第三章 「鎖に繋がれしもの」 24
「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな」
ビルの脇、オートロックの制御盤の前でゴローがシロクマに問いかける。
「あると思うか?」
皮肉交じりに答えるシロクマに、ゴローは肩をすくめて見せた。
「オレの名はゴローだ。そこにいる武蔵につけてもらった」
ほぉ~とシロクマはこちらを一瞥する。
「オレは46号だ」
シロクマが胸の毛をかき分けると、言葉通り『46』の数字が浮き上がって見えた。
「あんたの方が兄貴だったのか」
「アニキ?」
シロクマの太い首が斜めに傾く。
「ああ。オレたちには親はいない。だが、ここで生まれたもの、みんなが兄弟で姉妹。家族だとオレは思っている」
真顔でそう言ってのけるゴローに背を向けて、シロクマは「カゾク?」と鼻で笑った。それから、ビルの制御盤に前足を差し込んだ。
「血の繋がりもないのにか?」
制御盤からシロクマが前足を引き抜くと、指先の毛がわずかに赤く染まっていた。
「ここの施設は、血液採取での権限判定が基本だ」
生体認証でロックを解除するタイプか。やっかいだな。しかも、血液を採取するパターンとは。あまり訊いたことがないな。
ややあって。
『DNAカクニン。トビラガヒラキマス』
機械音声のメッセージ通り、ビルの入り口を塞いでいたシャッターが開いていく。
イネコとナナコは既に扉の前でスタンバっている。
「貴様の強さは認める。もはや、自分がエリートだとも思わない。だが、先天的に生まれ持った優位性は確実に存在している。広い世界のことは分からんが、こんな小さな島でさえ、生まれながらにして、覆しようのない格差が生じているのもまた事実だ」
シロクマはビルの入り口へと向かうでもなく、ゆっくりとせり上がって行くシャッターを見つめていた。
「所詮、生き物は個でしかない。『人は一人で生まれて一人で死んでいく』。そんな言葉がアンタたちヒトにはあるんだろ?」
「どこかの偉い人の言葉だな」
唐突に話を振られて、俺はその意味するところを考えたが、ゴローはそのまま自分で話を続けた。
「弱いものが群れをなすのは合理的な考え方だろう。しかし、それはただ自分が一人ではないと、孤独をまぎらわすために身を寄せ合っているだけに過ぎない。種も姿かたちも違うのに、繋がりなんてある訳がない。ましてや、家族になんてなれるはずがない」
ゴローはただ黙ってシロクマの話しを聞いていたが、
「それに、この島の生き物は子を残すことも出来ない。それは貴様自身が一番分かっているんじゃないのか?」
その言葉にゴローは眉尻がピクリと動いた。
そう言えば、さっきシロクマはゴローのことを、自然妊娠した『奇跡のゴリラ』なんて言っていたな。シロクマの態度の急変と何か関係があるのだろうか? そう考え、俺は対峙したままのゴローとシロクマに、この島の事情を訊こうとしたところ、「行くぞー」とナナコに声を掛けられた。




