大学の姫がエナドリ愛飲してた
大学での雨姫 零那は誰にでも優しく、いつもニコニコ笑っている。
「零那おはよー」
「おはよう、美月ちゃん」
「おっはー、零那」
「花梨ちゃんもおはよう!」
百人以上が入る巨大な教室の中心で、零那は友人達に笑顔で挨拶をしていた。
ピンク色のリボンで纏めたツーサイドアップに、フリルとリボンの付いた量産型ファッション。
彼女に話しかけられれば、どんな男でも簡単にときめいてしまうだろう。
現に教室の野郎共は、零那が座る席をチラチラと見ていた。―――それは、零那の本性を見た輝希も同じで。
「……あれが台パンするんだもんなぁ」
教室の後方に一人で座る輝希は呟く。
格ゲーで台パンをして、しかも叫ぶという、お世辞にもマナーが良いとは言えない言動。
それを昨日、学科の姫的な存在である零那がやったなんて、輝希はまだ信じられなかった。
「はい、輝希くん!」
真横から零那の声がして、輝希は肩を震わせた。
見れば、零那がプリントを輝希に差し出している。どうやら、授業を担当する教授から配るよう任されたらしい。
香水なのか、シャンプーなのか爽やかな花の香りが漂ってくる。
「お、おう。どうも……」
何か言われるかと思いながら、輝希は恐る恐るプリントを受け取る。
しかし、零那は笑顔を少しも崩さず、教室の中心へ戻っていった。
あくまで、昨日の出来事は無かったことにするつもりなのだろう。
輝希は安堵の息を吐いた。
また胸ぐらを掴まれ、脅迫まがいのことを言われるのではと、気が気ではなかったのだ。
きっと、零那との関わりは昨日限りで、今日からまた平穏で平和な生活が続く。
そうだ、今日こそはゲーセンで格ゲーをしよう。多分、零那はもうあそこには来ないはずだ。
輝希はそう思いながら、授業を受けた。
輝希の通う、“ラッキーボール”は自宅の近所にあるゲーセンだ。
タバコの匂いが染み付いた店内に、謎の景品が詰まったUFOキャッチャーと、寂れた麻雀ゲーム。
間違っても女子供は来ないような殺伐とした雰囲気で、学生や中年の溜まり場となっている。
そんな店内の片隅で稼働する格闘ゲーム―――“ブラッククロス”が、輝希の目当てだ。
住宅街のゲーセンということもあり、さほど人が集まらないので、この時間なら待つことなく遊べる……はずだった。
「なんでまた来てんのよ……」
「それはこっちの台詞だ」
輝希が大学帰りにラッキーボールへ立ち寄ると、ブラッククロスの筐体に零那が座していた。
大学の零那からは想像もつかないしかめっ面で、エナジードリンクの缶を片手に持っている。
「普通に考えて、もう来ない流れだろ。他の店行けよ」
「嫌よ。私だってここが1番近いんだから。アンタが別の店行きなさい」
「俺は1ヶ月前からブラクロやるために通ってるんだ。お前が他所に行け」
輝希はもう吹っ切れていた。
昨日は突然のことに驚いたが、そもそも輝希が怯える理由も、気を使う理由もない。
輝希は零那の向かいにある筐体へ座る。
すると、零那の瞳が炯々と光った。
「なに? アンタもやるの? ブラクロ」
まるで獲物を前にした獅子のようだ。
唇には薄ら笑みを浮かべ、小首を傾げている。
「あぁ、やってるよ」
「なら、対戦しましょう。それで、負けた方が勝者に従う。それでどう?」
「上等じゃねぇか!」
輝希はブラクロの筐体に100円を投入する。
敗者が勝者に従う。実に分かりやすい勝負だ。
お互い格ゲーマーなのだ。このくらい分かりやすい方がいい。
「俺に挑んだこと、後悔させてやんよ!」
輝希は勢いよくエントリーボタンを押した。
「よっっっっわ!」
零那が両手を叩きながら爆笑する。
「あんだけ啖呵切っといて、パーフェクト勝ちかまされるとか、ダサすぎでしょ!」
「くっ!」
画面では、零那のキャラが体力満タンの状態で勝ち誇っている。
輝希は零那に一撃も当てられずに敗北したのだ。
「結構できるのかと思ったら、ほぼ素人じゃない」
「し、仕方ないだろ! まだ初めて1ヶ月なんだから」
輝希がブラクロを始めたのは、大学合格後の3月。何か新しい趣味を見つけようと、軽い気持ちから少しずつハマっていった。
「ふーん。にしても弱すぎない? まともにコマンドも入ってなかったし」
「俺は楽しければいいんだよ、余計なお世話だ」
「それで負けても?」
「あぁ、楽しいよ」
輝希は首肯する。
強がりではなく、本心からの言葉だ。
ゲームは何より楽しむこと。それが輝希のモットーである。
しかし、負けは負けだ。
敗者は勝者に従う約束なので、輝希は仕方なく席を立つ。
「約束は守るよ、ラッキーボール(ここ)はお前にやる」
「待ちなさい。別に出ていけなんて言わないわ」
「……どういうことだ」
「敗者が勝者に従う。って言っただけで、負けた方が出ていく、とは言ってないでしょ?」
零那は100円玉を輝希に手渡した。
「私がゲーセンに通ってること、誰にも話さないって約束できるなら、いてもいいわ。ちょうど練習相手が欲しかったし。―――でもその代わりに、エナドリのお代わりを買ってきなさい」
「100円じゃどうやっても買えないだろ」
「負けたんだから、その位出しなさいよ」
零那は足を組みながら、不敵に笑う。
スカートから伸びた肉付きの良い太ももが絡まり、輝希は一瞬ドキッとした。
「ちっ、分かったよ」
輝希は仕方なく、エナジードリンクを買いに行く。
しかし、新しいゲーセンを探すより何倍もマシだ。
サンドバッグ呼ばわりは気に食わないが、案外零那は優しい子なのかもしれない。
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