第三章 「鎖に繋がれしもの」 17
「ついに観念したか。自分を賢いと勘違いしている奴の鼻っ柱をへし折るのは気分がいいものだ」
そう言うと、シロクマは俺を天に掲げ、しっかりと上着を握り締めた。
「このまま地面に叩きつけて首の骨をへし折ってやろう。自分の無能さを後悔しながら死んでいけぇ!」
シロクマが勢いをつけ、ゴツイ前足を振り下ろそうとした瞬間、
「まったく、その通りだ。そして、得意気にそんな話をする愚か者の鼻を明かすのはもっと気分が良い」
長くスリムな足が、シシオドシの竹のようにシロクマの鼻先に振り下ろされる。その艶やかな黒い鼻に、カコーンと良い音を響かせ、かかと落としがクリーンヒットした。
「グハァ」と叫び声を上げ、思わずのけぞるシロクマ。
空に放り出された俺を上手にキャッチしてくれたのはイネコだった。
「ケガはないか?」と問われ、俺は無言でうなずいて見せる。
俺を安全な場所に降ろすと、イネコは「あとは私たちに任せておけばいい」と言ってシロクマへと向かって行った。
「わたし、たち?」
シロクマの方を見ると、そのたくましい肩に乗り、直立不動の姿勢で腕組みをするナナコがいた。
「獲物を前に『待て』が出来るなんて、ずいぶんとお上品なクマさんね」
「こいつ、いつの間に!?」
目を見開いて驚愕するシロクマを冷ややかな視線で見降ろすナナコ。
「あなたがわたしから目を離した時よ。丈夫な毛はうらやましいかぎりだけど、わたしが背中に張り付いているのにも気付けないのは案外と不便ね」
なるほど、シロクマは高い防御力を誇る鎧をまとっている代わりに、少々の痛みや異物を感じることが出来ないって訳か。
「よくそんなことに気付いたな。それにしても、あの男を囮にして、このオレに一撃食らわせることに成功すると、大した奴だ」
ナナコが肩に乗った状態にも関わらず、シロクマは鼻息を荒くした。
「だが、残念だったな。貴様の攻撃ではオレに致命傷を与えることは出来なかったようだ。お前はあの男を助けるために、ただ一度のチャンスをふいにしたに過ぎない」
「はたして、そうかしら?」
ナナコも同様に不敵に口の端を歪めている。
ハハハ、フフフと互いに笑い合ったかと思うと、二人は口を閉じた。
一瞬の沈黙。先に動いたのはシロクマの方だった。懸命に前足を使って頭上のナナコを振り落とそうとしたが、全て空振りに終わっている。
ナナコの方は攻撃を避けながら、タップダンスでも踊るかのようにシロクマの顔を踏みつけた。
「このガキ! 今さら、何のマネだ。お前の攻撃なんて全く効かないんだよ」
シロクマが言うように、たしかにナナコの攻撃にはほとんどダメージがないように見える。だが、今さらナナコがなんの意味もない行動をするとも思えない。目つぶしでも狙っているのだろうか?
それから、ひとしきりタップを踏み終えると、ナナコは満足げに動きを止めた。
シロクマはなぜがそれを鼻で笑うと、左右の前足をゆっくりと持ち上げ、
「ようやく攻撃が無駄だと悟ったか――ヨッ!」
羽虫でも叩き潰すように、頭上で腕組みをしているナナコを前足で挟み撃ちする。
ナナコは当然のように、シロクマを踏みつけ上空へ飛び上がった。
「さすがに上手くかわすものだ。だが貴様にしては判断を誤ったな。空中にいては、今度こそオレの爪からは逃げられんぞ」
そう言うと、シロクマは空に舞うナナコを見上げ、前足の爪をいやらしく舐めた。




