第一章 「犬と交わる」 2
目的地に着いた頃にはとっぷりと日が暮れていた。
コンクリート造りの建物の脇にバイクを停め、俺は施設の自動ドアをくぐった。
「武蔵さん、お待ちしていました」
迷い犬保護施設『わんピース』所長、大前田啓治が俺を迎えた。いつもは人懐っこい笑顔を向けて来る大前田だが、今日は表情が少し硬い感じがする。
「突然のご連絡、申し訳ございませんでした」
「いえいえ。お気になさらず、『わんピース』さんには、いつもお世話になっていますから」
コンビニ探偵の依頼はその名の通り、安価な予算で解決出来るものが大半で、その多くを迷い犬や猫捜しが占めている。
それ故、地元の犬猫保護施設と連携することが不可欠だ。こっちから情報を提供することもあれば、反対に情報を頂くこともある。持ちつ持たれつのいい関係を築いている。
今日も迷い犬捜しの手伝いだろうか? だが、そんなことなら電話やメールで済む話だが……。
「大前田さん。それで急ぎの依頼とは? お電話では何か捜して欲しいものがあると言っていましたが」
挨拶もそこそこに俺は用件を聞いた。
「ええ……。そのことなんですが、実は今回の依頼主は私ではなくて……」
「ああ。職員の方ですか?」
「いえ、そういう訳でもなくて、私もどう説明すればいいのか……」
どこか言葉を濁す大前田。
ただの犬猫捜しなら大前田もはっきりと告げるはずだ。もしかすると、捜索対象は、どこぞのヤバイ富豪や権力者が飼っている違法なペットとかなのだろうか?
とにかく依頼者に直接会ってみて下さいと、大前田は俺を依頼者がいる場所まで案内した。
「ここ、ですか?」
無機質なコンクリートの廊下を進み、連れてこられたのは鉄格子の檻の前だった。ここって、保護犬を入れておく檻だよな?
「私は事務所で待ってもらうように言ったのですが、ここの方が落ち着くからと」
自ら檻の中に入るとは。奇特な人もいたもんだ。
鉄格子にはカギはかかっておらず、扉は難なく開いた。
と、フードを被った人が立ち上がる。
全身を女性もののロングコートで身を包んでいる。体型は分からないが、女性にしては高身長な人物だ。ご丁寧にベールで顔を隠している。
そこまでして素性を隠さないといけない事情でもあるのだろうか?
「あなたが、コンビニ探偵さんですか? 依頼は何でも聞いてくれるとか」
薄い布越し、透き通った綺麗な声が聞こえた。
心の中で、『何でも?』と思ったが、申し訳なさそうに頭を下げている大前田の顔を立てて黙っておいた。
「流石に何でもという訳にはいきませんが。とにかく、まずは依頼を聞いてみないと何とも……。こっちにも出来ることと出来ないことがありますからね」
ハッハッハと営業スマイルで答える。