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第一章 「犬と交わる」 6

 失礼ですが、と前置きをし、

「それで、あなたは何者なんです? 何かの突然変異体? ミュータントなのですか?」

 俺はイネコに単刀直入に訊ねてみた。

「そうではない。私はデザインされ創り出されたのじゃ。人の手で、人工的にな」

「つくり……出された?」

「そうじゃ」

 イネコはうなずくと目つきを鋭くした。

 まとっていた空気が変わる。

「そなた、数十年前に人のクローンが誕生したという話を聞いたことがあるかの?」

 数十年前の人のクローン。

 う~ん。聞いたことがあるような、ないような……。ナナコもクローンだと分類されるのかもしれないが、あいつはたかだか十数年前の話だからな。

 俺はしばらく頭をひねらせ、かぶりを振った。

「世界初の哺乳類のクローン羊の誕生から数十年ののち。いつからか、まことしやかにそんな噂というか都市伝説が流行したらしい。これからする話も、ワシもご主人に聞いた話の受け売りじゃが……」

 そう言うと、イネコは口元を舐める。

「IT(情報技術)からBTバイオテクノロジーへの技術産業の移行が行われようとしていた頃の話。既に遺伝子組み換え食品の技術が確立されていて、社会は次の技術革新を模索していた。そんな世界の風潮があったのか、倫理の議論もそこそこに、遺伝子組み換え生物の実験が科学者たちの間で流行したそうじゃ」

「遺伝子組み換え――生物?」

 遺伝子組み換えの食物はともかく、生物については今も倫理的観点からの議論が行われているはずだ。

「多くの技術者が成果を求め、我先にと躍起になって、沢山の命が無駄になったと聞く。そのおかげと言っていいのか分からぬが、凄惨な犠牲の結果、世論の反対の声が大きくなり、それから後、興味本位で動物実験を行う者はいなくなったそうじゃ」

 技術の進歩は多くの犠牲なくして発展はないと聞くが、かつてそんなことがあったとはな……。

「じゃが、多くの技術者が成果を出せない中、正しく命を生み出した者がいた……。その結果、この世に産声を上げる者がいた……」

「もしかして、その技術者があなたの旦那さんで、生まれたのがイネコさん、なのですか?」

「その通りじゃ。当時、ご主人様は統合生命科学科の大学院生で、ワシはご主人の飼い犬じゃった。と言っても、ワシらの仲は互いに関りが希薄になっていた時期。高校を卒業してからご主人様は家にいるよりも外にいる方が多くなっていたし、ワシももう老いてほとんど寝ていてばかりだったしの。けれど、少なくともワシはいつもご主人様と一緒じゃった。眠りながら、いつも夢にみた。出会った日のこと。歩いた散歩道。撫でてくれた温かな手。片時も忘れたことはない。いい思い出ばかりじゃった」

 イネコの尻尾が左右に揺れる。

「ほどなくしてワシは死んだ」

 唐突に、自らの死を事もなげに話すイネコ。

「それは、不慮の事故か何かで? ですか?」

 それで、ご主人はイネコの死を受け入れられず、イネコをこの世に蘇らせたのか?

「いやいや、普通に寿命で死んだだけじゃ。最期の瞬間も家族に見守られて、ワシはきっと満足して逝ったはずじゃ」

 その言葉を証明するように、イネコの表情は穏やかだった。

「その後、ご主人様は人知れず、死んでしまったワシの遺伝情報を使い私を生み出した」

「え?」

「なんじゃ? どうかしたかの?」

 素っ頓狂な俺の声にイネコが驚く。

「いや、そのあっさりし過ぎていると言うか、何か理由がなかったのかなって」

「理由? はて? 私から聞いたこともないし、別にご主人も何も話さなかったかの。理由なんてどうでも良いではないか。私が今ここにいることが重要じゃ」

 胸に手を当ててイネコはドヤ顔でそう言った。

 まあ、本人がそれでいいならいいのだが……。


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