第三章 「鎖に繋がれしもの」 6
オームは俺の手にしばらく身を任せていたが、再び話し始めた。
「なんとか島へと舞い戻った時、警告音はすでに止んでいたネ。あの時、ブラックは体の内側から爆発したように見えたワ。それで、アタシは研究所でのある噂を思い出したヨ」
「噂?」
「アタシたち実験動物の体に密かに爆弾が埋め込まれているということ。そして、この島の外に出ようとすると、それが爆発するという噂ネ」
「それじゃあ、まさか今もオームの中に……」
オームは曖昧な表情で首をかしげ、
「そんなの誰も信じるわけないわよネ。自分が種の頂点に立てるエリートとして育てられ、この世界を変えることが出来る存在だと教えられていたのヨ……」
「そう……かもしれないな……」
「でも、そうじゃなかったネ。アタシは誰かの意思一つでその存在すら消されてしまう、ただの肉塊でしかなかったのヨ。自分を支えていたものが――アタシの世界が足元から音を立てて崩れていくのを感じたネ。世界を変えられるはずの存在が他人に生かされているなんてさ……」
笑っちゃうわよねとオームは乾いた笑い声を上げた。
「知ってる? オウムの羽根って本来はもっと地味なはずなんだけど、アタシのはなぜかこんな派手な色をしているのヨ。結局、アタシは誰かに作られた存在でしかない。何者でもなかった……。この羽根も、声も、何もかもがアタシじゃない、誰かに与えられたものだったのヨ」
オームは自身の羽根を一枚引き千切り、
「アタシたちは所詮代わりなんていくらでも作れる実験動物。この島に透明な鎖で繋がれているようなもの。自由なんてどこにもない。どこへも飛んで行くことが出来ない……。この羽根はあなたが言うようにただの飾りなのヨ」
それを俺に渡した。
「だから、アタシは島のみんなにそのことを伝えて回ったネ。それから、研究所内の奴らにも伝えるため壁を越えようとしたワ。でもね、施設内から狙撃されて壁を越えることが出来なかったヨ。どうやら、あの施設は出て行くのは簡単だけど、戻るのは不可能みたいネ。一度エリートコースから外れたものに、ここの人間は興味がないみたい。前に進むことも、後ろに戻ることも出来ず、アタシは本当にただの肉になってしまったのヨ」
オームが見上げた空は闇に包まれている。
「ブラックにとって本当の自由とは死ぬことだったのかもしれないワ。今にして思えば、ブラックは最初からああなることを知っていたのかもしれないネ」
「それじゃあ、ブラックは自ら――死を選んだと?」
「それは分からないネ。でも、海に沈みゆくブラックはアタシにこう言ったワ、『自由になれ』って。その言葉の意味をずっと考えてきたけど、分からなかった。答えのないまま何度もブラックの後を追おうと思ったけど、それも出来なかった。アタシは駄目なオウムよ」
「駄目なんかじゃないさ。俺はオームと出逢えて良かったと思っているぜ」
オームは「優しいのネ」と呟くと、底知れぬ穴のように黒々とした眼に夜空を映した。
「アイツはこの島から抜け出して自由になれたのカナ?」
その問いに答えることが出来なかった。ただ、空気が澄んでいるせいだろうか、いつもより星が近く、綺麗に見えるような気がした。
「アタシたちはペットでもなく、誰かから愛されるわけでもないのに、一体何のために生きているのかしら? アタシは何のために生まれてきたのカナ? ブラックについて行ってアタシはナニをしたかったんだろうってさ……」
俺はオームに貰った赤い羽根を指でつまんで回転させる。
闇夜の中で踊る紅。
俺はそれを綺麗だと思った。
「なら、これからそれを見つければいいんじゃないか?」
一人と一羽の視線がぶつかる。
「島を出たらオームは何をしたい?」
オームの瞳に映る俺がニヤリと笑う。俺の瞳の中のオームも不敵に笑う。
「流石は親子ネ。むな志にも同じことを言われたワ」
「オヤジにも?」
「そっ。どんなに優秀な存在でも、小さな世界では小さなものしか見つけられない。あるいは、そこに自分のイキがいは存在すらしていないのかもって言われたワ。世界はアタシが思っているよりもっと広い、だから広い世界に飛び出して行けばアタシが求めているものがきっと見つかるって。そして、むな志は言ったワ。『オームちゃんを自由にするためにアタシが飛ぶわ』ってネ」
「オヤジが飛ぶ?」
「普通に壁を越えようとすれば、壁内からの狙撃で阻止されるネ。だから、むな志は簡単に狙撃されないように、超高高度からの超加速落下による施設内侵入を実行しようとしているのヨ。そして、スナイパーの注意を自分に引き付けている間、チョー類たちによってスナイパーを無力化してくれって」
「なるほど、今回の侵入作戦にはそういう意図があったんだな」
まあ、この場合飛んでいると言うよりも、厳密にはただ落ちているだけだと思うがな。
「けど、そんなこと、普通の人間に出来るネ? 空中での狙撃の回避の成功率は高くなるかもしれないけど、着地の瞬間を狙われたり、地面と衝突してペチャンコってことにならないかしら?」
「それだったら、まったく心配ないよ。オヤジは普通の人間じゃない。人類最強のオカマ、だからな」
俺はオームに満面の笑みで答える。
「人類最強のオカマ――? そんなのが存在するなんて、やっぱり世界は広いのネ」
「ああ。この世界にはオームの知らないことがまだまだ沢山あるんだ。だから、きっとオームが生まれてきた答えだってどこかにあるはずだぜ」




