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第二章 「劣等遺伝子」 15

 来た時と同じようにゴリラを先頭にして俺たちは合流ポイントを目指す。

 しんがりはナナコとメスライオンに任せて、俺はゴリラに並んで歩いた。

 ゴリラは特によそ見をするでもなく、ただ前を向いて目的地を目指す。

 このゴリラ、言葉が理解出来るのにそれを黙っていたのだ。何か特別な理由があるかもしれない。そう思い、それを訊き出すタイミングを計っていたら、

「すまなかった」

 ゴリラの方から話しかけてきた。

「何の話をしている?」

「いや、オレが人の言葉を理解出来るのを言わなかったことだ。オレは、言葉を理解することは出来るが話すこと自体は得意ではないから、黙っていたんだ」

 そう言うと、ゴリラはチラッっと俺の顔を見た。

 不意に目と目が合う。こんなに近くでゴリラの目を見るのは初めてだ。その力強い肉体に反してつぶらな瞳をしている。白目はほとんどなく、動揺して目が泳いでいるのかは分からない。だから、ゴリラの言葉が嘘かどうかは判別出来ない。

 けれど、俺はゴリラの言葉に嘘はないような気がした。信じられると思った。俺とナナコがライオンたちに対峙した時、自分の身の危険も顧みず、ライオンとの間に割って入ってくれたんだ。それだけで信頼に値する。

「なるほど。そういうことか。納得したよ。だけど、よく分かったな。俺がそのことを訊きたいって」

「もともと言葉をもっていないオレたちは、話さなくても相手の気持ちが分かるんだ。だから、そんな気がしただけだ」

 言葉がないから仲間同士、別のコミュニケーションを持っているんだな。動物特有の野生の勘ってやつか。

「そう言えば、自己紹介したっけ? 俺の名前は近藤武蔵。探偵だ。って、言葉が分かるなら、オヤジたちの会話で知ってるか。ともかく、改めてよろしくな」

 握手を求めると、ゴリラは快く応えてくれた。

 大きく固い手のひら、がっしりとした太い指。本気を出したら、俺の手なんてペシャンコにされそうだ。けれど、そんなこともなく、ゴリラは優しく俺の手を握り返してくれた。

「ちなみに、お前の方は、名前はあるのか?」

「オレたちに名前はない。施設では番号で呼ばれた」

 そう言うと、ゴリラは左肩に刻み込まれた数字――56を示した。

「この数字、さっきライオンと話していた、『ナンバーズ』と何か関係があるのか?」

 ゴリラへと質問すると同時に、ゴツンと尻に何かがぶつかった。

「その通りだ。よく気が付いたな。探偵と言うのは嘘ではないらしい」

 振り返ると、オスライオンが再び俺の尻に頭突きをしてきた。

「いつから、そこに?」

「『俺の名前は近藤武蔵』ってところからだ」

 いい声で自分の名前を口にされると、何だか気恥ずかしい気分になる。

「そうか。全然、気が付かなかったよ」

「我らにとって、気配を消して敵に近づくなんて朝飯前よ」

 ヒゲをピンと張ってライオンは得意げな顔をした。それから、「オレの姿を見た次の瞬間には喉笛にガブリじゃからな」と冗談交じりで大口を開けて笑った。

「な~に、お主らが面白い話をしているので、オレも仲間に加えてもらおうと思ってな」

 構わないかい? と口角を上げてみせる。

 ネコエリアでは、何だか固いイメージだったが、結構気さくな人、いやライオンなのかもしれない。

「もちろん構わないさ。それで、『ナンバーズ』の話の続きなんだが……」

 と、俺はオスライオンが自分もナンバーズだと言っていたのを思い出す。

「そう言えば、あなたも、『ナンバーズ』だったか?」

「ああ。オレは、『22』番だ」

 そう口にしながら、たてがみをかき分けて肩に刻まれた数字を見せてくれた。

「この数字は特別な者にのみ付与される番号だ」

「それじゃあ、この森にいる動物の全部に番号がふられているわけではないということか?」

「そうだ。そして、番号持ちの奴らはほとんどがあの施設内にいるはずじゃ、ワシや妻、そこにいるゴリラのように自らの意思で施設を抜け出さない限り、こんな場所にはいないだろう」

 こんな場所と言う言葉に違和感を覚えながらも、俺は話の続きを促した。

「あの施設――研究所はオレにとって、いわば、家、みたいなものだった。オレたちは、あそこで生まれ、あそこで育てられたのだからな。ただし、実験動物としてだが……」

「あなたたちは施設でひどい扱いを?」

「いや、そんなことはなかった。傷つけられたり、過酷な実験なんかは行われず、オレたちの生活は決められたスケジュールできちんと実験動物として管理されていた。多くの奴らはその待遇に満足しているのだろう。むしろあの研究所での暮らしは快適そのものだと言っていいくらいだ」

「それじゃあ、どうして、そこから抜け出したんだ?」

「何だか分からない実験データをとられ、ただ生かされるだけの毎日。オレたちは家畜やペットじゃない。自らの意思があるのだ。そんな日々にオレは不満を募らせていた」

「意思?」

 どんな生き物にも、自分の意思があるだろう。だけど、このライオンが言っているのはまるで人間のような思考じゃないのか?

「オレたちはそんな風に考えられるだけの知能を得てしまったのだ」

 ため息交じりにそんな言葉を吐き出すと、

「だが一方で、オレはライオンとしての生き方を捨てられなかった。自由奔放、基本的に怠惰を好み、規則正しい生活というのは苦手。大人しく実験動物になるなんてハナから無理だったんだ。どんなに知性が高かろうと、知識を得ようと、ライオンは、ヒトにはなれないのさ」

「だから、施設を脱走した?」

「うむ。それに、ワシらは群れで暮らす生き物じゃ。しかし、あそこでの生活中、一度もボスの姿を目にすることはなかった。そんな得体のしれない奴らの所にいつまでもいられないって、妻を連れて駆け落ちじゃ」

 そう言うと、オスライオンは豪快にガハハと笑い、

「お主もそうなんじゃろ?」

 今まで黙って俺たちの会話を聞いていたゴリラに話をふった。

 突然のことにびっくりしたのかゴリラは目を丸くし、

「オレは……」

 言葉を詰まらせ、なぜか、首を左、右へと傾ける。それから、尻を人差し指でポリポリとかいて、

「オレも、同じような理由だ。あそこにいる理由が分からなくなったから、出てきた」

 なんだ? 今の間は?

 オスライオンも同じ疑問を抱いたのか、俺たちは顔を見合わせた。

 けれど、俺もオスライオンもそれ以上ゴリラを問い詰めはしなかった。誰にだって言いたくないこともあるだろう。それを無理に訊き出すなんて野暮なだけだ。


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