姫はリベンジする
「はぁー、1人でのんびりやるブラクロもいいなぁ」
大学が終わった夕方。
輝希はいつもの如く、ラッキーボールでブラクロの筐体に座っていた。
といっても、今日は零那がいないので、1人でストーリーモードをプレイしている。
ブラッククロスは、“カラフルカラーズ”というロールプレイングゲームを原作にしており、当シリーズのキャラがクロスオーバーして戦うといった内容である。
元々カラカラのファンである輝希は、キャラがシリーズの壁を越えて会話をしているだけで、とても楽しめる。
そんな中、画面に『来訪者が現れました』と文字が表示され、暗転する。
どうやら、向かいに誰かが座ったらしい。
零那かと思ったが、使用キャラは、カラカラ2の主人公である“アレン・ガンベル”。
もしや、と思い対面を覗くと、見知った顔が座っていた。
「やっぱ、楓か」
「やっほ、テル」
藍野 楓。
輝希とは小学校からの付き合いで、近所に住んでいるということもあり、昔からよく遊ぶ仲だ。
華奢な体型と艶のある黒髪、そして名前のせいでよく女の子として間違えられるが、れっきとした男子である。
「どう? 大学生活は」
「まぁまぁだな。楓は専門学校だっけか? どうだ?」
「僕もまぁあまぁだね」
世間話をしながら、対戦をする。
楓は1年以上前からゲーセンに通っているらしく、実力は圧倒的に彼の方が上だ。
輝希はあっという間に1本取られてしまった。
「友達とかは? できた?」
「お前は母親かよ。少しだけどな」
そう答えて、輝希の脳裏に過ぎったのは、雨姫 零那ただ1人だった。
「へー、女友達?」
「うっ!」
楓は冗談で聞いたのだろうが、図星を刺された輝希は呻いてしまった。
「えっ!? 女の子なの?」
「ま、まぁな……」
「本当に?! あのテルに女友達ができたって言ってるの!?」
「お前、失礼な物言いだな……」
俺だって女友達くらいいるわ!
と言いたい輝希だったが、まともに話したことのある女性が、母親と妹しか思い出せなかった。
「ねぇどんな子? 可愛い? 僕を100としたらどのくらい?」
楓は自分の外見が可愛らしいと自覚しているので、時折自分と比較しようとする。
「どんな子、って言われてもな……」
輝希は頭を悩ませる。
大学での零那とゲーセンでの零那、どちらを話すべきか分からなかった。
「アンタ、今日も来てたの?」
そんな時、呆れたような嘆息が隣から聞こえてくる。
そこには、髪をツーサイドアップにした少女、雨姫 零那がエナドリを片手に佇んでいた。
「あ、もしかしてこの子? ―――初めまして、楓っていいます」
「えっ……。あ……」
突然楓に話しかけられ、混乱した様子の零那。
大学とゲーセンどちらの自分を出すべきか、あるいは楓の性別がどちらなのかを考えているのかもしれない。
「……零那。コイツは俺の幼馴染の楓だ。ちなみに、男」
「そう、男だよ。テルとは小学校からの友達」
零那は状況を掴んだのか、小さく息を吐く。
「そう。私はレイン。テルと幼馴染なら同い年よね?」
「そうだね、18だよ。僕、タメ口とか気にしないから好きに呼んで」
「そうさせてもらうわ、楓くん」
大学のような笑顔じゃないのを見ると、ゲーセンで見せる零那で対応するらしい。
それにしても、お互い一瞬で距離感を掴むとは、コミュ力の高さが伺える。
「ここに来たってことは、レインちゃんもやるの? ブラクロ」
「そうね。そういう楓くんも?」
「もちろん」
二人にそれ以上、言葉のやり取りは必要無かった。
互いに格ゲーマーなら、10の言葉より1の対戦が勝る。
その雰囲気を察した俺は、筐体から席を空けた。
零那と楓の対戦は、拮抗したものだった。
まずは、楓の操るアレンが先に1本を取ったが、続く2戦目は零那のシグマがコンボを決め、ほぼ体力を減らさずに完勝。
そして、勝負を分ける3戦目。
両者残り体力は3割程度、あと1度でもどちらかのコンボが通れば勝負が決する。
楓は億さず攻め、コンボの1手目である強攻撃を仕掛ける。
が、零那は見透かしていたように、バックステップでそれを避け、逆に横強攻撃から繰り出される突進で、勝負を決めた。
「ふぅ……」
画面でアレンが崩れ落ちる中、零那は息を吐いた。相当接戦だったらしく、眉間を指で摘む。
「あー! やられちゃったかぁ!」
「キャラ性能的にシグマが有利だっただけで、ギリギリだったわ」
「でも、2戦目くらいから、僕の攻撃読めてたでしょ? 明らかに動きが変わったし」
「そうね、強攻撃からのコンボが多かったから、読みやすかった」
「あー、やっぱりか。攻め手の少なさが僕の課題かな」
2人はよく分からない用語を連ねながら、お互いの健闘を称え合う。
格ゲー歴1ヶ月の輝希には、よく分からない話題だ。
「おー、今日は盛り上がってるな」
その時、渋い声が響いた。
赤色のキャプを目深に被った青年。ラッキーボール1の実力者であるタッキーさんだ。
「タッキーさんっ!」
楓が歓喜の声を上げた。
楓は、半年ほど前からタッキーさんに弟子入りしているらしく、可愛がってもらっているようだ。
「……タッキーさん」
零那が眉間にシワをつくり、小声で呟く。
それも仕方の無いことだろう。
輝希がゲーセンで零那を目撃したあの日、彼女はタッキーさんに負けて台パンをしていたのだ。
つまるところ、因縁の相手である。
「あの、ちょっといいですか?」
零那が、タッキーさんの前に起立する。
一体何をするつもりかと思えば、零那は深く頭を下げた。
「先日は、失礼しました」
零那の口から出たのは、素直な謝罪だった。
突然のことに驚くタッキーさんだったが、零那の風貌からこの前の少女だと気づいたようだ。
「あぁ、この前のシグマ使いの子か」
「はい……」
「いいよ、気にしなくて。むしろ、最近の子はマナーが良すぎて物足りないくらいだし。あの位勝負に真剣な方が俺は好きだよ」
「そういってもらえると、有難いです」
普段の零那からは想像できない誠実な言動に、輝希は感心してしまう。
謝罪を終えた零那は頭を上げ、安堵の息を吐いた。もしかしたら、あの日からずっと気にしていたのかもしれない。
「お前も謝罪とかするんだな……」
「当たり前じゃない。私をなんだと思ってるのよ」
零那が呆れたような半眼を向けてくる。
「それで君、名前は?」
「レインです」
「レインちゃんね。―――君、謝って終わりってタイプじゃないだろ?」
タッキーさんは近くの灰皿をブラクロの台に移すと、先程まで楓が座っていた席に腰を下ろした。
「リベンジ、受けて立つけど、どうする?」
タバコに火をつけながら、タッキーさんは問いかけた。
それに、零那ことレインは口角を上げて答える。炯々と輝く瞳は、獣のそれだ。
「当然、お願いします」