第一章 「犬と交わる」 10
「それで依頼は、研究所の組織に拉致された、ご主人と息子さんの捜索ということでよろしいでしょうか?」
改めて依頼内容を確認すると、イネコははっきりとうなずいた。
「拉致されたご主人の救出までは望まぬ。まずは、二人の現在位置の探索を依頼したい」
さて、どうしたものか……。
腕組みをしてコンクリートの天井を見つめる。
犬猫捜し以外で、俺が直接依頼を受けるのは初めてだ。差し当たって、今現在取り掛かっている依頼はないので受けることは可能ではあるが……。
これまでに何度も、ペットと言う名の『家族』を捜索してきた。だが、今回はだいぶ毛色が異なっている。捜索するのは、人類未踏の遺伝子組み換え生物を生み出せるほどの研究を行い、人を拉致するほど危険な組織ときている。命がいくつあっても足りないだろう。そうなると、依頼料だってかなり高額に設定する必要がある。
「失礼なお話ですが、依頼料はお持ちでしょうか?」
何はともあれ、こいつがなくては話にならない。コンビニ探偵は安価な依頼料が売りとは言え、タダ働きは出来ない。
「手持ちの現金はないのじゃが、これでどうかの?」
そう言うとイネコは自らの胸の間に手を突っ込み、子袋を取り出す。子袋には綺麗な宝石が入っていた。
「どれほどの価値があるのか分からないのじゃが……」
俺には宝石を鑑定するスキルがないので、その価値は分からない。
しかし、イネコは自分のもっとも大切なものから引き離されたのだ、何百万円もの価値がある宝石だとしても躊躇なく差し出すだろう。
俺はイネコの心情を想像する。
例えば、オヤジやナナコがさらわれ、どこかに閉じ込められているとしたら……。
手のひらに爪の痕が付くほど握りこぶしに力が入る。
イネコ自身、落ち着いて見えるが、今にも飛び出して行きたいのを我慢しているのだろう。なのにわざわざ時間を取り、自身の身の上話もしてくれたのだ。それは、現状、イネコ一人では捜索が難しく、俺の力を必要としているということにもなる。
そんな人の依頼を、むげに断ることは出来そうにない。
ならばと、俺は自身を納得させるための質問を投げかける。
「一つお尋ねしたいのですが……。イネコさんは、ご主人と息子さん――家族を愛していますか?」
「愛している!」
即答だった。
まっ、確認するまでもなかったな……。
これで、もう迷いはなくなった。
「この依頼、受けました。コンビニ探偵、近藤武蔵が解決しましょう」
差し出した手を両手で握り締めるイネコ。ついでに、長い舌で頬を舐められた。
「ありがとなのじゃ」
どうやら感謝の証らしい。




