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豊穣神の異世界食いしんぼう旅  作者: アジュガ
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第8話 風呂屋とマルシェ

 

「おはよう!フレイもお風呂に入りに来たのね!」


 朝一番、宿屋の主人に風呂屋があると聞いて意気揚々とやってきたフレイは、風呂屋の前でレベッカとばったりと出会っていた。


「おはようございます!レベッカさんもお風呂ですか?」


「そうそう!旅の間はお風呂に入れなかったでしょう?昨日も街に着いたのが遅かったし、今日は朝一番にお風呂に入ってさっぱりしたかったのよ!」


 旅が終わった後の一番の楽しみなのよ、と彼女は嬉しそうにその場でくるりと回った。


「丁度良いし、一緒に入りましょう!」


 レベッカにそう言われてフレイの心臓がどきんと跳ねた。


(え!?入るって風呂に!?一緒に!?)


 まさかとは思いつつも、そういえば昔の風呂屋は混浴が当たり前だったと以前耳にした事を思い出す。もしかしたら、この世界でも風呂屋といえば混浴が一般的なのかも知れない。

 であれば、彼女が自分を風呂に誘ったとしてもなんらおかしい話ではないはずだ。


 レベッカと混浴している所を想像してしまい、むくむくと湧き上がる下心。鼻の下が伸びない様に気をつけながら、フレイはこれまでの人生で一番と言って良いほど元気よく返事をした。



「はい!入りましょう!!!」



















「はい。入浴代大銅貨5枚ね。女湯は右側、男湯は左側だよ」


 番台に大銅貨5枚を手渡しながら、フレイはがっくりと肩を落としていた。


 当たり前だが、レベッカは"一緒に風呂に浸かろう"と誘ったわけではなく、"一緒に店に入ろう"と誘っただけだった。

 記憶を無くしたフレイでは、風呂屋の入り方も分からないだろうと考えた彼女なりの優しさだったのだ。


「そこのドアを入ったら男湯の脱衣所があるはずよ。脱衣所で脱いだ服や鞄は、今もらった木札と同じ数字のところに入れてね!木札を入れた人にしか中身が出せないようになってるからフレイのマジックバッグも盗まれずに済むわ!」


 フレイの気持ちなど知る由も無いレベッカは、番台のカウンターに置かれたものを指して説明を続ける。


「サボンは知ってる?」


「サボン?」


「そう!サボンの木の樹液を固めて作ったものなんだけど、水に濡らして擦ると泡立つのよ!これで身体を洗うと汚れも落ちてさっぱりするわ!」


 サボンは手作業で成形されているのか若干形が歪だったが丸くて白いそれは、石鹸そのものだった。


「サボンは大銅貨2枚で買えるから、必要だったらお店の人に声を掛けるといいわ。あと、タオルもお金がかかるけど貸してもらえるわよ。この後、ギルドに行く用事もあるから私は先に入るね!」


 時間のない中でフレイのためにわざわざ説明してくれたのだろう。手を振って「それじゃあね!」と、レベッカは女湯の方足早に入って行った。

 レベッカと別れ、ショックから立ち直り始めたフレイはサボンを見て悩んでいた。


(俺の持ってる石鹸は四角だけど、色も同じだし使ってもバレないだろう。でも、石鹸で頭を洗うとゴワゴワするしな⋯⋯流石に液体のシャンプーを使うわけにもいかないし。このサボンてのなら頭も洗えるのかな?とりあえず一個買って使ってみるか)


「すみません。サボン1つ下さい」


 番台の老婆に大銅貨2枚を渡してサボンを受け取り、フレイは男湯へ向かった。


 広いとは言えない脱衣所の中には小さなドアの着いたロッカーが並んでいた。もらった木札と同じ番号のロッカーに脱いだ服と(バク)をいれ、ドアについた差し込み口に木札を入れる。見た目で特に変化はないが、きっとこれで鍵がかかったのだろう。

 先程買ったシャボンと(バク)の中から出しておいたハンドタオルを持って湯に向かった。


 中はまさに銭湯だった。奥には大きな横長の石造の湯船が一つ置いてある。手前にはシャワーも完備されていた。

 朝一番だったにも関わらず、仕事前に一風呂浴びようという客でいっぱいだった。


(街並みは古いけど上下水もちゃんと発展してるみたいだ)


 シャワーの調節口には、宿屋の調理場の蛇口と同じく赤色と水色の石がついていた。

 石の部分で温度を調節してシャワーを浴びる。しっかり頭を濡らしてから、サボンを掌で泡立てたものを髪に馴染ませた。

 汚れがひどいからか、一回洗っただけではすぐに泡がヘタってしまったので、洗い流してからもう一度泡立てたサボンを髪に乗せる。今度は泡が消えずにいてくれたので、頭皮もわしわしと洗った。

 石鹸と違い無臭だが、髪を洗ってもギシギシすることはなく寧ろ洗い流した後もしっとりとして指通りが良かった。

 今度はサボンを泡立てたタオルで入念に身体を洗う。腕や足、胴体はもちろん耳の後ろから指の間まで、これでもかというほど洗うと、卵の薄皮が剥けたようなツルツルしっとりの肌になった。



「あ"〜〜〜〜生き返る〜〜」


 33歳。湯船に身体を沈めると自然とおっさんらしい声が漏れた。

 ちょっと熱めのお湯だったが首までしっかり浸かると、旅の間に溜まった疲れが流れ落ちていく様で、最高に気持ちが良くてため息が漏れた。


「やっぱり日本人は風呂だよなぁ〜⋯⋯」


 思わずそんな事を溢した時、聞き慣れた声がフレイの後方から聞こえてきた。


「ーーニホンジンてなんだ?」


 ハッとして声のした方を見ると、少し離れたところでユーリスとバッシュが湯船に使っていた。

 あまりの風呂の気持ちよさに気が抜けて、2人の存在に気がつかなかったのだ。


「!?ふたりとも!お風呂ですか!?奇遇ですね〜!!さっき、レベッカさんにも店の前で会いましたよ!レベッカさんは急いでる様でしたけど、2人もこの後ギルドに行くんですか!?!?」


 聞かれてしまったことを誤魔化そうと、フレイは必死に話題を逸らす。


「あぁ、俺たちもこれから行くよ。ギルドマスターに呼ばれていてな」


 話題を変えたことを気にする様子もなく話すバッシュとは逆に、ユーリスはジト目でフレイを睨んでいたが、一度だけため息をつくとそれ以上何も言って来なかった。


 ユーリスに追及されずに済んだことにフレイはホッと息を漏らす。


「フレイはこれからジェラルドさんの店に行くのか?」


「はい。その前にマルシェに行こうかと。モリスさんの所も行きたいですし、他にも色ん店を見て回りたいなと思ってて!」


「そうか。俺たちは今日はマルシェに行けないが、モリスさんによろしく伝えてくれ。美味い屋台も出ているから楽しんでくるといい。それじゃあ、俺たちは先に上がらせてもらうよ」


 バッシュはそう言うと湯船から身体を上げ、脱衣所に向かって行った。ユーリスもそれ続く。

 筋骨隆々なバッシュの肉体には夥しい数の傷痕が残っていた。後ろ姿は、まさに歴戦の猛者といった風体だった。


 対してユーリスの身体は、真っ白で見た目は痩せているが筋肉がしっかりとついて引き締まっていた。タオルが巻かれた腰から下には、尻尾と同じ白い毛が生えており、筋肉質な太ももは馬の足そのものだった。


 フレイも、長年の畑作業のお陰で腹筋だって少しは割れていたしそれなりに引き締まった身体をしていたが、2人には遠く及ばない。

 2人の肉体美と自分を比べてしまい、湯船の中にぶくぶくと顔を沈めてフレイは本日二度目の落胆を味わった。




 □□□□□□□□□□




 久しぶりの風呂を存分に満喫した後、フレイは広場で行われているマルシェに足を運んだ。


「いらっしゃい!ブール産の葡萄酒が入荷したよー!!」


「焼きたてのパンだよ!チーズがたっぷり入ったパンもあるよー!!」


 店主たちの活気溢れる呼び込みの声が響き渡る。マルシェのそこら中から美味そうな匂いも漂ってくる。

 朝飯がまだのフレイには堪らない誘惑ばかりだった。


「うちの串焼きは世界一だよ!そこの色男!食べてってくんな!!」


 坊主頭の豪快な店主に声をかけられ、その屋台の前で足を止めた。決して色男と呼ばれたから立ち止まったわけではないと、フレイは自分に言い聞かせる。

 屋台の中を覗くと、串に刺された大量の肉が炭火でじっくりと焼かれている。

 何かに漬け込んでから焼いてあるのだろう。肉の色が少し赤っぽくなっていて、スパイスの香りが屋台から漂っていた。肉汁が滴るたびに、じゅうっと音を立てる炭火の音が余計に食欲を唆る。


「確かに美味そうですね。なんの肉ですか?」


「ワイルドボアの肉だよ。兄さん知らないのかい?豚みたいな魔物さ。俺が狩って来たんだ!」


「自分で狩ったんですか!?」


「おうよ!仲間と一緒にだがな!豚よりもかなりデカいんだが、こいつが中々すばしっこい奴でね!罠を仕掛けて、掛かった所を槍で一突きさ!!」


 力瘤を作ってどんなもんだい!と自慢する店主の身体は、先程見たバッシュには及ばないが確かに中々のものだった。


「凄いですね!じゃあせっかくだから、4本もらおうかな!2本だけ包んでもらう事ってできますか?友人への差し入れにしたくて。2本はここで食べて行きます」


「はいよ!店の宣伝になるし大歓迎だ!4本で大銅貨8枚だよ!」


 ニカッと歯を見せて嬉しそうに笑う店主に、大銅貨4枚を渡すと大銅貨8枚を渡すと、店主は串を2本だけ油紙で包んで渡してくれた。包み紙に入った串焼きを(バク)の中にしまい、残りの2本の串焼きを受け取って店を後にした。


 広場の隅のベンチに腰掛けて包み紙を開ける。

 中からスパイシーな香りがふわりと広がりフレイの鼻を擽った。一串ぱくりと口含んで目を丸くした。


「あのおっちゃんの言う通りホントに美味いな!脂身が少なめで赤身が多い肉なのに柔らかい!嫌な臭みもなくて、代わりにナッツみたいな香りがするな。調味料か、それとも肉自体の香りか?スパイスも使ってるっぽい。この辛味は唐辛子か?あとはクミンみたいな香りもするけど⋯⋯何使ってんだこれ?」


 フレイは串焼きに向かってこっそりと《鑑定+》を使った。


【名前】ワイルドボアの串焼き

【詳細】数種類のスパイスとビネガーに漬け込んだ

 ワイルドボアを炭火で焼いた串焼き。

【材料】ワイルドボアのバラ肉

 オリーブオイル

 にんにく

 ビネガー

 赤唐辛子

 クミン

 塩


「なるほど!スパイスと(ビネガー)でマリネしてから焼いてるな!(ビネガー)のお陰でこんなに柔らかいのか!覚えておこう!ナッツは入ってないってことは、これは肉の香りか」


 一串のサイズがかなり大きかったにも関わらず、もう一本もあっという間に食べ切ってしまった。


「あー!美味かった!それにしても驚いたな。元の世界のスパイスも普通にあるみたいだ。スパイスを使ってるのに一本当たり大銅貨2枚ってことは、スパイスは想像してたよりは高くないのかな?」


 満腹になったお腹を摩りながら、マルシェを見て回る。

 良さそうな店を見つけては、物価を調べたり、こちらの生活に必要な日用品をいくつか買い足した。


 ある店の前でふと、フレイの足が止まる。

 その店は、大量の果物を木箱に積んで販売していた。

 マンゴーにバナナにパイナップル。見知った果物の他にも、見たこともない色とりどりの果物が所狭しと並んでいる。

 果物大好きなフレイにとってそれは、まるで宝石で埋め尽くされた宝箱を見つけたような喜びだった。

 だが、その喜びも束の間、値段の書かれた木札を見て途端にギョッとする。


(た⋯⋯高い!)


 どれもこれも、とにかく高いのだ。銀貨5枚するようなものまである。食べてみたい果物がいくつもあるが、湯水のように金を使えるわけではない。

 今は生活に必要なものを買い揃え無ければいけない。宿代だって残しておかなければならない。

 泣く泣く果物屋を後にすると、近くで荷車に乗せた野菜を売るモリスの姿があった。


「モリスさーん!!おつかれ様です!」


「フレイさん!来てくれたんですね!」


  フレイの姿を確認すると、モリスは嬉しそうに手を振った。

 モリスの店には、沢山の奥様方が集まって野菜を選んでいる。


「大盛況ですね!」


「えぇ!ジェラルドさんが奥様と朝一に来てくれましてね!奥様のお友達に宣伝してくれたそうなんですよ!ーーあ!それは5個で銀貨1枚です!」


 フレイと話ながらもテキパキと野菜を売っている。片腕を怪我しているのに、なかなかの手際だ。


「モリスさん!俺も手伝っていいですか?ジェラルドさんの店に行くまで、まだちょっと時間があるんです」


「えぇっ!?いいんですか!?」


「はい!この札に書いてある値段で売って良いんですよね?」


「ありがとうございます!朝から忙しかったので助かります!」


 ジェラルドのお陰で相当なお客さんが来たのだろう。陽はまだ高くないのに、モリスの額にはうっすらと汗が滲んでいる。腕だってまだ痛むだろう。少しくらいなら手伝って行っても、大丈夫だろうとモリスの隣に立った。


「おねぇさん!それは4個で銀貨1枚だよ!買ってくれる?まいど!」





 □□□□□□□□□□






「いやー。助かりました!お土産まで頂いてすみません。朝から忙しくて何も食べる余裕が無かったので、お腹がぺこぺこだったんです」


 荷車の脇に座るモリスの手には、先程フレイが屋台で買ったワイルドボアの串焼きが握られていた。

 早朝から続いていた客足が落ち着き、やっと休憩を取ることができたのだ。

 ジェラルドの宣伝効果のお陰か、まだ昼前だというのに荷車に残った野菜は残りわずかだった。


「お役に立てて良かったです。俺も楽しかったですし!」


「それにしてもフレイさんは接客が上手ですね!初めてとは思えないくらいでしたよ!」


 田舎暮らしを始める前、調理場と対面のカウンター席がある料理店で働いていたフレイにとって接客はお手の物だった。


 そこで、フレイはハッと大切なことを思い出す。

 お客さんと話しをしながら対面で何かを販売するという、久しぶりの感覚が楽しくてすっかり時間を忘れてしまっていた。


「マズイ!!ジェラルドさんのところに行かなきゃ!」


 作業着にあれほどまでに執着していたジェラルドのことだ。遅れでもしたら、街中まで探しに来るかもしれない。


(街のど真ん中で泣きつかれでもしたらたまったもんじゃない!)


 モリスに分かれを告げてジェラルドの店に急ごうとした時、彼は自分が持っていた鞄から、真っ赤なパッションフルーツを取り出してフレイに手渡した。


「え?これ?」


「さっき果物の店の前でずいぶん悩まれていましたよね!それはウチの家で取れたもので、おやつに食べようと思って持ってきてたんですけどフレイさんに差し上げます」


「貰って良いんですか!?俺、果物大好きなんですよ!ありがとうございます!」


「喜んでもらえたならよかった。私もしばらく、この街の友人のところに滞在してますので、また街でお会いできるといいですね!」


「はい!では、また!」


 貰ったパッションフルーツを(バク)の中に大切にしまうと、急足でその場を後にした。



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