第二章 「劣等遺伝子」 9
と、俺の指先で何かがうごめいているのに気付く。
目を開けてみると、地面に落ちたパンくずの周りをアリたちがチョロチョロと動き回っている。
最初は数匹で悪戦苦闘していたが、どこからやって来たのか十数匹のアリたちが協力し合ってパンくずを運んで行く。
だが、一方でパンくずを運んでいるアリの側をただ歩いているアリもいる。働かないアリだ。こいつはアリ社会において淘汰されるべき存在なのだろうか?
「仲良し……」
俺の隣に座っていたナナコが呟く。
「みんなで力を合わせてエサを巣に運んでいるんだな」
そう言うと、ナナコは興味深そうにアリたちを見つめていた。
パンくずを運んでいるアリと何も持たずに歩いているアリ。一緒に並走する姿は仲良しだと言えるが、どうもスッキリしない。
「ナナコは、この社会の中、優秀な人間とそうじゃない人間がいるって思うか?」
唐突な質問に、意図が分からなかったのか、こちらへ振り返って首をかしげるナナコ。
「何って言うか……。世の中、沢山の人がいるけど、その中には不要な人間、意味のない奴もいるのかなって……」
自分でもよく分からないことを言っているような気がして、頬をポリポリとかいてしまう。
と、ナナコの唇がほんの少し開いたかと思ったら、薄く微笑み、
「意味のない人なんているのかな?」
愛おしそうな瞳で去っていくアリたちを見送る。
「何かをしていなくても、ただそこにいるだけで元気を貰える。いること自体に価値がある奴だっているんじゃないか? 命が生まれたことには必ず何かの意味があるんじゃないかな?」
俺はその言葉にハッとする。
「いること自体に価値が、生まれたことに意味がある……?」
そんなこと思いもしなかった。
「わたしは武蔵たちのように料理をうまく作れない」
俺は相槌を打って、続きを促す。
「だが、わたしが料理当番の時、武蔵もむな志も何もしてくれない」
「それは……」と言いかけて俺は口をつぐんだ。
そりゃあ、オヤジや俺が手伝えばナナコの料理も少しはマシになるだろう。だけど、それではナナコ自身の料理の腕が上がらない。だから、俺たちはあえてナナコの手伝いはしないようにしている。
「けれど、二人が何もしなくても、いるだけでわたしは力をもらえているような気がする。食べてくれる人がいるから美味しく作らなきゃって、力が湧いてくるんだ。わたし自身も今は料理が上手くなくても、いつかは武蔵たちを越えてみせるぞ。だから、今、駄目なわたしも、何もしない武蔵も、いること自体に意味があると思う」
ナナコはそう言うと、自信満々にツンと小さな胸を張って見せた。
その主張し過ぎない膨らみを見ながら俺は思った。意味があるとか、ないとか簡単には判断できない。大切なのはそこにいるってことなんだ。何より、いないよりはずっと価値があることなんだ。
今はそれだけ分かっていればいい。まずは、犬山博士の救出が最優先だ。イネコの元に大切な家族を戻してあげないとな。
と、ナナコがいたずらっぽく笑う。
「いつもの武蔵に戻ったな」
「どういうことだよ?」
「ずっと、ここに皺が寄っていたぞ」
ナナコは自らの眉間を指差してみせる。
「何か難しいことに悩んでいると思っていたが、そんなことを考えていたんだな」
そんなつもりはなかったが、人類リセット計画なんてことを聞かされて色々と難しく考えすぎていたのかもしれない。
眉間の皺をほぐすため、俺はわざとらしく顔の表情を様々に変化させてみる。
それを目にしてナナコが、
「やはり武蔵は面白い。いるだけで元気がもらえる奴だ」
屈託なく笑った。俺もそれにつられて自然と笑顔になる。
「いや、俺の方こそ、ナナコに大切なことを教えてもらったよ。お前がいてくれて良かった」
素直に感謝の言葉を伝えると、ナナコは何故か顔を逸らし、
「そうか? まぁ、わたしは武蔵のナイスバディだからな」
それじゃあ休憩終わりだと、尻についた埃を払って立ち上がった。




