大学の姫が格ゲーで台パンしてた
その日のゲームセンターは、いつもと違った。
格ゲーの筐体を取り囲むように集う人々。
その誰もが画面の中で動くキャラクターを注視し、時折ワッと歓声を上げている。
「何かあったんですか?」
大学帰りの朝輝 輝希は、顔見知りの常連に尋ねる。
「結構可愛い女の子が、タッキーさんといい試合してるんだよ」
タッキーさんは、このゲーセンで1番の実力者である。
そんな彼と、女の子がいい試合をしている。
しかも、結構可愛いときた。
ゲーセンに来る客なんて大半が女っけのない男の子ばかりだ。格ゲーに興味がない客も、物珍しさで集まってきたのだろう。
輝希は筐体の画面に目を向ける。
そこでは、二人のキャラクターが一進一退の攻防を繰り広げていた。
体力ゲージはほぼ互角。
どっちが勝ってもおかしくない。
しかし、そう思ったのも束の間、タッキーさんのキャラクターが機敏に動いたかと思えば、連続コンボで敵の体力を一気に削りきった。
あー……と、ギャラリーの残念そうな声が響く。
皆内心、少女の方を応援していたのだ。
その直後だった。
―――ガンッ!!
と台パンをする音が響いたのは。
「クソっ!!」
少女の甲高い声がゲーセンに響く。
筐体の前で勢いよく立ち上がった少女は、肩で息をしながら、ツーサイドアップの黒髪を揺らした。
フリルとリボンの付いた、ピンク色のワンピース。いわゆる“量産型”、あるいは“地雷系”と呼ばれるファッションだ。
顔のパーツは整っていたが、ゲームに負けたせいか、その眉間には厚いシワが寄っていた。
「……あ、雨姫 零那?」
輝希は少女の名前を呟く。
台パンにギャラリーが唖然とする中、ふと、輝希と零那の目が合った。
「っっ!!」
零那は顔を歪めると、大股で輝希のもとへ歩み寄り、彼の腕を強く握り締める。
「ちょっと来なさいっ!」
抵抗する間も無く、ゲーセンの裏に連れる輝希。
そして、誰もいない路地裏でコンクリートの壁を背に、ガンッと壁ドンをされた。
「なんでアンタがここにいるのよっ!」
「あ、あぁ、俺のこと覚えててくれたんだ。大学で同じ学科の―――」
「朝輝 輝希でしょ? そんなことは分かってるわよ。私はなんでいるのかって聞いてんの!」
零那は大学の様子からは想像もできない険しい顔で、輝希を問いつめる。
そう、輝希と零那は大学で同じ学科の同期。
大学での零那は、誰にでも優しくいつも笑顔で、入学して1週間にも関わらず、姫的な位置を確立している。
間違っても、ゲーセンで格ゲーをして、しかも台パンするような人種ではない。
「いや……、このゲーセン、家の近所だし……」
輝希が正直に答えると、零那は唇に歯を立てながら頭を抱える。
「くぅ〜、ぬかった……! 大学から七駅も離れてれば知り合いは来ないと思ってたけど、まさか近所の奴がいるなんて……!」
「ま、まぁ……落ち着けよ―――」
誰にも言わないから、と告げようとした瞬間、零那が輝希の胸ぐらを掴む。
「よく聞きなさい、朝輝 輝希! 私がゲーセンで格ゲーやってるって誰かに言ってみなさい、マジで殺すわよ!」
「は、はい……」
輝希は恐怖に震えながら、何度も首肯する。
それを見て満足したのか、零那は大学で見せるような笑みを顔に貼り付けた。
「よかった〜。じゃあね、輝希くん! また大学で会おうね♪」
1オクターブ高い声で零那が言うと、跳ねるような歩調で去っていく。
「何だったんだよ……」
輝希は、零那の背中を見つめながら呟く。
大学の姫が、格ゲーで台パンをしていた、という衝撃的な光景。
女子に壁ドンをされるという貴重な経験をしたことなど、輝希の記憶には少しも残らなかった。
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