただいてありがとうございました」


 深々と礼儀正しく頭を下げるエミル。まだ仕事中の為、そのまま申し訳なさそうにしながらも、奥の厨房へと姿を消した。春人はそれを見てから、アメリアの座る席へと戻った。


「ひゅ~、さすが春人。絵に描いた正義の味方って感じね」

「そんなつもりはないけど……エミル、大丈夫かな」

「まあ、あんなに可愛いもんね。酒場の衣装はそんなに露出大きいわけでもないけど、逆に良いとか思う奴もいるんじゃない?」


 膝が隠れるかどうかの長さのスカートなのでそこは問題ないと春人も考えていた。しかし、彼女の魅力はそれだけでは隠しきれないほどなのも事実。働き始めて10日ほどで彼女目当ての客が増えているのもそれを物語っていた。


「おう、春人。すまねぇな」

「バーモンドさん」


 春人とアメリアの席にほどなくして現れたのがバーモンドだ。エミルへの対応が遅れたことに対して、春人に謝罪した。


「セクハラの被害にあわねぇようにしてやるって言ったそばからこれだ。常連は問題ねぇんだが、普段ここに来ない連中がな。まさかここまでエミルが人気出るとは予想外だったぜ」

「バーモンドさん、言い訳に聞こえるし」

「ああ、わかってる。今度からは、常連の冒険者にも頼んでおくぜ。店内は安全なはずだ。ただな……外になるとな」


 バーモンドはそこで頭を抱えた。春人としてもそこは心配している。常に一緒に行動するというのも難しい。あの新米冒険者も諦めたわけではないだろう。

エミルとは依頼主以上の関係ではないのだが、偶然だが泊まっている部屋は隣同士である。左腕が使えない自分を世話してくれていることも考慮すると、なんとか力になりたいという感情があった。


「いままでのように、一人の住民ってわけでもないしね。ここで働くと嫌でも目立つし、女の子の店員は今はエミルだけだし」

「そういえば、エミルだけですよね。でも、制服はありましたね」

「ま、昔は居たのよ。私もヘルプで入った時もあったし」


 現在のエミルの制服は、昔アメリアも着たことのある服だったのだ。基本的に男が多くやってくる酒場の為、店員も男のみで賄っていた。そこにエミルのような美少女が住む込みで入ったのだ。一種の名物にさえ現在はなっている。


「ホントなんとかしたいけど。なんか妙案ないの? 店長」

「そうだな……まあ、1ついい案はあるが」


 バーモンドの言葉に春人とアメリアは目つきが変わった。


「本当ですか?」

「店長、冴えてる! さすが既婚者! 別れたけど」

「うるせぇ! ま、しかし当人同士の問題になるんだがな……」


 バーモンドはあまり話したがらない。それ以上に春人とアメリアの表情を交互に眺めている。


「俺としては乗り気ではないというか……いや、そういうのも余計なお世話か」

「なに? 店長。話が見えないんだけど?」

「店が終わってから話す。それまで適当に時間を潰しててくれ。ちょいとまだ忙しいんでな」


 バーモンドはそれだけ言うと、店のカウンターに戻って行った。


「バーモンドさんにしては覇気がなかったわね。私のこと見てた気がするし」

「なんだろう? ちょっと不安なんだけど……」


 アメリア、春人共に不安感は拭えないでいた。




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 それからしばらくして、酒場は閉店の時間を迎えた。酔いつぶれたグループがあるが、バーモンドはそのままにして、店自体は閉じた。改めて彼は春人たちの席へと戻って来た。隣にはエミルの姿もある。春人と目が合うと顔を赤くして目を逸らしている。


「おう、待たせたな。既にエミルには伝えてるんだが」

「早く聞かせてよ。飲みすぎて辛いんだけど……うい~」

「アメリア、飲みすぎだろ……大丈夫か?」

「平気平気、いざとなったらここに泊めてもらうし」


 二人の会話にバーモンドは頭を抱えている。エミルもなんとなく手持無沙汰な感じを出していた。



「俺が提案する案ってのはな、春人とエミルが恋人関係になるってことだ」

「え……?」

「はい……?」


 春人とアメリアはなにを言われたのか分からずバーモンドに聞き返した。そこには真剣な表情のバーモンドと紅潮した表情のエミルが立っているだけだった。


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