1話 異国の地 アーカーシャ
「よそ見しないようにね、春人」
「わかってるよ、アメリア!」
とある遺跡内で二人の男女が戦いを繰り広げていた。男の方は高宮 春人、彼の後ろにいる女性はアメリア・ランドルフである。二人はアーカーシャの街の近くにある遺跡、オルランド遺跡でモンスター討伐をしていたのだ。
敵はモンスターの一角であるジャイアントウルフ。モンスターレベルは22になる強敵だ。オルランド遺跡の1階層でそのモンスターと相対していた。敵の数は6体だ。
「はあああああ!」
春人は鉄の剣を持ちながら切り込み隊長の如く的に突進していった。そこに作戦などは皆無と言えるだろうか。後ろにいる少女のアメリアは魔導士の風貌なので、前衛と後衛の役割分担くらいはしているかもしれないが……どうも二人で協力しているという節はない。
「ガルルルルル!」
ジャイアントウルフは春人よりも大きな巨体で彼を呑み込もうとしている。しかし……彼は噛みつかれても平然としているのだった。
「無駄だったね! 悪いけど死んでくれ!」
ノーダメージの春人はレベル22の巨体を真っ二つに切り裂いた。とてつもない切れ味……ジャイアントウルフの1体は簡単に絶命してしまった。残りの5体も春人に向かって総攻撃を仕掛けて来るが、春人は全くダメージを受けている気配がなかった。 後方のアメリアも特に噛みつかれている春人を心配している様子はない。その後、目で追うのが難しい斬撃で春人は周囲のジャイアントウルフを殺して行った……。
内臓が飛び出し、目の玉は抉り出され……相手はモンスターだが、凄惨な現場の誕生となっていた。
もっともその現場もすぐに石の破片へと姿を変えることになるのだが。冒険者の間では結晶石と呼ばれるものにモンスターは変わって行った。血すら残っていないのが現状だ。
「ひゅう! 流石は春人! 相変わらず強いわね!」
「あはは……ありがとう、アメリア」
春人は後方から見ていたアメリアにお礼を言った。まだまだ戦闘は慣れていないのか、身体からは汗が出ている。
「ねえ、春人。私とこうやって組んで1か月になるけどさ、どういう事情で、酒場に下宿することになったの? よく考えたらあんまり聞いてなかった」
「あれ? 異世界から来たっていうのは何回か言っただろ」
「それは聞いたけど、詳しい話は聞いてないし。ま、この際だし改めて教えてよ」
目の前の少女は春人が異世界からの住人であることを本気で信用している。もちろんそれは真実であり、彼は地球から転生されて来たのだ。本人も理由まではわからず、こちらで生活をして1か月になる。
春人は自分がこちらの世界に脚を踏み入れた時のことを思い出した。あれは、雨の日……。春人は高校2年生であり、東京の学校に通っていた。傘を差しながら歩いていたのが地球での最後の光景……。
春人が次に目覚めたのは、見慣れぬ崖付近だった。特に怪我をしていた様子はないが、傘は持っておらず、鞄も無くなっていた。自分はどうしてしまったのか……春人はなにが起きているのか全く思い出せず、わからないでいたのだ
その時、彼に声をかける男が居た。
「おい、こんなところで何してやがる!?」
現れたのは日本人には見えない外国風の男。生やしている髭も濃く、色黒でかなり筋肉質な男だった。しかし、言葉は普通に通じている……見知らぬ場所、異国の大地に自分が居ることを知らされたのは、それからすぐのことだった。
異国の地に飛ばされた春人はバーモンドと呼ばれる男に声を掛けられた。その後の恩人になる人物だが……その男に連れられてアーカーシャの街を訪れることになった。それなりの規模の街であり、そこの酒場の「海鳴り」で店主をしているのがバーモンドである。行くところもない春人を彼は自分の店で寝泊まりすることを許したのだ。春人としてもありがたいことであった。素性も知らぬ自分を雇ってくれたのだから。
ただし、商品の品出しから買い物まで、様々な仕事を行う対価としてだが。最初の春人はわけもわからず働かされ、慣れない仕事に戸惑っていた。異国の地で言葉が通じるのが不思議と感じる間もなく、彼は酒場での仕事は忙しかった。そして、日本に居た頃は運動もろくに出来なかった自分が、そこよりもはるかに忙しい仕事をこなせていることに気付いたのはそれから数日経ってのことだった。
その後、バーモンドから冒険者になった方が稼げるだろうという提案があった。彼が冒険者になったのはその言葉が原因である。
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「へえ、そんな経緯で冒険者になったの、春人」
「うん、まあそんなところ」
モンスターが生み出した結晶石なる物を拾いながらアメリアは笑っていた。通常では信じられない出来事ではあるが……彼女は春人を信じたのだ。
「あははははっ! おまけに異世界から来たとか……面白すぎでしょ、春人」
「俺としては何がどうなってるのかわからないんだが……1か月経過してやっとこの街を本物だと思い込んだほどだぞ?」
「まあ、気持ちはわからないでもないけど」
春人と同じ17歳のアメリア・ランドルフ。彼女は春人を見ながら笑顔になっていた。とても楽しんでいるようだ。彼との会話を。
「でも、バーモンドさんもそうだけど、俺の話を信じてくれたのは驚いたよ」
「まあ、普通なら信じないけどね。春人の場合は別って気もするし」
アメリアは屈託のない笑顔を春人に見せていた。彼ら二人の出会いは、春人が冒険者になった日の翌日。かの英雄の遺した遺跡の1つに、春人が最初の冒険として脚を踏み入れたのがきっかけだ。
その遺跡は街から比較的近くのエリアで、岩などに阻まれた平原の奥地。サイトル遺跡と呼ばれた場所である。そこで出くわしたのは、本来であれば死を覚悟しなければならないモンスター。最初の冒険に派遣される、探索され尽くした遺跡に出現することなど到底考えられないモンスター。この世に未練が残った冒険者の馴れの果て……亡霊剣士がそこには居たのだ。
「亡霊剣士を見た時は、あんたは確実に死んだと思ったわ」
「レベル41の化け物だっけ……」
「そうよ。このジャイアントウルフが雑魚に見えるほどの強敵……ジャイアントウルフはCランククラスの冒険者なら倒せるだろうけど、レベル41の亡霊剣士はそうはいかないわ。最低でもAランクはないと厳しいでしょうね。あなたはあの時、最低ランクのFランクだったんだから」
春人が踏み入れた遺跡のモンスターレベルは高くても10程度。レベル41のモンスターが現れることなど考えられなかったのだ。冒険者になったばかりの新米は、運が悪ければレベル5程度のモンスターにも殺される可能性があった。
近くでその遭遇を見ていたアメリアは、春人が死んでしまうと判断したのだろう。だが、そうはならなかった。彼は、店で売られている平凡な鉄の剣を片手に亡霊剣士との死闘を繰り広げ、見事に打ち破ったのだ。
「正直驚いた。あんな光景、7年間で初めてだったし」
「そういえば、アメリアは10歳から冒険者やってるんだっけ」
アメリアは幼少の頃からアーカーシャで冒険者として活躍している。幼少の頃より鍛えられた彼女は、非常に強力な冒険者として名を轟かせていた。そして、運命的な出会いを果たした二人。アメリアはそれまでは単独で遺跡の探索を行っていたが、春人とは組むことになったのだ。
それから数週間が経過し、春人は驚くほどの成長を遂げていた。いや、才能を開花させたといった方が正しいだろうか。たった1か月という時間で、春人の名前は街中に知れ渡り、二人のコンビは最強クラスの冒険者として、ギルドでも認知されるに至っている。
「正直ありえないわよ。たった1か月で、オルランド遺跡の6層まで行ける人なんて」
「自分でも信じられないよ……こんな俺が」
「だからかな、異世界の住人って言われても納得できたのは」
アメリアは語る。日本という国に住んでいた春人からすればアーカーシャの街は、まさに剣と魔法の世界を体現したような所であったのだ。広大過ぎる宇宙全域で考えればあり得る話かもしれないが、超能力のような世界が実在したわけだ。
その場所に転移し、向こうでは具現化されなかった天賦の才能が開花している。ある意味では神様からもらったチートと言えるのだろうか。春人自身、最初は信じられないでいたが、1か月が経過した今となっては理屈ではないことを実感として持っていた。
春人は現在では実感しているのだ。自らの強さがこの世界の基準と比較して相当に高レベルであることと、おそらくもう以前の世界には戻れないということを。まさに理屈ではなく、理解という言葉で彼は悟っていたのだ。なぜこのようなことになったのか、まったくわからない状況ではあるが、彼はそれを理解し、享受する余裕も兼ね備えていた。
「この世界は異世界からのワープみたいなことはあり得るの?」
春人はアメリアにそんな質問をかけてみた。春人も予想はしていたが、彼女は首を横に振る。
「まさか、そんなのあり得ないわよ。ただ、春人のそんな才能見せられたら、納得もいくかもってだけ。過去の文献の中には大量の人間が一晩でモンスター化した現象や、直径数十キロメートルの大穴が一瞬の内にできた現象なんかもあるらしいし。そういった本当かどうかわからないお伽話のレベルだけどね」
アメリアは平然とした口調ではあるが、述べている例えは非常に大きなことであった。言い換えれば、春人の存在そのものがお伽話のレベルであり得ないということだ。最強クラスの冒険者である彼女にそこまで言わせるということが、春人の中で自信にも変わっていた。
「このオルランド遺跡は6層以降も普通にありそうだしね。まだまだ冒険の途中だけれど、頼りにしているわよ、春人? これからもよろしくね」
「うん、アメリア。俺の方こそよろしく」
ジャイアントウルフの結晶石を取り終えたアメリアは、そこで再び春人と誓いを立てたのだ。このパートナーと一緒に高難易度で有名なオルランド遺跡を踏破していくと。
彼らの冒険はここから始まって行く──。