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9/13

テルは決意する

 昼食を食べ終えた輝希と零那は、ゲームセンター、ペガサスにやって来た。


 暗い店内に響く、ゲームの音と人の声。

 その音圧はラッキーボールのものを遥かに凌駕している。


 そんな店内の片隅にブラクロは8台設置されていた。どの席も客で埋まっており、後ろから観戦する人もチラホラいた。

 全体的に殺伐とした雰囲気だ。


「いい雰囲気じゃない」

「明らかに新参お断りって感じだが……」

「だからいいんじゃない」


 零那は臆さず、ブラクロの歩み寄った。

 突然現れた少女に、客達は驚いた様子で好奇の目を向ける。


 しかし、そんな視線は零那のプレイを見た途端、変わった。

 あっという間に、対面の相手を倒した零那。

 冷やかしにきた素人ではないと、その場の誰もが気付いただろう。

 ―――零那の実力はペガサス(ここ)でも通用するようだ。


「……俺も行くか」


 零那と出会って2週間、輝希は何度も彼女と対戦してきた。

 零那には1度も勝てていないが、それなりに実力は付いているはずだ。


 輝希は自信満々で、筐体の椅子に座る。

 ―――悪いが、勝たせてもらうよ。

 そんな気持ちで100円を投入した。





 画面では、輝希のキャラ、“みやび”が倒れ、“YOU LOSE”の文字がデカデカと表示されていた。

 キャラクターセレクトから数えて、1分も経っていないかもしれない。

 輝希はあっという間に負けてしまった。


「……負けた」


 敗者は去るのが定め。

 輝希は大人しく席を立つ。

 零那と何度も対戦したとは言え、一方的にボコボコにされてばかりだ。


「ま、シャーないか。むしろ、雅と夢来の掛け合いが見れてラッキーまであるな!」


 しかし、エンジョイ勢である輝希はさほど気にせず、むしろ原作で幼馴染である雅と夢来の会話を見れて、嬉しそうにしていた。


 零那はどこか、と辺りを見回すと、とある席に人だかりができている。

 その中心にいるのは、案の定零那だ。

 見慣れない美少女が、格ゲーで男達を倒していれば人も集まるだろう。


「いい調子そうだな」

「……そうね」


 人だかりに割って入り、零那に話しかける。

 零那は集中した表情で、画面を見据えていた。


「うへー! マジで女いるじゃんっ!」


 陽気な声が聞こえたのはその時だ。

 金髪の癖毛に、浅黒い肌の青年。

 青年はニヤニヤと笑みを浮かべながら、零那を舐め回すように、ジットリと見つめる。


「いいじゃぁん、結構可愛いじゃん」


 んふー、と鼻息を男は漏らす。


「それにしてもお前ら、女に負けるとか正気かぁ? 興奮して本気出せなかったとか?」


 その言葉に、零那の眉根が微かに寄った。

 男の言葉にイラッときたのだ。


「ならぁ、対戦してみますか?」


 零那は大学で見せるような笑顔と口調を、男に向ける。


「えー? これ逆ナン? 俺が勝ったらデートとかしてくれんの?」

「さぁ〜? どうでしょうねー」


 殺意を押し殺しながら、零那は笑顔を維持していた。

 男は零那の対面に座ろうとする。その際、輝希の肩を叩くと、「悪いな、彼氏君」と鼻で笑った。


「俺、ゼット。ゼットくんでも、ゼットンでも、好きに呼んでいいよ」

「レインです。ゼットさん、対戦よろしくお願いしますぅ〜」


 甘ったるい声で名乗る零那。

 今の言葉を正確に訳すと、「お前を殺す」だ。


 キャラクターセレクト画面。

 零那はいつも如く、シグマ・リナーラ。

 そして、対面のゼットが選んだのは、アクロ・ネクロアだ。


 零那は眉にシワを寄せる。

 それも仕方のない事だ。原作にあたるカラフルカラーズ2において、シグマはアクロに3度破れている。

 その設定はブラクロにも引き継がれており、アクロと対戦したシグマの勝率は3割程度だ。


「有利キャラを被せてるわけじゃないぜ? 普通にいつも使ってるから」

「別に大丈夫ですよぉー。……どうせ結果は変わらないし」

「あっ? なんか言った?」

「いえいえ、何も言ってませんよぉー」


 だからと言って、勝負を投げる零那ではない。


『父さんと母さんの仇! ここで晴らす!』

『あの時の小娘か……』


 シグマとアクロの掛け合いがあり、戦闘が開始される。

 瞬間、シグマの身体が宙に舞い上がった。―――正確には、重力を操るアクロによって、持ち上げられた。


「はい! 決まったァ!」


 ゼットが声を張り、画面では、空中のシグマへアクロが追撃する。

 たったそれだけで、シグマの体力は3分の1も削られてしまう。


「気持ちぃいい! やっぱシグマ甚振るのが1番気持ちいいわ」

「っ!」

「落ち着けよ、レインちゃん。まだ勝てるかもしれないぜぇー」


 零那は表情を険しくしながらも、落ち着いてコマンドを入力し、ダメージレースに追いつこうとする。

 しかし―――


「はい、もういっぱーつ!」


 再びシグマの身体が浮き、体力がごっそり削られる。

 口が軽いだけの男かと思ったが、ゼットの実力は確からしい。


 零那は重力攻撃を警戒して距離を取るが、そこに意識を取られれば他が疎かになる。

 アクロの放つ小技で、シグマの体力が徐々に削られていく。


『きゃあああああ!』


 そして、シグマの断末魔が響き、勝負が決した。


「いぇーい、勝ちぃい!」


 席を立ち、勝ち誇るゼット。


「どうよ、レインちゃん。俺とデートしてくれる気になった?」

「……さいよ」

「は?」

「まだ2戦残ってるでしょ!? 座りなさいよ!」


 零那は声を荒らげ、肩で呼吸をする。

 レバーを握る手は鬱血しそうなほど力が入っていた。


「うっわー、こっわー」


 ゼットは失笑して、席に座り直す。

 だが、レバーを握ろうとしなかった。


 2戦目が始まった瞬間、シグマはアクロへ距離を詰め、コンボを食らわせる。

 ゼットは何も操作していないので、やりたい放題だ。


「まぁ、なかなか上手いと思うよ、レインちゃん。―――女にしては」


 シグマのコンボが終わったのを見計らい、ゼットはやっと操作レバーを手に持った。


「でも、そもそも格ゲーは女がやるもんじゃないから」


 アクロがシグマを持ち上げ、落とし、蹂躙する。


「だから、大人しくメダルゲーとかで遊んでろよ!」


 アクロのカットインが入り、オーバーブラッシュが発動。

 重力の魔法陣が幾重に形成され、シグマの体力はあっという間に消え去った。


「『何度やっても同じことだ、リナーラの小娘』」


 ゼットがアクロと同時に決め台詞を言う。

 その瞬間、


 ―――ガンッ!!


 と台パンの音が響いた。


 音の主は言わずもがな、シグマ使いの少女。

 辺りが一瞬で静まり返り、視線が零那に集まる。


「うっ……!」


 何も言わずに走りだす、零那。


「お、おい、待てよレイン!」


 そんな彼女を終えるのは、輝希しかいなかった。




 零那を追い、輝希はゲーセンを飛び出す。

 誰もいない裏路地で、零那は膝を抱え、顔をうずめていた。


「大丈夫かよ……」


 輝希は零那の隣に腰を下ろす。


「……なんで付いてきたのよ」

「追わないわけないだろ」


 急に走り出したのだ。

 心配して追いかけるのが普通である。


「仕方ないだろ、アクロにはキャラ的に不利なんだから」


 何とか慰めてみようとするが、零那は返事をしない。


「それに、相手も上手かったし、負けて恥じるほどじゃないだろ」

「違うそんな事じゃない!!」


 顔を上げた零那の頬には、大粒の涙が伝っていた。


「私は、女だからって見下してくる奴に負けたくない。だから、格ゲーをしてる! でも、でも……、勝てなかった……!」


 わああああ、と声を上げながら零那は泣いた。

 まるで子供のように。きっとこの涙を見せないために店を出たのだろう。


「もっと、もっともっともっと強くなりたいアンナ奴ボコボコに殺してやりたい私が1番強くなりたい!」


 そう叫びながら、泣き喚く零那。

 嗚咽すらしながら、ゆらりと立ち上がった。


「おい、どこ行くんだよ!」

「着いてごないで!」


 泣きながら言われ、輝希は足を止める。


「少し、1人にさせて……」


 弱々しく呟きながら、零那はゆらゆらと大通りへと消えていった。

 1人残された輝希の網膜には、零那の背中が焼き付いていて。

 彼の心に重い一撃を加えていた。


「……泣くほどかよ」


 達観したように、輝希は呟く。

 どんなに熱くなれたとしても、たかがゲームだ。負けることもあれば勝つこともある。だからこそ、どちらも楽しむべきだ。


 ゲームは楽しむべき。

 その考えは変わらない。

 しかし、その“たかがゲーム”に涙すら流せる零那は確かに輝いていた。


「あぁ……」


 輝希は呟く。

 そして、歩き出した。

 零那を追うのではなく、ゲームセンターへと戻るのだ。


「―――そしたらさぁ、いきなり台パンしてぇ」


 ゼットの座る席へ輝希は押しかけ、そして、台パンをした。

 突然の音に驚いたゼットだったが、音の主が輝希と分かると、鼻を鳴らす。


「何だ、さっきの彼氏君かぁ。何だよ、彼女の敵討ちか?」

「そんなところです」

「いいぜ、相手になってやるよ。ほら、座りな」

「いや、対戦は1週間後にしてください」

「は?」


 今やってもどうせ負けるだけだ。

 ゼットを超える時間がいる。


「それで、俺が勝ったら、レインに謝ってもらえますか?」


 それこそ、朝輝 輝希が格ゲーに本気で取り組み始めた瞬間だった。

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