第一章 「犬と交わる」 14
それからどれくらい走っただろう。イネコは走るスピードを緩めた。
目的地に着いたのか?
イネコの前方に目をやると、物々しい造りの門が見えた。脇に守衛の詰め所がある。
イネコは俺にここで待つように目で合図すると、門へ一人近づいて行った。
詰め所前でイネコが立ち上がる。一瞬、守衛の怒声が聴こえたような気もしたが、イネコは構わずに何かを話しているようだった。
しばらくして、イネコは俺たちに向かい手招きをした。と、同時に重厚な門が音を立て開いていく。
守衛とは顔パスな間柄だったのか? はたまた、イネコのIDがまだ生きていたのだろうか? イネコはともかく、部外者の俺たちも入って大丈夫なのか? 門を通過する際に守衛のおじさんを見ると、朗らかに手を振ってくれている。だが、目の焦点が微妙に合っていない。
それで俺はピンと来た。『わんピース』でイネコが言っていた『魅了』を使いやがったな?
にしても、本当に異性を操ることが出来るとは、何と便利な能力だ。潜入後の作戦は考えていなかったが、何とかなりそうだな。後は、女性職員がいないことを願うばかりだ。
無事、門を通過するとイネコは辺りを見てくると、猫のように姿を消した。
「着いたぞ」
ひと気のない、大きな建物脇の駐輪所にバイクを停める。
「…………」
後ろのシートに座っているナナコはまだご機嫌斜めなようだ。
「待たせて悪かったな」と言いながらバナナを渡す。
シートに座ったままバナナを受け取ると、「ん」と言って両腕を広げて見せるナナコ。
なるほど、降りないんじゃなくて、降りられなかったのか……。
脇に手を入れてシートから降ろしてやる。
軽いな。
「お前、二学期になってから、少しは大きくなったのか?」
ついそんなことが口を付いて出る。
夏の旅行で異常なまでの成長を遂げたナナコだが、それからあまり成長していないように見える。ほんの少し女性っぽいところも感じさせるようになったが、その風貌は、まだまだ中学生になりたてという感じだ。こいつが主張する、実年齢であるところの16歳に追いつくには遥かに遠い。
ナナコがヘルメットを取ると、ファサーと長い髪の毛が広がる。
「大きくはなっている。武蔵に見えない所がね」
不機嫌なジト目でこちらを見つめるナナコ。
う~ん。仮にも女性に対して失礼な発言だっただろうか? まあ、いつもの軽口なので、こいつがそんなことを気にしたとも思えないが……。
そう言えば、今日は身綺麗な格好をしているな。って、さっきまで母親と会っていたんだっけ……。
ナナコの母親――南波怜子は、今はかつての罪の清算のため、とある研究所で働かされている。だから、二人は離れ離れで暮らしている。
本来なら贖罪のため、くさい飯を食べなければならなかった怜子だが、高い医学と生物学の知識を提供することを条件にそれを免れた。オフレコだが、オヤジが色々と手を回し、収監された研究所外に出ることは出来ないが、それなりに怜子の自由がきくようにしてくれたらしい。
入所後の怜子の勤務態度も良好ということで、本日母子の面会が可能になった。
久しぶりの親子の対面。怜子もそうだが、ナナコにとっても大変な日だっただろう。なのに、俺は新しい依頼のことで頭がいっぱいになっていた。加えて、待ち合わせに遅刻はするわ、突然連れ去るわで、ナナコの話を聞いてやる時間を持とうとしていなかった。相棒失格だな俺……。
だが、まだ信頼を回復させるには遅くはないはずだ。
「あのさ……。今日の面会、どうだった? お母さん、でっかくなったお前を見て驚いたんじゃないか?」
何となく気恥ずかしいので、わざとらしくおどけたような口調でそう聞いてみる。
「うん……。自分に似てきたって、言ってた」
少しだけ機嫌が直ったのか、ほんのりと頬に赤みが差す。
「そりゃそうだ。二人は親子だからな。だから、これからナナコもお母さんに似てきっと美人になるな」
「これから? それはどういう意味だ?」
ジッとこっちを見据えるナナコ。
「だから、怜子さんが美人だから、お前も……」
何が気に入らなかったのか、再びジト目でこちらを見つめるナナコに俺は冷や汗をかく。
「まっ、今日はそれで良しとしよう」
ニコッと笑うナナコ。
「おっ、おお」
よく分からんが、分かった。
と、ナナコに一枚の紙きれを差し出される。
綺麗な文字で書かれた数字とアルファベットが並んでいる。どうやら母親の連絡先らしい。
「何かあったら連絡してくれと言っていた」
あくまで、「何かあったら」だとナナコに念を押される。
女心と秋の空なんて言葉があるが、やはりこいつが何を考えているかさっぱり分からん。




