第三章 「鎖に繋がれしもの」 15
再び開かれた戦端。
シロクマの鋭い爪が集中豪雨のように激しく襲い掛かって来る。
真っすぐ最速で放たれるストレート、左右のフック、頭上からの打ち下ろし。上下左右。前足を使った多彩なパンチが繰り出される。
こちらも何とか応戦を試みたいところだが、長いリーチに阻まれ、一方的に攻撃される形になる。迂闊には手を出せないので、シロクマの動きを観察しながら攻撃のチャンスをうかがう。
フェイントを入れつつ、その挙動を注意深く見ていると、シロクマは頭部への攻撃を意識していることが分かる。
やはり狙うのは頭部。それが奴の弱点だ。全身長い毛で覆われているが、頭部だけは比較的毛が短いので、他の場所よりもダメージを与えやすいはずだ。
頭部への致命的な一撃。それがシロクマを打倒する唯一の方法だろう。
むき出しの目を狙えればいいが、いかんせん的が小さすぎて正確に打撃できる自信がない。それにまぶたを閉じられたらダメージは大きく半減してしまう。となれば、やはり本命は黒々と目立つ鼻だ。オームに引っ掛かれただけで、あれだけ苦しんでいたのだ。全力で攻撃すれば一撃で致命傷を負わせられるはずだ。
プランは決まった。だが、シロクマは直立の姿勢だと上背があるので、今のままでは奴の弱点には全く手が届かない。
チャンスは奴が四つん這いになった時だ。もともと四足歩行のシロクマが二本足で長時間直立し続けるのは限界がある。数分で必ず前足を地に着くのは確認済みだ。
とはいうものの、シロクマは警戒心の強い奴だ。弱点をつくとして、チャンスは一度きりだと思った方がいい。それを逃せば次はない。警戒して頭部を晒さないように、行動パターンを変えてくるだろう。
その唯一のチャンスを、俺はシロクマの攻撃を避け続けて待った。そんなディフェンスばかりの俺にしびれを切らしたのか、
「どうした? オレを倒すんじゃなかったのか? 守ってばかりでそれをどう実現する?」
いやらしい笑みを浮かべ、シロクマが問いかけてくる。
俺はわずかに口を開いたが、そのまま何も答えずに奥歯を噛みしめた。
「答えはなし……か。いや、鍵とは話さないんだったな……」
そうじゃない。反論が言葉にならなかった。極度の緊張のせいか声が出なかったのだ。
言葉の代わりに額から噴き出した汗が、頬を伝い地へと滴り落ちる。やけに喉が渇く。背中に感じる大量の湿気。
そこで、俺は自分が予想以上に疲労しているのだと気付いた。
しかし、まだ奴と対峙してそんなに時間は経っていないはずだが……。
いや、それも仕方がないことだろう。シロクマがいつ前足を地に着き、弱点を晒すかは分からない。それ故、常に神経を研ぎ澄まさせておかなければいけないのだ。
消耗が激しいこんな状態で、いざという時、果たして奴に有効打を叩き込めるのか?
不意にそんな考えが頭をよぎった。が、今はそんなことを考えている場合ではない。弱気は勝機を逃す。俺は虚勢を張るように両の手を握り締め、ファイティングポーズを作った。
と、俺の硬くなった拳にそっと触れる温かな感覚。
「まったく、一人で熱くなりすぎじゃ」
もう一方の拳も、小さな指が優しく包む。
「ナイスバディをもっと頼れよ」
イネコとナナコが俺を挟んで立っている。
「二人とも、疲れているんじゃないのか?」
ずっとシロクマの相手をしていたのだ、肉体の疲労は俺の比ではないはずだ。
「そんなことを言っている場合じゃないだろう。お主も分かっているじゃろ。奴を倒すにはここにいる全員の力が必要ということじゃ」
そう言うと、イネコは犬形態になった。
「武蔵のことだ。何かいい策があるんだろ?」
ナナコは俺のマネをして攻撃態勢に入る。
「ああ……。あ、いや……」
うなずきかけて俺は言葉をつぐむ。今、俺の考えを伝えればシロクマにも作戦を感づかれる危険がある。
案の定、シロクマも俺たちの会話に耳をかたむけ、
「答えてやれよ色男くん」
会話に割り込んでくる。
まさか、こいつ気付いているのか?
「このオレを倒す手段なんて――ない――とな」




