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第一章 「犬と交わる」 17

 腕組みをし、思案に耽る。

 わざわざヘリを使うってことは、それなりに距離があるはずだ。なので、あてもなく捜したところで、犬山博士の移送先が見つかる可能性は低いだろう。

 ヘリポートに行ってみるか? ヘリを操縦した人間なら当然行き先を知っているだろうからな。本人がいなくても、管理者に問いただすことは出来るかもしれない。だが、日付も変わろうとしているこんな時間に人がいるだろうか?

 色々と考えてはみるが、納得いく案が中々思い浮かばない。

 徐々に視線が落ち込んでいく。

 低くなった視界の端にナナコの小さな足先が見える。現場検証でもしているのか? スカートの裾をひらひらとさせ、足の踏み場もない部屋をチョロチョロと歩き回っている。

 やがて部屋をうろつくのに飽きたのか、ナナコは立派な机に備えられた椅子に座った。おそらくこの部屋の主、犬山博士のものだろう。

 イネコもナナコの側に腰かける。そこがいつもの定位置なのだろうか?

 イネコがナナコの座っている椅子をゆっくりと一回転させる。二人して顔を見合わせて笑う。

 はたから見ていると、まるで親子に思える。とは言え、二人はまるで似ていない。イネコが野性的なのに対し、ナナコは繊細的な見た目だからな。

 そんな二人を待たせてしまって申し訳なく思う。俺が次の行動方針を決めないと、二人も動きようがない。何とか納得のいくアイデアを絞り出さねば。

 と、決意を新たにしていると、

「ご主人、いい男だな」

 ナナコがそんなことを口にする。どうやら、イネコと机に置かれている写真立てを見ているようだ。

「そうであろう?」とイネコが口の端を上げて答える。

 写真はもっとあるぞと、イネコは机の引き出しからミニアルバムを取り出した。ここを荒らした奴らも、流石に私物までは押収しなかったようだ。

 アルバムを広げて、ガールズトークに花を咲かせる二人。

「ほれほれ、これがワシの子じゃ~」

「これがイネコの子供……?」

 ナナコはわずかに首を傾げ、

「可愛いか?」

「当り前じゃ。なにせ、ご主人とワシの合作じゃからな。可愛すぎて、口の中に入れても痛くないほどじゃ」

 って、入れるのは、『目』、じゃないのかよ? それに、口に入れてもイネコは痛くないだろう。

「全身、舐めても舐め足りないくらいじゃ」

 俺は訳の分からない表現に吹き出しそうになるのを何とかこらえる。しかし、ナナコは表情を崩すことなく呟く。

「わたしにも、いつか自分の子供が出来る日がくるのだろうか?」

 真面目な声色で話すナナコに、今度は違う意味で吹き出しそうになる。

「そりゃ~。お主はオナゴじゃから、好きなオノコが出来れば、当然出来るじゃろ」

 酔っぱらったおっさんのように、イネコはナナコの背中を叩いて笑う。

「なんじゃ? 好きな男でもいるのかえ?」

 ほれほれとイネコにつつかれて、チラッとこちらを一瞥するナナコ。俺はとっさに視線を逸らした。

 別に、聴いていたんじゃない。聞こえていただけだ。

 って、俺は誰に言い訳をしてるんだ? と言うか、こいつらは、この状況で何の話をしてるんだよ?

 俺はわざとらしく咳払いする。

 流石に悪いと思ったのか、二人は声のトーンを低くして話を続けた。

 これでようやく思考に集中出来る。

 と思ったが、アルバムをめくりながらコソコソ話をしているので、逆に話の内容が気になる。所々聞こえる意味深な単語に、つい耳をそばだててしまう。

 言葉の断片から判断するに、息子さんの話をしているようだが、「この時は」とか「この写真の後」といった前置きから徐々に声が小さくなる。それを実に楽しそうに話すイネコと興味津々に聴いているナナコの表情が気になって仕方がない。

 そんなこんなで、「という訳なのじゃ」と締めの言葉と共に、イネコはアルバムを畳んで大笑いをした。実に満足げな顔をしている。

 俺の方はと言えば、結局、何の案も思いつかなかった……。

 こんなことなら、一人で考えるんじゃなかった。仕方がない。二人にはありのまま話して一緒に考えてもらおう。

 俺が蒸れたケツを上げるのと同時に、ナナコは机の引き出しの奥から立派な写真立てを取り出した。

「これは何だ?」

「ああ。それはただのゴミじゃ」

 ゴミ? にしては、立派な装飾がされているように見える。

「しかし、イネコのご主人も写っているではないか? 他の奴らはここの人間か?」

「そうじゃ。ここに入所した時に撮った集合写真じゃな。いけ好かない奴らばかり。中でも、この中心でふんぞり返っている所長が実に胡散臭い奴での」

 イネコは鼻をヒクヒクさせ、

「ほれ、今も、こやつの臭いがするぞ。こんな時間に、また悪だくみでもしているのであろう」

 ん? 所長がいるのか?

「その所長って、ここの研究所で一番偉い人なんですよね?」

「そうじゃと思うが」

 唐突に話に割り込んだ俺にイネコは首を傾げた。

 もしかすると、そいつなら、犬山博士の移送先を知っているんじゃないのか?

「それで、今、所長はまだ施設内にいるんですか?」

 ちょっと待っておれと、イネコは目を閉じ神経を集中させ、鼻をひくつかせる。

「この方向は、おそらく所長室にいるな」

 なんと! そいつは朗報。イネコさまさまだ。俺はイネコにその所長とやらが犬山博士の居場所を知っているかもしれない旨伝えると、二人で所長室へと急ぐことにした。



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