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テルVSゼット

 ―――日曜日の大須、ペガサス。

 15時を回った頃、ブラクロの周辺には人集りができていた。


「改めて、よろしくお願いします」


 テルの差し出した手を、ゼットは忌々しく睨んだ。

 格好付けているのか、両手首にサポーターを巻いている。


「てっきり来ないかと思ってたぜ」

「俺から約束したんですから、逃げませんよ」


 落ち着いた視線でテルが言う。

 その目に緊張や恐怖は少しも滲んでいない。


「いいぜ、お前もあの女みたく、ボコボコにしてやるよ」


 ゼットは握手に応じず、椅子に座る。

 この前のテルはほぼ素人だった。1週間如きで急成長すると、ゼットには思えない。

 だが―――


「おい、テル! ウチの評判にドロ塗るなよ!」

「緊張せず程々にやれー」


 テルを後ろから見守るのは、強豪プレイヤーであるサクラとタッキーだ。

 あの二人に稽古を付けてもらったとすれば、侮れない。


「だからって負けるわけあるかよ……」


 ゼットは自らに言い聞かせるように呟いた。

 ゼットとテルが筐体に座り、キャラクターセレクトに入る。


 ゼットはいつものように、アクロを選択した。テルに手加減してやる義理はない。


 アクロを相手にするなら、フェリシアが有利とされている。

 仮に、テルがこの一週間でフェリシアの練習をしていたとすれば、少し面倒だ。

 しかし、テルが選んだのは、アクロにガン不利がつくシグマ・リナーラだった。


「おい、マジかよお前! 馬鹿じゃねぇの?!」


 ゼットは笑ってしまった。


「あの女の対戦、何も見てなかったのかよ!」

「―――アンタは、シグマで倒す。そう決めてるんです」


 今まで丁寧な物言いだったテルの口調が、唐突に強くなる。

 その瞳には明確な闘志が滲んでいた。


「テメェ……」


 互いに敵意を抱きながら、因縁の対戦が開始した。




「もう始まっちゃいました?」

「いや、今からだ」


 楓がペガサスにやってくると、ちょうどテルとゼットの対戦が開始したところだった。


「よぁ、楓。お前もテルの応援か?」

「あ、久しぶり、サクラさん。一応幼馴染だからね」


 画面ではテルの操るシグマと、ゼットのアクロが戦闘前の掛け合いをしていた。


「シグマとアクロって……。ヤバいじゃん、テル……」

「まぁ、そんな慌てるなよ」

「て、でも、普通にやったらアクロが勝つよ?」

「そう心配すんな」


 サクラは咥えていたタバコから煙りを吹かす。


「―――テルの才能はヤベーからさ」


 戦闘が開始された瞬間、アクロは空中上げを仕掛ける。

 ―――が、シグマが宙に浮くことは無かった。それと同時に、シグマがガードで防いだのだ。


「ガードした!?」


 楓をはじめとしたギャラリーが驚愕する。

 アクロの空中上げはほぼノーモーションで繰り出される技だ。見てからガードするのはほぼ不可能である。


「チッ、読んでたかよ。運が良い奴だなぁ!!」


 ゼットが声を荒らげた。

 テルは、初手で空中上げが来ると予想していたのだろう。その場にいた誰もがそう考えた。―――サクラとタッキーを除いて。


 しかし、次の空中上げも、さらに次も、テルはピッタリのタイミングでガードして見せた。

 しかも、カウンターでコンボを決め、逆にアクロを追い詰めている。


「アクロの空中上げは、予備動作がほぼ無いくせに、体力をごっそり奪う壊れ技だ。普通見てからじゃ反応できない」

「だから上手い人は、次の攻撃を予測して、経験から反射してるんでしょ?」


 テルが空中上げをガードできる理屈としては、これしかないだろう。

 しかし、ほぼ初心者のテルが、1週間でそこまでの経験を詰めるのだろうか。


 サクラは楓の思考を嘲笑うように、タバコの紫煙を吐いた。


「そうだな。でも、前提が違ったらどうだ? テルは空中上げに、見てから反応できるとしたら?」

「えぇ!?」

「アイツの反射神経、化け物だぜ。それだけなら、全国でも5本の指に入るだろうよ。―――格闘技やってたらしいし、それの影響かもな」


 格闘技の件は楓も知っている。

 たしか、中学では空手で全国大会に出場したくらいだ。


 ―――しかし、だからといって反応できるものなのだろうか。

 その答えはブラクロの画面にあった。




「ッ!」

「ちくしょうがッ!! 何でガードできるんだよ!」


 その問いに、輝希は見えているから、としか答えられない。

 ゼットは意地でも当てるつもりらしく、ずっと空中上げを放ってくる。しかし、輝希には無意味な事だ。


 もはや何度目になるか分からない空中上げを防ぐと、モーション後の隙を突いて、1週間で練習したコンボを叩き込む。

 そして―――


『グアアアア!!』


 筐体からアクロの叫びが響いた。

 その瞬間、ギャラリーがドッと湧く。まさか、輝希がゼットから1本取るとは思っていなかったのだろう。


「はぁ……はぁ……」


 輝希は息を荒くしながら、目頭を強く押す。

 何とか先手を取れた。


 極限まで集中する必要はあるが、反応はできる。一年以上格闘技からは離れていたが、鍛えられた反射神経は健在だった。

 それにいち早く気付いてくれたサクラには感謝しかない。


 ―――このままいけば、勝てる。

 そんな確信が、輝希の脳裏を過ぎった。


「テメェ……、まさか見てから反応してるのかよ……!」


 ゼットは顔を歪め、歯を噛み締める。まるで親の仇でも睨むようだ。


「……どうだろうな」


 輝希は適当にはぐらかす。

 とは言え、ゼットも輝希の反射神経には気付いた頃だろう。

 2戦目からはそれを加味して動いてくるに違いない。


 輝希は呼吸を調え、手首を伸ばす。

 その瞬間、輝希の両腕に激痛が走った。




 サクラは、テルとゼットの2戦目を訝しむように見ていた。

 ―――テルの動きが1戦目よりも悪い。

 それこそ、空中上げのガードはできているが、そこからのコンボが途中で失敗している。


「何だよアイツ、格闘技やってたっていう割には体力無いのか?」

「違うよ、サクラさん……」


 隣の楓が呟く。

 唇に歯を立て、険しい表情をしている。


「テルって、いつからサポーター付けてるの?」

「あ?」


 サクラはテルの手首に巻かれたサポーターに目を向けた。


「たしか、特訓を始めて2日目くらいからだな。オシャレだって、言ってたぜ?」

「……やっぱり」

「おい、何だよ楓。何が言いたい」

「テルが空手を辞めた1番の理由は、手首の怪我なんだよ。本当は激しく動かしちゃダメなんだ……」

「じゃあアイツは、それを隠して1日何時間も格ゲーしてたってのか!?」


 その瞬間、椅子の転がる音がゲーセンに響いた。

 音の方を見れば、テルが左手を抑えながら床にうずくまっている。


「「テル!」」


 サクラと楓が同時に駆け寄る。


「馬鹿お前! 何で怪我してるって言わなかったんだよ!」

「……言ったら師匠、何時間も特訓してくれなかったでしょ」

「当たり前だろうが! ウチにもそのくらいの常識はあるわ!」


 ―――画面からシグマの断末魔が響く。

 テルが倒れた隙に、ゼットがトドメを刺したのだ。


「あれれ〜、どうしたんですか〜」


 ゼットはテルを心配することなく、煽ってみせる。


「何ですか、急病ですか? じゃ、俺の勝ちでいいですよね?」


 状況が有利と踏んでか、ゼットは調子付いて口を動かす。

 性根の腐った言動に、サクラは奥歯を噛み締めた。


「ゼット、テメェ……」


 蹴っ飛ばしてやろうかとサクラは思ったが、テルに止められる。


「大丈夫ですよ、師匠」


 テルは左手首を抑えながら、立ち上がろうとする。が、顔は真っ青で、脂汗すら浮いている状態だ。


「俺、まだやれます。次取れば勝ちですから」

「そんな状況じゃないよ、テル!」

「止めるなよ楓。俺はコイツに勝つために1週間死ぬ気でやってきたんだ」


 テルは息を荒くしながら、無理やり立ち上がった。口元をニヤケさせ、鋭い目付きでゼットを睨む。

 その顔には有無を言わせない凄みがあった。

 鬼気迫る、とはまさにこのことだ。


「―――やめとけよ、テル」


 そんな言葉を投げかけたのは、タッキーだった。


「無理してまで戦う場所じゃない。やろうと思えばすぐにリベンジできるんだ。この1戦にこだわる理由はないだろ」

「でも―――」

「テル。たかがゲームだ。体を犠牲にするものじゃない」


 タッキーは優しくも残酷な言葉を投げかける。



 彼の台詞に、テルは顔を俯かせる。その頬から溢れる、大粒の涙。


「やっと、やっと分かったんです。アイツが、何で負けて泣いてたのか。俺にもやっと理解できたんです」

「……テル」

「誰にも負けたくない! もっともっともっと強くなって全員に勝ちたい。やっと、レインの言ってることが分かったんです」


 テルは言う。

 何故レインが勝負に執着するのか分かったと。

 だから、この勝負を投げたくない、と。


 その時、テルが元々座ってた席に誰かが腰掛けた。


「おい! まだやるって言ってるだろ!」


 テルはその人物を怒鳴りつける。

 が、“彼女”の姿を認識した瞬間、テルは口を開けたまま静止した。


「これで冷やしてなさい。少しはマシになるでしょ?」


 手渡されたのはキンキンに冷えたエナジードリンクの缶。

 リボンとフリルの付いた洋服。

 眉間に寄ったシワと、瞼の下にできたクマ。

 これまで何度も見てきた表情が、そこにはあった。大学では絶対に見せない、ゲーセンの顔。


「レイン……」


 テルは少女の名を呟く。


「怪我人は黙ってそこで見てなさい」


 少女は、ピンク色のリボンで括られたツーサイドアップをはためかせた。

読んで頂きありがとうございます!


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最終話は今日の18時頃に更新します

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