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異界への入口

林道の分岐の先にあるもの

作者: 鶴舞麟太郎

 こんな体験したことありませんか?

 私の通っていた大学は東北の地方都市にあった。街はそれなりに賑やかで、百貨店などもあるのだが、少し郊外に出れば、自然にあふれた光景が広がっており、イワナの釣れる川や、きのこや山菜がたくさん採れる山がそこかしこにあった。


 当時、私は自転車部に所属していた。レース等に参加することを目的にした自転車競技・・部ではなく、自転車+アウトドアといった感じのどちらかと言えば緩い部活であった。


 自転車部の活動には『林道を走りに行く』というものもあり、マウンテンバイクを持っていない私も、泥が詰まらないようにランドナー(※ドロップハンドルのツーリング用自転車)のマッドガード(泥除け)を外してよく参加したものである。


 林道の魅力は、一言で言うと『大自然とのふれあい』だと思う。


 まあ、道が通っているのだから、本当の『大自然』ではないのだが、舗装された道を走っていたのでは感じられない自然の息吹を間近に感じられるというのは大きな楽しみであった。




 ある日、急な休講で暇になった私は、市街地から10km弱離れた郊外の自然公園に来ていた。

 この公園は2本の林道の起点になっており、1本は市内のいこいの森方面に向かうA林道、もう1本は隣県につながるI林道だった。


 今日はマッドガードも外していないため、走りに行くとしたら、本来であれば舗装されたA林道一択なのだが、この日は初夏。気温が上がっていたこともあり、河床を道が通っている区間があるI林道を無性に走りたくなった。県境の峠までいけるかは微妙だが、行けるところまで行ってみよう。ここのところ雨もなかったし、ダート(舗装されていない道)でも何とか行けるだろう。こう考えて出発した。


 しばらく好天が続いていたこともあって、沢沿いを走るI林道ではあるが路面状態は良好で、河床を走る区間にはすぐ着いた。

 水しぶきを上げながら清流を裂いて川を渡る。渡ったところで小休止。せっかくなので靴を脱いで素足で水に入る。足を冷やして英気を養った私は、さらに奥に進むことにした。


 まだ、時間は昼前。このペースなら峠まで行けるかもしれない。そう思いながら進んでいたとき、突然林道に分岐が現れた。


 この林道は一本道で、峠の先までまともな分岐はなかったはず。まだ峠に続く急坂にも到達しない段階での分岐は記憶にない。「最近新しく拓かれたのだろうか?」とも思ったが、新しく拓かれたにしては、どちらのルートも木を切った形跡が見られない。違いは右の道には車の通ったような轍の跡が残っているのに、左の道には何もないことである。「これは右だな。」そう思って走り出そうとして、ふと考えた。


「まだ早い時間だけど、今日はあんまり準備もしてきていないし、道に迷ったら困るな。」

と。

 林道に行くときには必ず持参していた国土地理院の1/25,000の地図をその日は持ってきていなかったことも進むのを躊躇する材料になった。


 未練を残しつつも、そこから引き返した私は、峠にアタックできなかったもどかしさを河床渡りを何度もすることで晴らし、ついでに温泉にも寄って、それなりに満足して帰宅したのであった。







 数週間後、私は部活動の企画で、他の部員8名ほどと一緒にI林道に行った。

 この日はマッドガードを外し、1/25,000の地図ももって準備万端整えての参加である。

 例の自然公園で小休止をとった後、林道へのアタックが始まった。


 I林道はかなり奥まで沢沿いを緩やかに上り、沢を離れたところから急な登りが峠に向かって続いていく構成になっている。沢沿いのルートはけっこう似た様な景色が続くので「分岐はまだかな?」と思いつつ、さほど気にはしていなかったのだが、走り続けて大分時間が経ち、山に近づくにつれて徐々に違和感が強くなっていった。そして、先行していた先輩達が休憩している姿が見えたとき、違和感は確信に変わった。


 先輩達が休んでいたのは、急坂の真下であった。


 そして、ここに至るまで分岐と呼べるような、どちらに行こうか迷うような分かれ道は見当たらなかった。

 そう、数週間前、どちらに進もうか悩んだ沢沿いの分岐。あれが影も形もなくなっていたのだ。



 私は背筋がぞっとするのを感じて思わず後ろを振り返った。そこにあるのは何の変哲もない林道であった。が、見えないカーブの先に何か得体の知れないものがいるような気がしてならなかった。


 峠へのアタックは必死だった。とにかく1人にならないように、誰かの背が見えるように、そしてなるべく早くこの場所から離れられるように……。


 いつもは下から数えた方が早い私が、ダートレースに出場するような先輩達に続いて3番目にゴールしたのだからその必死さが伝わるであろう。

 しかし、その結果に喜びはなく、峠に着いた私のテンションはすっかり下がりきっていた。ただ、この日のコースが、I林道を往復するのでなく、復路はS林道という別の道を通るコースだったのがたまらなく嬉しかった。



 家に帰ってから思い返してみたのだが、通ったルート上に目立つような車の轍は見当たらなかった。そして、沢の流れの方向からして、仮に分岐があったとしても、正規ルートは左の方だったとしか思えなかった。


 1人で林道に行ったときに見たあの右に折れる分岐。あの先は一体どこへ通じていたのだろうか。そして轍の跡を残したモノは何だったのだろうか。






 私はその日を最後にI林道を訪れたことはない。


 山の話はこれだけですが、他にも似たような話があります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 山にはよくある…と言って良いかはわかりませんが、わりと身近な怪異、なのでしょうか? 私も子供の時分に近しい経験をいたしました。弟と一緒に。 山の奥、轍を残して車はどこへ向かって行ったので…
[一言] むしろよく引き返せましたね。 普段からきちんと情報を精査して、不確かな行動は取らない姿勢が身を救ったのかもしれませんね。
[良い点] 道は何かを繋ぐものですからね。 道祖神信仰は何かに向かうものを守るものであり、何かが入って来るのを防ぐものでもありますから、 何かのいたずらで呼び寄せられることも、あるのかもしれませんね。…
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