第4話 パンノキ
(それにしても、なんだか疲れたな)
食事の片付けをしているフレイは身体の重さを感じていた。
色々驚きすぎた所為だろうか。肩を解そうとぐるぐると腕を回す。
「フレイも疲れちゃった?大分歩いたもんね。私も今日はスキルを使い過ぎちゃった所為で身体が重いわぁ」
「今日はレベッカの気配察知に頼りきりだったからな。見張りは俺からやろう。レベッカは先に休むといい」
「ありがとう、バッシュ。そう言って貰えると助かるわ。じゃあ、お先に休ませてもらうわね」
彼女は「おやすみなさい」というと、眠そうに欠伸をしながら2つ並べて建てられたテントのひとつに入って行った。
今の話が気になって、フレイら焚き火の近くで大剣の手入れをするバッシュに話しかけた。
「バッシュさん?スキルを使うと疲れるんですか?」
「あぁ。魔法と違ってマナを使う必要はないが、スキルの場合は代わりに体力を使うんだ。スキルによって体力の減り方は様々だが、一日中ずっと使い続けられるわけじゃないんだ。無理をすると倒れたり、場合によっては命の危険もあるんだ」
「命の危険もですか!?」
「そうだ。だから、スキルを使ったら体力を戻すための休息が大切なんだよ」
(さっき、色んなものに対して《鑑定+》スキルを使ったからこんなに疲れたのか)
「さぁ。フレイも今日は歩いて疲れたんだろう?テントで先に休むと良い」
「良いんですか?ユーリスさんに、ジェラルドさんは?」
焚き火の周りで未だ作業をする2人の方を向いて声を掛ける。流石に自分だけ休ませて貰うのは気が引けたのだ。
「⋯⋯俺はまだやる事がある。構わず寝ろ」
「私も、フレイさんの服を見ていたら新しい服のデザインイメージが溢れてきてしまって!!イメージを纏めてから寝たいので、お先にどうぞ!」
「じゃあ、お言葉に甘えて。お先に休ませてもらいますね」
フレイは3人にお礼を言って、レベッカが休んでいるテントとは別のテントに入った。
「今日だけで、この世界の色んな事知れたなぁ」
テントの中で足を崩して座る。テントの中を照らしてゆらゆらと揺れるランタンの火を眺めながらそんな事をポツリと呟いていると、鞄の姿だったバクがもぞもぞと動き出す。目が開いて、フレイを見つけるとぴょんと跳ねて腕に飛び込んできた。
「バク!全然動かないからどうしたのかと思ったよ!」
飛び込んできたバクを受け止め、周りに聞こえないように声を顰めた。バクは、きょとんとした顔でフレイを見つめる。
「なぁ?さっき、バクを鑑定した時に思ったんだけど、普通の鞄の姿になってるのって、もしかして《擬態》ってスキルの効果か?もしかして、みんなにバレないように鞄の姿になってくれてたのか?」
フレイの言葉に、バクはコクコクと頷いた。
「そうだったのか。ありがとな。お陰でみんなを驚かせずに済んだよ」
そう言って、バクを撫でてやると嬉しそうに目を細めた。フレイはバクを撫でながら、先程《鑑定+》スキルを使った時に浮かんだ、その他の疑問をバクに聞いてみることにした。
「さっき、ジェラルドさんの鑑定具を使わせてもらった時と、俺が鑑定した時の鑑定結果が違ったんだけど、もしかして《偽装》ってスキル使ってた?」
こくり。バクは一つ頷く。
「やっぱりか。俺が自分のスキルで鑑定してた時も変わらず《偽装》スキル使ってたのか?」
バクはフレイを見つめたまま、先程と同じくこくりと一つ頷いた。
(《偽装》スキル使ってたのに魔導具と俺のスキルでの鑑定結果が違ってたってことは⋯⋯俺の《鑑定+》は《偽装》を見破れるってことか。種類もマジックバッグ(?)になってたってことは、《擬態》もある程度は見破れるってことか?)
「あと、空間魔法とか時空魔法ってあっただろ?あの魔法って普通のマジックバッグと同じで荷物を収納できるってことか?」
バクは少し考えるように小首を傾げた後、徐に自分の口に手を突っ込んで何かを取り出そうとする。
(!?)
フレイはまたも驚いて声をあげそうになった口を、慌てて手で塞いだ。
少ししか見えていないが、フレイにはそれが何かすぐに分かった。
バクが口から取り出そうとしている物。それは、フレイが元の世界で使っていた白の軽トラだった。
「バク!わかったよ!すぐ閉まってくれ!」
大慌てでバクの中に軽トラを押し込む。
馬車で護衛を頼んで移動するような世界だ。軽トラがこの世界にあるわけがない。バッシュたちに見つかれば、それこそ大騒ぎになってしまうだろう。
軽トラを全て押し込み、ふーっとため息を吐くと額の冷や汗を腕で拭いた。
「いいか?バク。出さなくていいから教えてくれ。もしかして、俺の元いた世界で、俺のいた場所にあった物全てお前の中に入ってるのか?」
バクはコクコクと頷くと、中を見ろとでも言うように口を大きくあーんと開けた。バクの口の中を覗くと、真っ暗な宇宙のような空間の中に、フレイが育ていた果物の木々や使った鍬や鎌などの道具たち、果ては母屋までがその空間に浮いているではないか。
衝撃的な光景に、フレイは両手を地面について項垂れた。
(マジかよ⋯⋯!ヤバいなんてもんじゃなかった。絶対に誰にも見せらねーよ、こんなもん。つーか、最初からコレを知ってれば、家の中に水も缶詰も布団もあったんだからあんなにサバイバルしなくて済んだんじゃねーか!?)
そこまで考えて一度思考を止めた。両手を頭の後ろで組んでごろりと仰向けに寝転ぶ。
(いや。あれがあったからあの時あの場所で、バッシュさんたちに会えたんだ。得体も知れない俺にこんなに優しくしてくれるあの人達に会えたんだから、良かったじゃないか)
不思議そうにフレイの様子を見ていたバクが、突然鞄の姿に戻った。
フレイが何事かと思っていると、テントに近づく足音が聞こえて来る。テントの入り口がはらりと開くと、ユーリスがテントの中に入って来た。
どうやら、ユーリスも今から睡眠を取るらしい。
「お、おつかれさまです。ユーリスさん」
「⋯⋯ ⋯⋯」
ユーリスは無言のまま、フレイとは少し離れた場所に彼に背を向けて横になった。フレイもなんだか気まずくて、ユーリスに背中を向けるように寝転び直す。
「「⋯⋯ ⋯⋯ ⋯⋯」」
呼吸をするのも躊躇うような、静まり返るテントの中。
身体は酷く疲れていて今すぐにでも眠ってしまいたいのに、自分のことを警戒しているであろうユーリスと2人っきりというこの状況への緊張で、フレイは全く寝付けずにいた。
身体中の感覚が鋭敏になっている所為か、ユーリスが動く度に服が擦れる微かな音でさえも、気になって目が覚めてしまうのだ。
(き⋯⋯気まずい)
気まずく感じているのは自分だけだろうか。ユーリスはもう寝たんだろうか。余計な事を考える度に冴えていく思考を振り払うようにぎゅっと目を瞑った時だった。
「ーーおい」
「はひっ!?」
突然、声をかけられたことに驚き声が上ずる。
(まだ寝てなかったのか)
頭だけ動かしてチラリとユーリスの方を見るが、彼は相変わらずフレイに背を向けたまま寝転んでいた。
「ーーお前、本当に記憶がないのか」
「!?!?」
ユーリスに警戒されているとは思っていたが、まさか度直球にその話を聞かれると思っていなかったフレイは一瞬言葉に詰まってしまった。
「そう⋯⋯ですね。この世界の事を何も知らないのは確かです⋯⋯」
まさか記憶ないなんて嘘だと勘づかれてしまったのだろうか。だとしたら何処までバレているのだろう。嘘を責められる前に、正直に「記憶が無いんじゃなくて、自分は異世界人です」と打ち明けるべきだろうか。
フレイが答えの出ない自問自答を繰り返していると、ユーリスがぎりぎり聞き取れるくらいの小さな声を発した。
「⋯⋯お前は、俺を見て怖くなかったのか?」
「え?怖いって……どういう事ですか?」
ユーリスの質問の意図が分からず、困惑する。
「俺を見て、気持ち悪いとか思わなかったのか?」
記憶がないと嘘をついた事を責められる訳では無いようだと内心ホッとしながらも、彼が何故そんな質問をするのか分からず、今度は頭の中に大量のハテナが浮かぶ。
「気持ち悪いなんて思うわけないじゃないですか?昼間も言ったけど、凄くカッコいいと思いましたし。寧ろ、その足とかちょっと憧れます!」
ユーリスの方を向き直して、思った事を言葉にする。
彼がどういった意図でそんな事を聞いて来たのか分からないが、フレイにとってユーリスはまさにゲームや映画の中に出てくるような魅力的なキャラクターそのものなのだ。
画面の中でしか見られなかったファンタジーな存在が、今こうして目の前に実際に生きて存在しているのだ。
それはまるで、憧れの有名人に出会えたような最高の気持ちなのに、誰が怖いだなんて思うだろうか。
「⋯⋯そうか」
ユーリスはそれ以上、何も言葉を発しなかった。
だが、先程までの気まずい空気はとうに和らぎ、先程と変わらない静かな空間でもフレイの心は落ち着いていた。
彼は、鉛のように重くなる瞼をゆっくりと閉じて眠りについた。
□□□□□□□□□□
翌日も昨日と同じようにユーリスが御者を務め、バッシュとレベッカが荷馬車の左右で警護に当たっていた。
ただ一点違うとすれば、ユーリスのフレイに対する警戒心が大分和らいだという所だろうか。フレイが疲れて歩みが遅くなると、ユーリスが御者席の隣に座らせてくれたりしたのだ。
そんな2人の様子を見て、バッシュとレベッカは嬉しそうに頬を緩めていた。
森の木陰で休憩を取っている時。フレイは木の上にある物を見つけた。
「あ!!まさか!?」
5メートル位の高さの大きな木の枝先に、緑色の表面がぶつぶつとしたボールの様な果実が実っている。
(まさか、異世界で念願のアレに出会えるなんて!!!)
どうにか果実を取ろうと、ふぅふぅ言いながら必死に木登りを始めたフレイに、バッシュが声を掛ける。
「どうしたんだ?あの果実を取りたいのか?」
「そう!ッなんです!あの実が取りたいんですけどッーーって!!?うぎゃっ!!!」
少し登って枝に足を掛けようとしたところで、フレイは地面に落っこちて思い切り腰を打った。
「おい!大丈夫か!?」
「いってぇッ!くそぉ⋯⋯やっぱり梯子でもなきゃ無理かなぁ⋯⋯」
鞄の中には脚立も入っているが、まさか皆の前で出すわけにもいかない。だが、夢にまでみた憧れのあれが直ぐそこにあるのだ。簡単に諦める事もできずに途方に暮れていると、ユーリスが2人の側に寄って来た。
「何をやっているんだ、お前は」
「ユーリスさん。いやぁ⋯⋯あそこになってる実を採ろうと思ったんですけど、上手く登れなくて落っこちちゃいました」
ははっと笑いながら、照れ隠しに鼻を掻いた。そんなフレイにユーリスはため息を吐くと果実を見上げる。
「そこで待ってろ」
ユーリスは、膝を曲げ足にグッと力を入れたと思うと、とてつもないジャンプ力であっという間に果実の実った枝の上に登ってしまった。
「すげぇ!!!」
「ユーリスの《跳躍》スキルさ。凄いだろう?馬人族の脚力もあって、あのくらいの高さなら軽々飛べてしまうんだ」
華麗な跳躍に目を輝かせて上を見上げいると、ユーリスが持っていたナイフで手早く果実を収穫していく。
「幾つかとってそっちに投げるから受け取れ」
「はーい!緑色で指で押してほんの少し柔らかいものをお願いします!」
ユーリスが収穫してくれた果実を囲むように立つ5人。
ジェラルドがモノクルを通して果実を鑑定していた。
「確かに食べられる果実の様ですね。初めて見ました」
「でも私たち、この実を前に取って食べてみたことがあるんだけど⋯⋯ねぇ?」
「あぁ⋯⋯」
20センチほどの大きさをしたその果実を、バッシュがナイフで少し切り取る。白く繊維質の果肉をペロリと舐めて顔を顰めた。
「食えるのかも知れないがーー完熟してないし、あんまり美味くないぞ。これ」
「このまま食べるものじゃないんですよ!調理に少し時間がかかるので、夜、野営する時に食べてみませんな!」
ワクワクする気持ちを落ち着かせながら、鞄の中に果実を収納していると、またもユーリスが声を掛けてきた。
「お前、よくあんな所に食える実があるなんて気がついたな?」
(ギクッ⋯⋯!!!!)
「確かに。高い場所にありましたし、葉っぱと同じ緑色の実だったのに、良く見つけられましたねぇ」
追い討ちを掛けるようなジェラルドの言葉に、フレイの目に焦りの色が浮かぶ。
(美味そうなフルーツ見つけたくて、《鑑定+》スキル使ってたなんて言えねぇ!!)
そう、彼は移動の最中もスキルを時折使って、大好物のフルーツが実っていないか調べていたのだ。
道中道端の雑草に混じって、見覚えのあるハーブが生えていたので幾つか手に入れたが、実際見つけられた果実は今回の物だけだった。
「えーと⋯⋯昔にこの木と同じような木を見たことあった気がして⋯⋯」
「昔?記憶が戻ったのか?」
「いえ!この木のことはなんとなく覚えてただけです!」
「記憶の方は⋯⋯」と残念そうに眉を下げる。内心は冷や汗だらだらなのだが、上手く誤魔化す事が出来ただろうか?
ユーリスは探るようにエメラルドの瞳を光らせていたが「ーーそうか」と一言呟くと、それ以上彼が追及してくる事はなくフレイはホッと胸を撫で下ろした。
日が暮れ、街道の外れで今日の野営の準備を始める。
バッシュたちがテントを張ったりしている間フレイは1人夕食の準備をしている。お世話になっている分、今日は自分が夕食を作ると申し出たのだ。
レベッカに借りたナイフで、昨日手に入れたブバリナの肉を食べやすい大きさに切っていると、隣に立っていた彼女がおずおずと声を掛けてきた。
「ーーねぇ、フレイ?これ、ほんとに食べられるようになるの?」
レベッカが心配そうにソレを見つめている。
彼女の視線の先にはユーリスが起こしてくれた焚き火があり、その炎の中に、昼間手に入れた果実が丸々投げ込まれていた。
「焦げてきたわよ?これ⋯⋯」
料理というにはあまりに豪快すぎる光景に、レベッカの口元が若干引き攣る。
「大丈夫です!俺も食べるのは初めてですけど、食べ方はコレであってる筈です!」
レベッカの心配を他所に、ブバリナの調理を続ける。
昨日、3人が苦手だと言っていたブバリナの獣臭さや硬さをどうにか出来ないかと考えたのだ。
繊維を断つように切り分けたブバリナの肉を、ナイフの背を使って叩いたあと塩を丁寧に擦り込むと、鞄の中から移動中に見つけたハーブのローズマリーと、先日収穫したキウイのような果実を取り出した。
手に収まるサイズの果実の表面には細かな毛が生えていて、切ると赤みがかった黄色い果肉をしている。果肉の真ん中は空洞になっていて、空洞部分に丸いビーズのような黒いタネがびっしりとくっついていた。
「⋯⋯パパタビの実も食べるの?」
レベッカの口元がさらに引き攣っているのがわかる。
「料理をしてもらってるのに、本当に申し訳ないんだけど⋯⋯私、パパタビの実って苦手なのよ。味は甘酸っぱくて悪くないんだけど、食べあとに舌がピリピリするのがちょっと⋯⋯」
「この実はそのまま食べませんよ。肉料理に使おうと思って」
「肉料理に?果物を使うの?」
レベッカは怪訝な表情を浮かべながらも、怖いもの見たさからかフレイの側を離れようとしない。フレイも構わず調理を続ける。
「まずはパパタビの種を取ったら、果肉をスプーンで取り出して潰して」
皿の中に取り出したパパタビの果肉は柔らかく、木のスプーンでも簡単に潰れてくれた。
「そこに、ローズマリーと塩を擦り込んだブバリナの肉を入れて良く揉み込む!!」
「えっ……!?肉と果物を混ぜるの!?!?」
「これで下拵え終了!あとは、暫く置いてから焼くだけです!」
「⋯⋯ ⋯⋯」
とうとうレベッカの眉間には深い皺まで刻まれしまった。あれは完全にゲテモノを見る目だ。
「心配しないでください!多分美味しくなる筈ですから!」
「⋯⋯多分、ねぇ」
焚き火の中で焼かれる果実と、生肉と果物が混ぜ込まれたよく分からない料理を見比べ青い顔をしている。
きっと、フレイの事をとんでもない料理音痴だとでも思っているのだろう。
「今日の夕飯は干し肉だけになるかしら……せめて黒パンが残っていれば良かったのに⋯⋯」
肩を落としてとぼとぼと去っていくレベッカの事など気に留めず、フレイは肉に打つ串を作り始めていた。
ーー夕食時。
「おい⋯⋯なんだこの物体は」
いつも無表情のユーリスの眉間に青筋が浮いていた。
バッシュとジェラルドは目の前の物体を凝視したままポカンを口をあけ、レベッカに至っては頭を抱えて俯いている。
彼等の目の前には真っ黒に焦げた丸い物体があった。
先程の肉は串に刺されて焚き火の周りに並べられ、じゅうじゅうと音立てて焼かれている。
「そのブバリナの肉も、さっきパパタビの実に漬けてたのよ⋯⋯」
俯いたままのレベッカが皆にぎりぎり聞こえる程度の声の大きさで呟く。表面は見えないが、鼻を啜る音が聞こえてくるので泣いてしまっているのかも知れない。
「さぁ!食べましょう!」
「何を食えと言うんだ!?」
元気よく皆に料理を進めたフレイに、ユーリスが勢いよくその場に立ち上がり、声を荒げた。
「料理ができないなら、始めから自分がやるなんて言うな!!」
「料理は得意なんですよ!この食材たちは、初めてでしたけど。」
「コレの何処が得意なんだ!?炭の塊に、肉と果実なんかを混ぜたもののどこがーー!!」
「ま⋯⋯まぁまぁ!見た目はアレですけど、まぁ見ててください。」
フレイは真っ黒に焦げた熱々の果実をナイフで半分に切る。
ーーふわり。
割いた場所から甘い香りが漂った。焦げていたのは表面だけで、中はクリーム色の繊維質で柔らかな果肉が詰まっていた。人数分にカットしてから、まん中にある芯を取り除き1人1人に配る。
「パンノキの実の丸焼きです。いただきましょう」
その果実は元の世界で別名ブレッドフルーツと呼ばれている果実だった。
パンの様な味と香りがすると言われていて、温かな国では主食としても親しまれている果実だ。
(これこれ!!子どもの頃に、アニメでパンノキの実を食べてるシーンを見てからずっと食べてみたかったんだよ!!)
「パンノキ⋯⋯確かに白パンみたいな甘い香りはするわね」
パンノキの実に鼻を近づけてクンクンと嗅ぐが、最初のビジュアルの印象が強烈過ぎたのか誰も手をつけようとしない。
「いただきまーす!」
フレイは気にせず、自分の分の実の果肉を豪快にスプーンで掬って食べた。
「熱ッ!ーー美味いッ!!」
熱々の果肉は柔らかく、想像していた様な、まさにパンを食べている!!というものとはちょっと違うが、ホクホクねっとりとしたサツマイモのような食感と甘さだ。
長年の念願が叶った喜びに震えながら、フレイは一人バクバクと食べ進める。
フレイの様子を見ていたバッシュも、意を決したようにスプーンに救ったそれに齧り付く。
ーーぱくり。
「ん!?思ってたより、甘くて美味いぞ!?レベッカたちも食べてみろ!」
他の3人は顔を見合わせると、疑いの表情を浮かべながらも果肉をゆっくりと口に運ぶ。恐る恐る咀嚼した彼等は目を丸くした。
「おぉ!コレはまるで芋みたいですね!」
「嘘っ!?甘くてねっとりしてて美味しいじゃない!」
「確かに、悪くない」
皆、一口食べてしまえば気に入ったのか、スプーンを止める事なく食べ始めた。
「パンノキの実は栄養価もとても高いんですよ!」
「ふむ……。これは街道の脇に実っているのをよく見かけるし、我々、冒険者たちの現地食料として良いかもしれないな」
「そうね。街に着いたらこの実の食べ方をギルドマスターに提案してみたらどうかしら?」
バッシュとレベッカは食べながら何やら難しい相談をしていた。
焚き火の周りではブバリナの串焼きが焼き上がり、じゅうじゅうと肉汁を滴らせていた。
「串焼きも良い焼き具合ですので、皆さんどうぞ」
4人は、ダークマターのような怪しい物体だったものを食したこともあり、今度は躊躇なく肉を口にする。
「ブバリナの肉なのに臭みがない!?」
「ホント!!しかもとっても柔らかいわ!」
昨日食べた肉との違いに驚くバッシュとレベッカに、フレイが説明する。
「肉の臭みを消したのは道中に生えてたローズマリーってハーブのおかげです。肉が柔らかくなったのはパパタビの果肉と一緒に漬け込んだからですよ!」
「パパタビ?」
「そうです。パパタビには肉の繊維を溶かして柔らかくする効果があるんです。レベッカさんも言ってましたよね?パパタビって食べた後に口の中がピリピリするって。アレはパパタビが口の中を少し溶かしてしまうからなんですよ」
(実際は口の中の肉を溶かしてるんじゃなくて、唾液に含まれるタンパク質を溶かすことで、舌が剥き出しになって刺激でピリピリするんだけど。タンパク質なんて知らないだろうし、簡単に説明しておこう。)
キウイを食べた後のように口の中がピリピリする感覚のあるパパタビ。
キウイやパパイヤと同じく肉のタンパク質を分解する酵素が含まれているのではと思い、ブバリナの肉を漬け込んでみたのだ。結果はフレイの思惑通り見事大成功。
「これは美味しいですねぇ…って!!ユーリスさんもう1本食べ終わったんですか!?私たちの分のおかわりも残しておいて下さいよ!?」
「早い者勝ちだ」
わいわいと賑やかに食事をする4人を満足気に眺めながら、自分の分の串焼きを食べる。
歯で簡単に噛み切れる肉は、昨日のような獣臭さは全くなく格段に美味しくなっていた。
(本当は胡椒やニンニクなんかも塩と一緒に擦り込めてればもっと美味いんだろうけど、鞄の中から取り出すわけにいかなかったしな)
「あー!美味しかったですね!ブバリナの肉をこんなに食べたのなんて初めてですよ!」
「あれなら何本でも食べれてしまうな」
「まさか、あんな作り方でここまで味が変わるなんて思ってもみなかったわ。疑ってごめんなさい!」
3人が満腹そうにお腹を撫でている横で、ユーリスは未だ無言で肉を食べていた。
「いえいえ!満足してもらえたなら良かったです!」
久しぶりに誰かに料理を作って美味いと喜んでもらえたことが嬉しくて、フレイの胸の奥はじんわりと温かくなった。
タンパク質分解酵素の含まれるパパイヤと、キウイ(またたび科)。
あわせてパパタビ。