第20話 異常事態
ーー翌日。
目的地の村へと進みながらバッシュとベアトリスは森の中の調査していた。昨日のオウルベアとの遭遇がやはり気に掛かっているらしい。今朝も出発前、その事についてホルガーと魔導具で連絡を取っていた。
森に無数に生えた木々の中のある一本の前で立ち止まったバッシュは、険しい表情を浮かべる。彼が睨む先にある木の幹には、何かを擦り付けたような大きな跡が残っていて、樹皮には動物の体毛も付いていていた。
「ベアトリス……オウルベアのマーキング痕だ」
立ち止まったベアトリスは、バッシュの指差した場所を見て眉間に薄い皺を刻んだ。
「やはりおかしいな。元々この森はオウルベアの縄張りではなかった筈だが」
バッシュは何かを確かめるように木の幹の擦れた部分を手で撫でてた。
「ーーまだ新しいマーキングだ。最近縄張りを移してきた可能性が高いな」
「オウルベアまで縄張りを移すとは……思っていた以上に状況はまずいのかも知れない」
こめかみを押さえながら、ベアトリスが深いため息を漏らす。
二人が難しい顔をする理由がわからず、フレイはバッシュに尋ねた。
「あの?何がまずいでしょうか?オウルベアの群れは討伐したんじゃないんですか?」
「近くにいたオウルベアは全て討伐したよ。レベッカの《気配察知》スキルで確認してもらったから間違いない。だが、この森にオウルベアがいたということ事態に問題があるんだよ」
意味が分からずフレイが首を傾げていると、今度はバッシュが逆に質問をしてきた。
「フレイは魔物のことをどれくらい知っているんだったかな?」
「えーと、魔石っていう核を持っていて、危険って事は知ってます」
「なるほど。では、今の状況を話す前に、魔物について先に説明する必要があるな」
そういうと、バッシュは魔物についてフレイに説明をしてくれた。
彼曰く、魔物と言っても一概に全ての魔物が危険という訳ではないそうだ。
一番危険性の低い魔物は、先日出会ったホーンラビットやスライムで、滅多に人を襲わない魔物らしい。ただ、スライムは雑食性の為、村に侵入すると畑の作物等を食い荒らすため駆除される事が多いのだとか。
次に危険性があるのが、ブバリナやオウルベアなどの人を喰わないが襲う事のある魔物だ。
ブバリナは草食、オウルベアは木の実や昆虫、小動物を好んで食べ、人を喰らうことはないそうだ。しかし、縄張り意識が強く、自身の縄張りに侵入した者には容赦なく襲いかかる。また、コカトリスも草食で縄張りは持たないが交戦的な性格な為、先日のモリス達のように運悪く出会ってしまい襲われる事があるらしい。
そして最も危険なのが、肉食で尚且つ人を好んで襲い、喰らう魔物だ。この魔物たちは発見され次第、すぐに討伐対象となる。放っておくと人の街や村を襲うからだ。
「ーー因みに、モリスの村を襲ったのはワイルドボアの群れだ。奴らも雑食だが人は喰わない。だが、オウルベアと同じく縄張り意識が強いんだ」
そこまで話すとバッシュはまた一つ大きなため息をついた。
「だからこそ、昨日この森でオウルベアに出会った事事態がおかしな事なんだ」
今だ理由のわからないフレイに、ベアトリスも話に加わり説明をする。
「村が襲われたのは、どこからかやって来たワイルドボアが縄張りをこの森に移したからだと私たちは予想してたんだ。元々この森には、ホーンラビットのような危険性の低い魔物しか住んでいなかったからね。それだけなら、ワイルドボアの群れを討伐したこの森は既に安全になった筈だったんだよ。……だけど、森に来てみればどうだい?オウルベアまでいるじゃないかい」
ベアトリスがその美しい顔を不快そうに歪めて話を続けた。
「オウルベアとワイルドボアが同じ時期、同じ場所に縄張りを移動させるなんて、まず普通じゃありえないんだよ。元々縄張りを簡単に移す魔物じゃないし、魔物同士だって縄張り争いが起きるからね。つまり、オウルベアもワイルドボアも今まで自分たちが住んでいた縄張りから移動せざる負えない何が起きたってことさ」
ベアトリスが話し終わると、バッシュは人差し指と中指を立てフレイを真っ直ぐと見た。
「考えられる理由は2つ。一つは元の縄張りが天災や山火事などで無くなり、餌を求めて移ってきた。もう一つは…………
何者かに縄張りを追われたか、だ」
バッシュの言葉に途端に他のメンバーの顔色が曇った。
「ワイルドボアも、オウルベアも消して弱い魔物じゃない。そんな魔物が同時期に住処を捨てて来るなんて、よっぽどの事があったとしか考えられない」
「それって……もしかしてもっと強い魔物に住処を追われたかもしれないって事ですか?」
フレイの言葉にバッシュはコクリと頷いた。
「その可能性が高いと俺とベアトリスは考えている」
その場の空気がぴりりと張り詰めるのを感じて、フレイはごくりと唾を飲み込む。彼等が予想だにしなかった異常事態が起きているということだけはフレイにも理解できた。
「この森だけじゃない。あの時モリスがコカトリスに襲われたのも、もう一つの村が襲われたのもそれが関係しているかもしれない」
バッシュの話をじっと聞いていたレベッカが口を開いた。
「だとすると、他にもこの森に逃げて来た魔物がいる可能性もあるわね」
「その通りだ、レベッカ。すまないが、村に着くまで他に危険な魔物がいないか注意深く気配を探ってくれるか?」
「わかったわ」
バッシュはレベッカと話すと、すぐに他のメンバーに向き直り指示を出し始めた。
「エイト、リリー。君達は鼻が効く。道中に、他の魔物の痕跡がないか調べてくれ」
「はいよ!りょーかい!」
「うん!」
「3人が周辺の調査に集中出来るよう、フレイとモリスの護衛は俺とユーリスとベアトリスが請け負おう。特にレベッカは常にスキルを使い続けることになるだろう。体力を回復させる為、休憩時の見張りも出来るだけ俺たちで回そう」
「まかせて」
「あぁ」
バッシュの指示通り移動の陣形を組み直すと、村への移動を再開した。
「村へ急ごう。明日にはこの森を抜ける筈だ」
□□□□□□□□□□
「っ……クッソ!これで何体目だよ!?」
「知らん……!!黙って倒せ!!」
エイトがシミターを振り、ユーリスがライフルを撃つ。
「ひいぃっ……!!」
「レッドウルフも……ッ!……ここまで数が多いと厄介だな!」
モリスに襲いかかる赤毛の狼達をバッシュが大剣で薙ぎ倒す。
彼等は今レッドウルフの群れと交戦中だ。
「12……13……、みんな!残り14体よ!!」
額に大粒の汗を浮かべたレベッカが2本同時に矢を放つ。レッドウルフの残りは12体。
「くそっ!この!!」
フレイもタガーを必死に振るう。武器の使い方はめちゃくちゃだが、運良く胸に刃が当たってレッドウルフが怯んだ所に、リリーがハンマーを落とした。
「フレイおじちゃん。ないす」
「あと少しだよ!気張んな!!」
ベアトリスがククリ刀を振り下ろし2体の首を刎ねた。
「……ッ!!お前ら!!退いてろ!!」
前線に立つエイトが左手に魔力を込める。
「くらいやがれッ……!!サンダーランス!!!!」
詠唱と共に頭上に掲げられたエイトの手から、幾つもの雷の槍が上空に放たれた。雷の槍はバチバチと轟音を立てレッドウルフに降り注ぐ。
ーーギャウウウゥンッッ!!!
残っていた9体全てのレッドウルフは、雷電によって焼かれた身体から煙を上げ、次々とその場に倒れていった。
全てのレッドウルフを倒し終わったエイトが、息を切らしながらその場にしゃがみ込む。顔は青ざめ額からは冷や汗が溢れだしている。
「……っクッソ!!マナを……ッ使いすぎた…………!!」
「お兄ちゃん!!」
慌ててリリーが駆け寄り、氷魔法で氷嚢を作りエイトの介抱を始めるがエイトの顔色は悪くなるばかりだ。
「ーー水をどうぞ!!」
「わりぃな……モリスさん……」
モリスも腰にぶら下げていた水袋を持って、エイトから順に皆の所を回り始めた。
実はレッドウルフと交戦する前にも、他の魔物と数回戦闘が起こっていたのだ。長時間戦っていたため、他のメンバーの顔にも疲労の色が見える。
やっと、緊張の糸を解く事が出来たフレイも、力なくその場に座り込む。
(……死ぬかと思った!!)
辺りを見渡すと四方をレッドウルフの死骸が転がっていた。
「……40以上いたか?」
大剣を地面に突き刺し、それに体重を預けるように立つバッシュが、乱れる呼吸をなんとか整えてレベッカに聞いた。
「いいえ……50以上はいた。それ以上は私も把握する余裕がなかったわ」
座り込んで天を仰ぎながら、レベッカは答えた。
「みんな体力も限界だし、マナもだいぶ使ってる……早いけど、安全な場所で野営して少しでも身体を回復させよう」
木の幹に身体を預け身体を休めていたベアトリスがバッシュに提案した。
「そうだな。ベアトリスの言う通りだ。リリー、今は他の魔物の匂いはするか?」
「血の匂いであんまりわかんないけど、多分もうこの辺りにはいないよ」
「そうか。……よし、血の匂いに吊られて他の魔物が集まってくるかもしれない。みんな辛いかもしれないが、早い所安全な場所まで移動しよう」
バッシュの言葉に皆がのそりと立ち上がった。
「エイト行けるか?」
「ん……」
「……リリーさっさとそいつを俺の背に乗せろ。俺がおぶっていく」
「ありがとう!ユーリスさん!お兄ちゃんをおねがい」
バッシュの問いかけにも一言答えるのがやっとの様で、未だぐったりとするエイトをユーリスが無理矢理担いだ。
「レッドウルフを全て持っていく時間はないな……。ギルドに報告するも必要があるから数体だけ持っていこう。フレイ、頼めるか?」
「わかりました!」
フレイはバッシュの指示通りレッドウルフの死骸を鞄にしまいながら《鑑定+》スキルを使った。
【名前】レッドウルフ
【詳細】荒地に生息する肉食の魔物。一体一体はそれほど強くないが、集団で行動し時には人も襲うため危険。肉は食用に向かない。赤い毛皮が特徴。
(荒地に生息ってことは、やっぱり元はこの森の魔物じゃないんだ。)
レッドウルフをフレイが収納し終わると、皆は足早に移動を始めた。
「バッシュさん。このレッドウルフって……多分、この森の魔物じゃないですよね?」
先頭を歩くバッシュにフレイが問いかけた。
「あぁ。レッドウルフは元々荒地に生息する魔物なんだが、この辺りの荒地にすらいない筈なんだ。多分、隣国から来たんだろう」
「こいつらって、多分肉食ですよね?レッドウルフが原因でオウルベアたちが逃げて来たってことはないですか?」
「いや。それはないな。レッドウルフは凶暴で数が集まると厄介だが、オウルベアやマッドボアが住処を追われる様な魔物じゃない。多分、レッドウルフも同じく何かに追われてここに逃げて来たんだろう」
「肉食のレッドウルフの大群が逃げてくるなんて……」
「完全に異常事態だ。野営できる場所を早く見つけて、もう一度ホルガーさんに連絡しなければ……!」
普段冷静なバッシュの顔に焦りの色が見える。彼は下唇を噛むと歩く速度を早めた。
いつも読んで頂きありがとうございます!
まさかこんなに沢山の方に読んで貰えるなんて思っていなかったので、本当に嬉しいです!
ブックマーク、感想、評価もありがとうございます!




