サークルの飲み会に姫がいた
大学生活は所属するサークルで大きく変わる。
飲みサーに入れば、煌びやかな陽キャの雰囲気に包まれながら飲酒と嘔吐の生活となり、文化サークルに入れば、ジメジメとした部室でコケのように自堕落な生活を送ることになる。
四月も中旬に入ったその日、輝希はとある飲みサーの新歓コンパに来ていた。
学科での友人作りに失敗した輝希にとって、こういった場は関係作りにもってこいである。
しかし―――
「人文学部 日本文化学科の雨姫 零那です♪ よろしくお願いしまーす!」
零那が、音符でも着いてそうな口調で自己紹介する。
輝希はそんな彼女を、向かいの席から呆れた顔で見ていた。
座布団の上に座った零那は、ニコニコと貼り付けたような笑顔を振りまく。
まさか、こんな子がゲーセンでエナドリ片手に格ゲーをしているなんて、誰も思わないだろう。
新歓コンパは、50人以上が入る座敷席で行われていた。
室内に規則正しく並んだ長方形の席に、新入生と先輩が交互に並んでいる。
「零那ちゃんは、趣味とかある?」
零那の隣に座った部長の誠先輩が尋ねる。ラグビーで鍛えたという筋肉が、半袖のシャツを浮き上がらせていた。
「私ですかぁ? お休みの日は映画を観たり、料理を作ったりしてます。あと、ぬいぐるみを集めるのが好きですぅ」
格ゲーを忘れてるだろ……!
輝希が半眼を向けると、掘りごたつの下で零那に蹴られた。
笑顔を崩さないのを見ると、間違っても余計な素振りは見せるな、ということだろう。
「へー、いいね! 俺、零那ちゃんの食べてみたいわ」
「誠先輩は趣味とかあるんですかぁ?」
「俺? 俺はラグビーと筋トレ。……あと、セックスとかかなぁ!!」
ダハハハハッ! と高笑いをする誠先輩。
既にできあがっているようで、顔にが赤くなっていた。
「誠先輩、1年生引いてますよ……。―――朝輝くんはどう? お休みの日とか何してる?」
唐突な下ネタに新入生が引いてるのを察してか、輝希の隣に座る桃華先輩が話を振る。
「そうですね……。俺はゲームセンターで格ゲーしてます」
「へー、楽しそうだね! 私もよく弟とゲームするよ。―――雨姫さんはゲームとかどう?」
「私、ゲームとかよく分からないですぅ」
零那が甘ったるい声で答える。
嘘をつくな嘘をっ! この前、俺をボコボコにしただろうが!
と輝希は口から出そうになったが、グッと堪えた。
「零那ちゃん、ゲームとかやらないんだ。俺、結構強いぜ? 中学の時1番だったからさ!」
「えぇ〜! そうですかぁ? 凄いですねぇ」
零那はあくまで、ゲームに疎い女の子を演じたいらしく、誠先輩の話に笑顔で返事をしていた。
「……疲れたぁ」
コンパ開始から、もうすぐ2時間が経つ頃。
トイレの個室で、輝希はボソリと呟く。
向かいに座る誠先輩と零那のやり取りを見せられるのは、かなりしんどかった。
誠先輩は零那にばかり話しかけ、明らかに彼女を狙っている様子だ。
隣の桃華先輩は気を使って他の新入生に話しかけているが、その度に誠先輩が話に割り込んできて、零那へのアピールへ話題が変わる。
「このサークル、あんまり合わないかもなぁ」
そんなことを輝希がボヤいていると、トイレに何人かが笑いながら入ってきた。
「いや、誠先輩! あの子狙いすぎっしょ!」
「なんて名前でしたっけ? 零那ちゃんだっけ?」
「まぁな、俺ああいう女好きなんだわ」
話の内容からして、誠先輩と他の先輩が2人いるらしい。
「意外っすねー。先輩、もっと胸とか大きい子が好みだと思ってました」
「いや、俺はヤレれば何でもいいんだよ!」
ドッ! とトイレに男達の汚い声が響いた。
「ちょっとガード固めっぽいけど、二次会で酒入れれば簡単に落ちるだろ?」
「マジヤリチンっすね、先輩!」
「いいんすかぁ〜? 未成年飲酒っすよ?」
「バレなきゃいいんだよ、そんなもん」
ダハハハハという笑い声が、トイレから遠ざかっていく。
ひっそりとしたトイレで、輝希は個室から出た。
案の定、と言うべきか誠先輩は零那の身体が目当てのようだ。
それがはっきり分かった途端、輝希の胸にモヤのようなものが渦巻いた。
誠先輩の節操の無さへの怒りなのか、零那が危ないという不安なのか、輝希はバツの悪さを感じる。
しかし、輝希は零那の彼氏というわけじゃない。
ただゲーセンでの彼女を知っている、というだけで、友達と呼べるかも分からない関係だ。
そんな輝希が、零那の心配をするのは、余計なお世話かもしれない。
―――だが、それでも何もしないというのは、輝希の正義感が許さなかった。
トイレから出ると、誠先輩が二次会の話を零那にしているところだ。
「どう? 零那ちゃんは二次会いくよね? 俺もっと話したいんだよねー」
零那に肩を回しながら、問いかける誠先輩。
二次会に参加しない者は、着々と席を離れている。
何かないのか……。
輝希は頭を必死に動かして、この状況を打破しようとする。
しかし、答えは予想外の所から出てきた。
「ごめんなさい、部長さん。父が駅まで迎えに来てるみたいなので、私はかえります。また、別の機会にお願いしますぅ」
そう言うと零那は誠先輩の腕を外し、そそくさと居酒屋から出ていった。
「じゃ、じゃあ、俺も帰ります」
唖然とする誠先輩を残し、輝希は零那を追いかける。
「おい、待てよ! 零那」
夜の帳が降りた繁華街で、輝希は零那に声をかける。
呼び止めたのが輝希と分かると、零那は貼り付けていた笑顔を崩し、眉間にシワを寄せた。
「なんだテルか。二次会行かなかったの?」
「それはこっちの台詞だ。俺はてっきりお前が二次会に行くもんだと……」
零那は小馬鹿にしたように、鼻を鳴らす。
「行くわけないでしょ。あの部長、私ばっかり狙っててキモかったし」
「気付いてたのかよ」
「当然じゃない。だから、適当なこと言って、逃げてきたの。流石に父親が迎えに来たって言えば引き下がるでしょ」
得意げに指を立てる零那。
どうやら、父親が迎えに来たというのは嘘だったようだ。
「ていうか、アンタ。もしかして私のこと心配してたわけ?」
「うっ……」
図星を突かれ、輝希は口を噤んだ。
今となっては、正義感を発揮していたのが恥ずかしく思える。
そんな輝希を見て、零那はほくそ笑んだ。
いつもの大学で貼り付けている笑顔が養殖だとするなら、今の彼女が浮かべるそれは、天然物と呼べるだろう。
「ま、ありがと。悪い気はしないわ」
安堵のこもった、落ち着いた表情。
零那のこんな表情を見るのは初めてで、輝希は心臓が大きく跳ねた。
ふと、夜の喧騒とは違う、聞きなれた電子音が二人の耳に届いた。
音の方を見れば、交差点の向こうにゲームセンターがあり、開いた自動ドアから中の音が漏れてきたのだ。
まるで宝石でも見つめるように、零那の瞳が輝く。
人が行き交う夜の繁華街で、ただ一点を見つめる少女はとても美しかった。
輝希は今なら、零那にかけるべき言葉が分かる。
「せっかくだし、寄ってくか?」
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