大学の姫とゲーセンデートした
輝希と零那の二人は、ゲームセンター、“チャンピョンキング”に入る。
繁華街にあるということもあってか、ラッキーボールと比べると、一般層向けで、明るい店内にポップなBGMが流れていた。
「へー、こういう所もたまには悪くないわね!」
いくつも並んだUFOキャッチャーの筐体や、メダルゲームに、零那は瞳を輝かせる。
ふと、何かを見つけたのか、零那はテコテコと駆け出した。
「テル、これやりましょうよ!」
零那は、片隅に置かれたパンチングマシンを指す。
すぐ格ゲーをやりに行くと思ったが、遊んで行くらしい。
「お前、こういうのもやるのか?」
「いや、普段はやらないけど、まだあの部長にイライラしてんのよねー」
零那はお金を投入し、早速グローブを嵌める。
どうやら、誠先輩に絡まれていたのが相当ストレスだったらしい。
パンチングマシンから軽快な音楽が流れ、サンドバックが零那の眼前に現れる。
零那は深く深呼吸をすると、拳を振り上げた。
「死ねッ!! 変態部長が!!」
乱暴な掛け声とともに、グローブがめり込む。
衝撃を受けたサンドバックが、筐体の奥へ吹き飛んだ。
「ま、私にかかればこんなもんよ」
自信ありげに、零那は鼻を鳴らす。
ゲームの筐体についた説明によると、男性の平均が120で、女性の平均は80ポイントらしい。
「結構ストレスたまってたし、100くらいいくんじゃないかしら?」
『あなたのパンチ力は…………42
もっと鍛えろ!!』
モニターが表示した数値は平均を大きく下回るものだった。
どうやら、どんなパンチでもサンドバックが吹き飛ぶようにできてるらしい。
「よっっっわ!」
思わず吹き出す、輝希。
予想以上に弱小な殴打に、ワナワナと肩を震わせながら、涙目になっていた。
「べ、別にいいわよ! ストレス発散が目的だったもの。パンチ力がどうとか関係無いしっ!」
「にしても可愛らしいパンチだったな」
「そ、そんなに言うなら、アンタもやりなさいよ」
今だ笑いを引きずる輝希に、零那はグローブを差し出した。
輝希は、一瞬前まで零那が付けていたそれに目を落とし、生唾を飲んだ。
「何? あんだけ笑っといて、自分がやるのは怖いわけぇ?」
「いや、そうじゃなくて……」
目を細めて挑発してくる零那。
輝希は、零那の付けたグローブをはめるという行為に、妙な興奮を覚えていたのだ。
しかし、そんなこと言えるはずもなく、輝希はグローブを右手に嵌め、筐体の前に立つ。
何かを殴る、という久しぶりの行為に、輝希は懐かしさを感じていた。
フッ、と息を吐き、精神を落ち着ける。
そして、サンドバックの中心に、懇親の鉄拳をぶち込んだ。
バンッ! と破裂音が響き、零那の時とは比べ物にならない勢いで、革袋が吹き飛んだ。
「ッ!」
予想外の光景に零那が目を見開く。
筐体のモニターには、180の数値が記録された。
「あ、アンタ、結構やるのね。……不良を追い払った時も思ったけど」
「まぁな。昔ちょっと鍛えてたからさ」
「何? 格闘技とか?」
「……そんなところかな」
輝希は適当にはぐらかす。
零那もそれを察したのか、それ以上追求してこなかった。
「……カッコイイところあるじゃない」
「なんだって?」
「何でもないわよ!」
零那の吐露は、ゲームセンターのBGMに掻き消されるほど小さいものだった。
パンチングマシンで遊んだ二人は、UFOキャッチャーの間を抜け、ゲーセンの奥へと進む。
ラッキーボールとは違い、展示されている景品は、フィギュアやぬいぐるみといった、ちゃんとしたものだ。
その時、零那が足を止めた。
視線の先には、小さなクマのぬいぐるみが山のように積まれた、クレーンゲーム。
「凄いっ! ファンクマじゃない!」
零那はパァッと表情を明るくして、ガラスに顔を近づけた。
「……なんだよそれ」
「ファンクマも知らないの? 今人気のキャラよ」
ファンクマとはファンシーベアの略で、ファンシーな服装をしたクマのコンテンツだ。
ぬいぐるみやキーホルダーなどのグッズ展開がされており、零那いわく、若い女の子に人気らしい。
「やるのか?」
「当たり前じゃない。どこの店でもすぐ売り切れちゃうんだから」
零那は財布を取り出すと、お金を投入する。
小さなぬいぐるみが山のように積まれているので、きっとすぐに取れるだろう。
しかし―――
「テル……、1000円崩してきて……」
5分後。
財布の小銭が尽きたのか、零那が小刻みに震えながら1000円札を輝希に差し出した。
「流石にもう辞めとけよ……」
「ここで引いたら今まで使った分が無意味になるじゃない……!」
零那は完全にギャンブラーの思考になっており、もう後に引けない様子だ。
見かねた輝希は財布から小銭を取り出した。
「ちょっと、どいてろ」
輝希は零那を押し出し、筐体に100円を入れる。
零那が何度も挑戦したせいで、ぬいぐるみの山はかなり荒らされていた。これなら落ちそうな所を狙えば、1つは取れるだろう。
台の隅にクレーンを落とすと、輝希の予想通り、ファンクマのぬいぐるみが、取り出し口へ2つ落ちた。
その光景を見ていた零那がワナワナと口を震わせる。
「さ、サイテー……。ハイエナして横取りするなんて……!」
「なんでそうなるんだよ!」
輝希は取り出し口から、ぬいぐるみを2つ取り出すと、零那に渡した。
「ほら、やるよ」
「……くれるの?」
「俺が持ってても仕方ないからな」
輝希は、零那の手の平にファンクマを2つ載せる。
零那は目を丸くして、それを見つめていた。
「あ、ありがとう」
消え入りそうな声で、零那はボソリと呟く。
そして、子供みたいに無邪気な笑顔をしながら、小さなピンク色の革のリュックにぬいぐるみを付けた。
輝希がお金を出す義理は無かったが、零那のこんな表情が見られたなら、悪くないと思える。
「…………これ、あげるわよ」
そんな囁きと共に、ファンクマが輝希に差し出された。
「いや俺、そのクマよく知らないし……」
「いいから受け取りなさいよ。お礼みたいなもんだから」
ぬいぐるみを持つ零那は、恥ずかしそうに目線を逸らしている。
「じゃあ……、もらっておくよ」
「でも、見えるところに付けるんじゃないわよ? お揃いだと、私とアンタの関係を勘ぐる奴がいるかもしれないから」
「そんな奴いるかよ!?」
クレーンゲームの森を抜けると、ゲーセンの雰囲気が変わった。
照明が薄暗くなり、麻雀やレースゲームの筐体、そして格ゲーが並ぶエリアに来たのだ。
零那は大きく伸びをしながら深呼吸をした。
「はぁ〜、このタバコ臭い感じ。やっぱ、落ち着くわー」
大学での清楚な零那しか知らない人が聞いたら、卒倒しそうな台詞だ。
零那はブラクロの台を見つけると、早速腰を下ろした。そして、ピンク色のバッグからエナドリの缶を取り出すと、早速呷る。
「くぅ〜、やっぱコレよね」
「お前、持ち歩いてるのか?」
「当たり前じゃない。―――ほら、さっさと座りなさいテル。まだストレスが溜まってるから手加減できないけど」
「何だよ、いつもは手加減してくれてたのか?」
零那はキャラクターセレクトの画面で、“シグマ・リナーラ”を選ぶ。
ピンク髪の姫騎士という設定のキャラで、言わずもがな零那のメインキャラだ。
「してるわけないでしょ。私はいつだって本気よ」
不敵に笑う零那は、今日見た中で最も楽しそうな顔をしていた。
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