第一章 「犬と交わる」 15
何はともあれ、これでナナコへのフォローは出来たかな? と思っていたら、周辺の見回りに行っていたイネコが戻って来た。
「探偵ってのは子守りまでするのじゃな?」
二足歩行、人間体のイネコが笑う。相変わらず耳と尻尾の自己主張はそのままだ。
その姿を見たナナコが急に身構える。
「何だ? この珍妙な生物は?」
珍妙って……。他に言い方ないのか?
そうか、ニケツ中のナナコは、俺の背中越しだったからイネコの姿は見えていなかったのか?
「この人は今回の依頼者だ」
「依頼者? ヒト? なのか?」
眉をひそめて見せるナナコに、俺は簡単にイネコの出自を簡単に説明した。それをナナコは、特に疑った様子もなく受け入れた。
「そうか。お前も……」
ナナコの呟きにイネコの耳がピクリと跳ねた。
「お前も?」
首を傾げるイネコに、
「わたしも生み出されたのだ。人工的に、ヒトの手によってな」
「そうであったか」
何かを察したのか、緩んでいたイネコの顔が引き締まり、真剣な表情になる。
「私の名前はイネコじゃ。お主、名は?」
「ナナコ」
落ち着いた口調で答えるナナコの肩に手を置き、そっと抱き締める。ナナコの顔がイネコの胸に沈む。ナナコは驚いた様子もなく、抱擁されている。
ナナコの頭頂部に鼻を当て、イネコは深呼吸をする。
「そなた、これまでに沢山のことがあったんじゃな。とても悲しい匂いが染みついておるの」
ピクリと揺れる長い髪の毛。
「じゃが、今はとてもいい匂いがする。幸せの匂いじゃ」
それを優しく撫でるイネコ。
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
そう言うと、ナナコはイネコの顔を見上げた。
「匂いは人の言葉よりも雄弁にその者の心を語ってくれる。言わば歴史じゃ。その人がこれまでどのように生きてきたかという証。地層や年輪のように、刻み込まれておる。そうやって匂いが積み重なり、その者だけの豊潤な香りに変わっていくのじゃ」
犬は人の感情を嗅ぎ分けると聞いたことがあるが、その人の過去が分かるなんてちょっとした超能力だな。
「けれど、ナナコの匂いは随分と密度が濃いと言うか、見た目以上の経験をしているようじゃ。そなたは一体……」
首を傾げるイネコに、ナナコは自分の生まれについて簡単に話した。実験体として生まれたこと、途中成長が止まっていたこと。
「それで、自らを生み出されたと言ったのか。けれど、いい出逢いに恵まれたのじゃな。今もどこに出しても恥ずかしくないが、この先、もっといい匂いに変わっていくはずじゃ」
ナナコはイネコの胸に再び顔を埋め、
「イネコもいい匂いがするぞ。ミルクの香りだ」
「ほぉ~。お主、中々いい鼻をしているな」
ニヤリと口の端を上げるイネコ。ナナコは得意げに胸を張る。顔を見合わせ二人して笑い合う。
それから二人は打ち解けあい、親し気に接した。
にしても、イネコが明るい性格で助かった。この人は家族が拉致されているのに、不安ではないのだろうか?
そんな俺の胸の内に気が付いたのか、イネコがこちらに視線を向けた。
「なんじゃ? どうかしたか? お主も混ざるか?」
既にマブダチとでもいうようにナナコと肩を組んでいる。こっちゃ来いと腕を広げて見せるイネコに、やんわりとお断りをする。
「いえ、不安じゃないのかなって思って。その……。ご家族のこと……。捜索依頼を出しに来た依頼者は、大抵は落ち着きなく取り乱すんですが……」
「不安じゃよ。けれど、不安な顔をした所で問題が解決する訳でもなし。噂に聞こえたコンビニ探偵に依頼したのじゃ。私はお主たちを信じて待つだけじゃ。なにせ、犬は待つのが得意じゃからな」
そう言うとイネコは、フフンと鼻を鳴らして見せた。
*




