第三章 「鎖に繋がれしもの」 18
「分かっている。でも、わたしは何も間違えてはいないわ。だって、あなたの爪がわたしに届くことはないもの」
「ハッタリにしては笑えない冗談だな」
口角を上げると、シロクマは宙を舞うナナコへと狙いを定めた。
「笑えなくて当然だ。それが真実じゃからな」
自分の足元から聴こえてきた声に、シロクマの顔つきが変わる。
「傲慢で鼻を明かされた奴は、次に足元をすくわれるのがお決まりのパターンじゃ」
見ると、イネコが、シロクマの体重を支えている足の爪を咥えている。
「やめっ――」
自分に何が起きるか予測したシロクマが叫ぶ。だが、次の瞬間、イネコはシロクマの爪を引き剥がしていた。
声にならない声を上げ、シロクマが背中から倒れ込む。その少し後に、上空から落下して来たナナコがシロクマの腹に追撃を加えた。
親指の生爪を剥がされた痛みがどれほどのものか想像も出来ないが、シロクマののたうち回る姿を見ると、かなりダメージを受けているようだ。
「まさに、『ツメ』が甘いと言うやつじゃな。その足の傷ではもはや直立姿勢はとれまい」
ヒト形態へと姿を変えたイネコが、シロクマの傍にひざまずく。
「勝負は決した。これ以上傷つく必要もないじゃろ?」
「何の決定権があってそんなことを……。貴様、何者だ?」
痛みをこらえているのか、シロクマはそれだけ口にするとイネコを睨んだ。
「私は何者でもない。ただの飼い犬じゃ。ワシは家族を取り戻せればそれでいい」
わずかだが、シロクマの眉間がピクリと動いた。
それを知ってか知らずか、イネコは優しく手を差し伸べると、
「だから、さあ、ビルの入り口を開けるのじゃ」
じぃ~っとシロクマの目を見つめた。イネコはシロクマに『魅了』をかけて命令を実行させようとしているのか? ならもう安心だな。俺はまだ痛む体にムチ打ち、立ち上がった。
しかし、突如シロクマはイネコの手を払いのけると、牙をむき出し、感情をあらわにした。
「かぞく……だと!?」
四つ足状態だがシロクマは起き上がり、ジロリと鋭い眼光で辺りを見回した。危険を察知し、イネコとナナコはすでに臨戦態勢を整えている。
やがて、シロクマの怒りに燃える瞳が格好の標的をとらえた。
「まずはお前だ!」
シロクマが、わき目もふらず一直線でこちらに向かって来る。
ケモノは本能的に一番弱い獲物を狙うと言う。だからシロクマの決断は至極当然の行為なのは理解出来る。とは言え、我ながら自分の力のなさを痛感する。加えて情けないのは、まだ全身の痛みが引かず、自由に動けそうもないということだ。疲労か恐怖を感じているのか、膝が笑っている。
正面衝突を避けるため横へと逃げるが、シロクマは俺の動きに合わせ追尾して来る。さらに、両前足を広げて俺を完全には逃さない構えだ。
だがその反面、シロクマは攻撃に集中し過ぎて、弱点である鼻が無防備になっている。体の先端で堂々と目立ち、どうぞ殴って下さいとでも言わんばかりだ。
衝突のタイミングを計ってカウンターで攻撃を仕掛けるか?
いや、奴はもっと賢い。それくらい予測してくるだろう。今は鼻を晒して突進しているが、互いに手の届く距離に入れば、アゴを引いて頭突きに切り替えてくるはず。そうなると最悪だ。あの巨体とまともにぶつかれば、俺の身体は今度こそバラバラに砕け散るだろう。




