第一章 「犬と交わる」 11
「話しもまとまったことだし、ずっとこの姿のままでいることもないの」
イネコはそう言うと、目を閉じ、深呼吸した。と、全身を覆っていた毛が引っ込み、人間のような地肌が姿を現した。
「こんなことも出来るのじゃ。まあ、どちらが本当の姿という訳ではないのじゃがな」
可愛らしい耳と尻尾はそのままだが、それ以外の見た目はほぼヒトと同様になった。ぱっと見、20代の健康な女性といった感じだ。
なんだ、そっちの方が話が早く済んだのに……。
「まずは、今提示できる情報は最大限で示しておいた方が良いと思ってな。それに、お主はこれから先、もっと信じられないものを目にする可能性だってあるのじゃからの」
「それはどういう意味です?」
「そんなものはワシにも分からん。私だって全部を知っている訳ではないのじゃぞ」
意味深な笑みを浮かべるイネコ。
「怖いこと言いますね……」
「なんじゃ? 縮みあがったかの?」
何がだよ?
「んなこたぁありませんよ。これまで信じられないことは沢山経験しましたからね。もはや何を見たって驚きませんよ」
「頼もしい返事じゃ」
何がおかしいのか大口を開けてイネコが笑う。
家族と離れ離れだというのに、どうしてこんな状況で笑えるのか?
イネコはどこか掴みどころのない人だ。
さっきまで風貌は野生の獣だったのに、話してみると実に気さくで敵意も全く感じない。その喋り口調からか、気のいいお婆さんと話しているような気になって来る。息子もいるし、イネコはいくつなのだろうか? たしか10年前の遺伝子組み換え生物の流行の時に誕生したって言ってたな。今の見た目だと二十歳くらいなのだが、たしか犬は1、2年で人の成人相当の年齢になり、十数年で寿命を迎えると聞く。
だとすれば、人間換算だと……。
指折り数えていると――。
パン! と、尻を尻尾ではたかれる。
「女性の年齢を詮索するではない」
俺はお尻をスリスリしながら、素直に頭を下げる。
「どうして俺の考えていることが分かったんですか?」
「カン、じゃよ」
動物の第六感? 野生の勘というやつか?
「女の勘、じゃ」
また思考を読まれたのか?
「失礼しました」と言いつつも、イネコの顔をジーと見つめてしまう。何だか不思議な感じだ。野性的というよりも、むしろ母性を感じさせる女性的な顔をしている。
「俺、あなたとどこかで会ったことが?」
「なんじゃ? ナンパかの?」
いやらしく目尻を下げるイネコ。俺はそれを即座に否定し、
「なぜかあなたを見ていると、ドキドキと顔が火照ってくるんです」
「ああ、そういうことか」
今度は口角を上げて笑う。




