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大学の姫とファミレス

 輝希は駅の改札前で1人ソワソワしていた。


 零那がタッキーさんから2度目の苦汁を舐めさせられた週の日曜日。

 零那が大須へ行くということで、輝希はその案内役として駆り出されていた。


 その場の勢いで了承してしまったが、よくよく考えると、零那と待ち合わせて出かけるなんて初めてのことだ。


 相手が格ゲーで台パンし、橋の上で叫ぶような奴でも、一応は女の子だ。

 初めてする異性とのデートに、輝希は少なからず浮かれていた。


 髪をワックスでセットし、勝負パンツである黒ブリーフを履いている。


「早いじゃない」


 集合時間より10分早い、11時50分。

 零那は改札口から現れた。

 いつものように、ピンク色のリボンで髪をツーサイドアップに纏め、リボンとフリルの着いた洋服で身を固めている。


「……いつも通りの格好だな」

「なによ? 不満?」


 別に不満は無いのだが、自分1人だけオシャレをして来たと思うと妙に恥ずかしかった。

 それに気付いた零那が口に手を当てて、からかうように吹き出す。


「ぷっ、何よアンタ、いっちょ前に髪型なんてセットして」

「い、いいだろうが、別にオシャレしたって!」

「そうね、今日は私の隣を歩くんだから、格好良いに越したことはないわ」


 零那は髪を翻して、出口へ向かう。


「ほら行きましょ。時間が惜しいわ」

「あぁ、分かったよ……」


 輝希は零那の後を追う。

 間接的に格好良いと言われたことに、彼が気付くことは無かった。




 地下鉄から地上に出た零那は、腕を組んで仁王立つ。その姿は戦地へ赴いた武士のようだ。


「それで、テル。ゲーセンはどこにあるの?」

「ちょっと待ってろ」


 大須には何度も来たことがある輝希だったが、ゲームセンターに行くのは初めてだ。

 タッキーさんから貰った地図を広げると、至る所にゲーセンを示す赤丸が打たれている。


「色々あるけど、どこにする?」

「とりあえず、人が1番多そうなところよ」


 となると、大通りに面した“ペガサス”がいいだろう。

 目的地が決まり、2人は早速歩き出した。

 が―――


 ぐぅうううう


 まるで、猫が威嚇でもするような音が、零那のお腹から響いた。


「っ!」


 零那は恥ずかしそうに、お腹を押さえる。


「……まず食べるか?」

「いい……! 少しでもゲームに時間を使いたい」


 しかし、身体は正直なようで、零那のお腹は楽器のように音を鳴らし続けていた。


「お、お腹が減ったら集中力が落ちるしね……。とりあえず何か食べましょう」


 零那は一瞬で主張を変え、2人は目に付いたファミレスへ入店した。




「……決まったか?」

「まだ。……もう少し時間をちょうだい!」


 メニュー表を両手で開き、眉を顰める零那。

 入店してから既に15分。

 零那はまだ注文が決まらないらしかった。


「何をそんなに悩んでるんだよ」

「注文するものは決まってるわよ。ただ―――」


 開いていたメニューを、零那は輝希に見せる。

 そこには、プリンやケーキの写真。

 どうやら、デザートで悩んでいるらしい。エナドリを愛飲する零那も女の子らしいところがあるようだ。


「このプリンですら、300円……つまり、格ゲー3クレ分よ? ケーキに至っては5クレ! 注文しようかしないか、決められない……」


 しかし、その発想は完全に格ゲーマーのものだった。


『飯くらい奢ってやれよ』


 輝希の中に住む、“イケメンの輝希”がそんなことを言う。


『いや、彼女でもないやつに、飯奢る義理とかないですよね?』


 “理論的な輝希”の意見はこうだ。


「デザートくらい奢ってやろうか?」


 輝希の口から出たのは、2つの人格の折衷案であった。

 輝希の提案を受け、零那は驚いたように目を見張る。


「じゃ、じゃあ、このプリンを半分っこしましょう? そしたら、1.5クレ。許容範囲だわ」


 少し考えた後、零那は尻込みしながら、そんな提案をしてきた。




 頼んだパスタを食べ終えると、デザートのプリンが運ばれてきた。


「先食べていいぞ」

「そう言うなら、お言葉に甘えるわ」


 輝希としては、別に全部食べてもらってもよかったが、それでは零那のプライドが許さないのだろう。


 零那はスプーンでプリンを掬い上げると、唇に滑り込ませた。


「っんーー!」


 たかが300円のプリンだが、零那は目と唇をキツく閉じ、舌に載った甘味を感じていた。

 ダンッ! と零那の拳が机を叩く。


「美味しい!」

「そりゃあ良かったな」

「……ほら、アンタにも上げるわよ」


 半月のように、綺麗に残ったプリンの皿を、零那は差し出す。―――零那が使ったスプーンが載ったまま。


「……」

「何? 食べないの?」

「いや、零那お前……」


 これじゃあ、関節キスになるだろ!

 というセリフを輝希は喉元で止めた。


 そんな中学生みたいなこと、大学生で、しかも姫的ポジションを確立している零那は、全く気にしないのかもしれない。


 輝希がどうするべきか悩んでいると、突然、顔を紅潮させる零那。


「ば、バカ! スプーンくらい取り替えなさいよ、当然でしょ?!」


 零那は凄まじい勢いでスプーンを取り上げると、店員を呼び、新しいものを用意してもらった。


「はいっ、これ!」


 零那は新しいスプーンを添え、改めてプリンの皿を差し出す。


 こんなむず痒い気持ちでプリンを食べるのは、初めての事だった。

読んで頂きありがとうございます!


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本日の18時にもう1話更新します。

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