第二章 「劣等遺伝子」 11
俺とナナコを庇うようにして両手を広げているゴリラ。いま話したのはこいつだよな?
辺りを見回しても人らしき姿はない。明らかに、ナナコが発した言葉じゃなかった。さっきのは男らしく重厚で野太い声だった。
しかし、なぜ人の言葉で呼びかけたんだ? 果たして、ゴリラが言った内容が、奴らに通じているのだろうか?
当の獣たちは何か反応を示すでもなく、身じろぎ一つせず、こちらを見つめている。
「お前たちだって、一生をここで終えるつもりはないだろう?」
再び森の奥へと向かって投げかけられる言葉。
だが、聞こえてくるのは足元の落ち葉が風でカサカサと揺れる音だけ。あちらの出かたを伺うも、依然として警戒は解かれてはいない。
俺はゴクリと息を呑みこんだ。頬を伝う汗の音が聴こえそうなくらいに、森は深い静寂に包まれている。
突如、その沈黙を破るように咆哮が森に響く。大地が震えている。ビリビリと毛が逆立つのを感じる。
ゴリラを除く、そこにいた全員が一瞬身をすくませた。
次の瞬間、小高い岩の上に堂々とした姿のオスライオンが姿を現した。
雄々しいたてがみが陽の光を浴びて輝き、たなびく。前足をグッと踏みしめ俺たちを見下ろしている。
俺は一目で理解した。こいつがこの群れのボスなのだと。
オスライオンの鋭い猫目がゴリラを捉え、
「お前、ナンバーズか?」
往年のベテラン俳優のように低く落ち着いた語り口調で問いかける。
当然のようにヒトの言葉を話すオスライオン。
「そうだ」
オスライオンの質問にゴリラが返答する。それから、ゴリラは左肩の毛をかき分け、地肌を晒す。そこには、『56』と数字が刻印されていた。
「アンタもか?」
返す刀のゴリラの質問を、
「そうだ」
と、ライオンは間髪を入れずに返答する。
「ならば、貴様も研究所から脱走した口か?」
ゴリラの頭がわずかに傾き、肯定の意思を示す。
脱走? オヤジの話しではこの森にいる実験動物は捨てられてここにいるんだという話だったが……。
ゴリラとライオンは互いに理解し合っているように見える。俺の知らない、実験動物同士の共通認識が存在している。何より気になるのが『ナンバーズ』というワードだが、何か特別な意味があるのだろうか?
他にも何か情報を話し出すかと思ったが、オスライオンは一転して黙り込み、こちらを値踏みするように見つめた。
いきなり攻撃を仕掛けてくる気配はないが、果たしてこちらの話しに興味を持ってくれるかどうか……。
ライオンはネコ科のせいか、その表情からは何を考えているか読めない。
隣にいるナナコも黙って動向を見ている。ここはゴリラに説得を任せた方がいいだろう。
「オレたちと共に自由を取り戻そう。この島を……。檻を出て、本当の自由を手にするんだ」
その言葉に、オスライオンの尻尾がグッと力強く立ち上がる。
「本当の自由……」
オスライオンが小さく呟いたと思ったら、おもむろに口角が上げ、
「詳しい話を聞かせてもらおうか」
重く渋い声で応えた。




