第一章 「犬と交わる」 5
ん?
依頼者の喋り方が急に変わったのに気付く。
「あの、喋り方が……」
「うむ。ここまで姿を晒したのじゃ? 普段通りの話し方に戻ってもいいかの?」
首をやや斜めにかしげ、つぶらな瞳で見つめられる。
「え? ええ……」
無垢な目が、俺を素直にうなずかせた。
「ありがとうなのじゃ。ええ~っと、そなたの名は……」
「近藤武蔵、です」
「ほぉ~。コンドームサシ。武蔵じゃな。了解した。しかし、慣れない喋り方じゃと肩が凝って仕方ないわ」
そう言うと目の前の女性は肩を回してみせた。ふっさふさな毛が波打つ。
「私の名前はイネコ。犬山イネコじゃ」
イネコは口角を盛大に上げて笑顔を向ける。それから、鉄格子に背中を預けた俺の手を握って引き寄せてくれた。
「すまぬ。驚かせてしまったな」
「ええ」と言いかけて、とっさに「いえ」と否定する。見た目に驚いたなんて言われて、気分のいい人はいないからな。
気分のいい人? 果たして彼女は、人、なのか……?
「よいよい。ビックリするのも無理はなかろう。服を脱いだら、こんな毛玉が飛び出して来たのじゃ。ワシなら逃げ出すレベルじゃ」
「ありがとうございます。犬山、イネコ、さん?」
確かめるようにその名を呼んでみる。
名は体を表すと言うが、イネコでいいのか? イヌコじゃなくて?
「ワシの尻尾が稲穂に似ているってご主人が付けてくれたのじゃ。ご主人は犬の次に米好きでな」
そう言うと、お尻と一緒に尻尾を振って見せてくれた。確かに、風に揺れる稲穂のようだ。なるほど、文字通り名は体を表す、だな。
ちなみに夫の名前は、犬尾。息子が太郎だそうだ。