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続 姫はリベンジする

 零那はタッキーさんの向かいに座ると、大きく息を吐いた。

 そして、台に置いていたエナドリを一気に呷ると、空き缶を輝希に差し出す。


「持ってて」

「お、おう」


 言われるがままに、輝希は空き缶を受け取る。

 零那は力強い眼光で画面を見つめながら、キャラクターをシグマ・リナーラに選択した。


「集中してるね」

「みたいだな……」


 楓との対戦も本気だっただろうが、今の零那はそれ以上の圧を纏っていた。

 まるで、全国大会の決勝戦のような真剣さが伝わってくる。


 ―――たかがゲームの対戦、で済ましていい領域はとうに超えていた。

 零那にとっては1度負けた相手。否が応でも勝ちたいのだろう。


『ROUND 1』


 の表示が写り、対戦が開始。

 その瞬間から、両者のキャラは2Dの画面内を縦横無尽に動き回る。

 攻めと守りが瞬間で切り替わるスピーディな戦いだ。

 輝希にはどちらが有利なのか、勝っているのか、それさえもよく分からない。


「楓……、これはどっちが勝ってるんだ?」

「キャラ性能的には、タッキーさんの“夢来みらい”の方が微有利かな。でも、レインちゃんはよくやってるよ。対夢来の練習を相当したんじゃないかな」


 次の瞬間、筐体から断末魔が響いた。

 声の主は夢来。

 零那の操るシグマが、夢来の身体を剣で貫いていた。


「……この前より成長してるね」

「はい……!」


 口角を少しだけ上げる、零那。

 しかし、まだ1本取っただけだ。もう一度勝たなければ本当の勝利にはならない。


『ROUND 2』の表示が現れ、戦闘が再開される。

 ROUND 1に勝利し調子付いたのか、零那の動きは鋭さを増した。


 零那は眼球がとび出そうなほど瞼を開き、一切瞬きをしていない。瞬きの一瞬すらも惜しいのだろう。


 そして―――

 画面に夢来のカットインが入り、夢来がナイフを構え、シグマに突進する。


 “オーバーブラッシュ”。各キャラが1つずつ持つ必殺技だ。

 シグマの残り体力からして、喰らえば敗北が決まる。


 既に夢来は、シグマの眼前にまで迫っていた。

 ここからは回避不能。その場の誰もがそう思った。

 ―――零那、ただ1人を除いて。


「まだっ!」


 そんな掛け声と共に、シグマが剣を突き立て飛び上がる。上強攻撃による回避をしたのだ。


 そして、オーバーブラッシュは強力な反面、避けられた場合の隙が大きい。

 シグマは夢来を背後から切りつけると、そのままコンボに入り、敵の体力ゲージを一瞬で削りきった。


「…………やった」


 零那は呟いた。

 何度も瞬きを繰り返しながら、画面を見つめている。

 そして、表示される『YOU WIN』の文字。


 その瞬間、零那は勢いよく立ち上がった。


「や、やったぁぁぁああ!!」


 ラッキーボール中に響く、零那の叫び。

 零那は、輝希の手を両手で握りしめた。


「テルっ! 見てた? 見てたわよね? 私勝った、勝ったのよ、勝ったの!」


 興奮を抑えることなく、零那は輝希の手を握りながら小さく飛び跳ねる。

 まるで子供のようにはしゃぐ彼女の瞳は、宝石のように輝いており、呼吸は輝希にまで聞こえるほど大きくなっていた。


「分かった、分かったから落ち着けよ!」

「え!? あっ、あっ……。……そ、そうね」


 零那は周りの視線に気付き、顔を真っ赤にしながら、椅子に座り直した。

 そんな零那へ、向かいのタッキーさんから拍手が送られる。


「お見事。まさか躱されるとは思わなかった」

「はいっ。あれから何度も練習しましたから」


 自信ありげに、零那はフンスっと鼻を鳴らす。


「いいね、その熱意。―――じゃあ、俺もそれに応えよう」


 タッキーさんはキャプのつばを後ろへ回し、コインを投入する。

 リベンジマッチかと思いきや、タッキーさんが選んだキャラは夢来ではなく、先程楓の使っていたアレン・ガンベルだ。


 その光景に、零那は目を見開いた。


「わっ! 凄いよテル! タッキーさんのアレンが見れるよ!」

「ど、どういうことだよ、楓。タッキーさんは夢来使いだろ?」

「違うよ、テル。タッキーさんのメインキャラはアレン。僕らと遊ぶ時は手加減して夢来を使ってるんだよ」

「そう……なのか」


 楓の台詞に、零那の顔が引き攣った。

 本気の零那で、タッキーさんの夢来サブキャラと接戦だったのだ。


「レインちゃんがやりたくないって言うなら、別のキャラにするけど、どうする?」

「……いえ、やらせてもらいます」


 零那は唇を歪めながらコントローラーを握る。

 敵前逃亡なんて文字は零那の中に無いのだ。


「いいね、それでこそゲーマーだよ」




「牛丼ならいくらでも奢ってやる。好きなだけ食べな」

「ありがとうございます」

「タッキーさん、ありがとー!」

「……ありがとうございます」


 ブラクロを堪能した4人は、ラッキーボールの近くにある牛丼屋で遅めの夕食をとっていた。


 結局、零那とタッキーさんの2戦目は、タッキーさんの完勝。

 まるで、零那の敗北が初めから決まっていたように、タッキーさんのアレンは圧倒的なものだった。


 零那は台パンをしたり、奇声を上げることは無かったが、それ以降明らかに口数が減っている。


「レインちゃんは、その実力になるまでどこで練習してた?」

「高校まで東京に住んでいたので、そっちで練習してました。あと、家庭版も」

「なるほど。どうりで話を聞かなかったわけだ」


 となると、大学進学を機に愛知こっちへやってきたのか。

 今更だが、零那がちゃんとした丁寧語が使えていることに違和感を覚える。


「どう? 元東京勢から見てコッチのレベルは」

「まだ、なんとも言えません。数人としか対戦して(やって)ないので」

「そうか。なら、近々大須でも行くといいよ。あそこは人が集まりやすいから」

「大須……、ですか」


 大須は愛知が誇る繁華街の1つだ。

 ゲーセンが至る所にあり、その分格ゲーマーの人口も多い。


「レインちゃんの実力なら、そこそこやれるんじゃないかな」

「……考えてみます」


 零那は静かにそう答えると、牛丼を口に運ぶ。

 箸を握るその手は、明らかに力んでいた。




「……なんで着いてくるのよ」

「俺も帰り道はこっちなんだよ。知ってるだろ」


 牛丼屋で解散となり、輝希と零那は帰路を歩いていた。

 もうすぐ日付が変わろうという頃だ。

 辺りには輝希と零那の2人しかいない。


 突然、零那が立ち止まった。

 ちょうど橋の真ん中。下には川が緩やかに流れている。


 零那は手すりを両手で持つと、大きく息を吸い込んだ。


「くぅ! やぁ! しぃいいいいっ!!」


 そんな叫びが夜の住宅街に響いた。


「バカ! 夜中だぞもう!」


 叫び終えた零那は膝を折り、肩で息をしている。

 何が悔しいんだ? なんて問う必要は無い。

 タッキーさんに敗れた悔しさを、もう胸にしまっておけなくなったのだ。


「私……、もう少し頑張ればタッキーさんを越えられると思ってた……。でも、壁はもっと高くて、自分とどのくらい離れてるのかも分からないくらい遠かった!」


 涙声になりながら、零那は溜め込んでいたものを吐露する。

 何と声をかけるべきか輝希が困っていると、零那はすぐに立ち上がった。


「もう負けたくない。もうこんな思いしたくない! だからもっと強くならなきゃ……!」


 零那の瞳は潤んでいたが、弱さや不安は微塵も無かった。


 零那に慰めなんて必要無い。

 彼女の中で目標は明確で、そこにたどり着く道筋は見えているのだ。


「だから大須に行く。……テル、案内しなさい!」

「……なんで俺?」

「アンタしかこんなこと頼める奴がいないからよ!」

読んで頂きありがとうございます!


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明日は12時と18時頃に1話ずつ更新します。

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