口先の魔術師、死す
コメントやレビューがあったら続きを書きます。
「人生という川があったとして、二手に別れているとする。
片一方は生、もう一方は死。
誰しもがその川にボートを浮かべている。
あの日、俺のボートは死の分岐へと流れていった。
それが死とも知らずに。希望を抱きながら」
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俺は経営陣からAIの新案件を任され、いつものように二つ返事で快諾した。
AIのことは全く分からないので部下に丸投げし、研究開発をさせていた。
数ヶ月後、部下から、「強いAI」の開発に成功したと報告を受け経営陣に報告に行くと、その功績が認められて、
30代にして最年少の役員に選ばれただけではなく、
なんといきなり専務のポストが用意されていた。
会社では、俺のチームが開発した「強いAI」を用いた
新商品「強いAIトレードシステム」が完成した。
その商品は、強いAIが株や先物の分析をするというもので、
バックテストでは目覚ましい成果を上げていた。
会社から任された専務としての初仕事は、
その成果を全世界の投資家に向けてプレゼンをし、
過去最高額の資金調達を目指せというものだった。
そして、その成果は主人公が先導して上げたと報告しろというものだった。
次期社長の椅子も見えてきて、成果を急いだばかりにロクに下調べもせず、
完璧なプレゼンをしたばかりに、あんなことになるとは・・・・
プレゼンはもちろん大成功だった。
全世界から運用の依頼が舞い込み、5兆円という国家予算にも匹敵するほどの資金調達を得た。
のちに、政治家や裏社会の人間、果ては小国の国家が国家事業として
強いAIシステムに投資したと聞いた。
リリースから一週間後、事件は起こった。
あるハッカーが社内のサーバーに侵入し、
強いAIシステムのソースコードと内部資料を盗んだ。
そして、強いAIシステムは強いAIではなく、
普通の機会学習と敏腕トレーダーのディーリングによって
行われるものだと判明した。
以前からネットや専門家の中では、「強いAIなんてできるわけがない」などの言葉が飛び交っていた。
しかし、国内最先端の大手テック企業の看板を盾に、
強いAIは完成したと言い張り、
またメディアに圧力を掛け
都合の悪い意見を大衆に見せないようにしていた
また、ネットの掲示板へのステマや
アフィリエイターとの連携、SEO対策、Youtuberへ案件を投げ、
ネットにいる疑惑を持ちそうな芽を積んでいった。
この広報活動は全て、元超一流の広報部長であった主人公が良かれと思い行ったものだった。
専門知識がなかったから、強いAIが完成していないとは微塵も思わなかったからだ。
俺の無知による失敗と、俺の完璧な広報活動が
相乗作用し、
全世界を揺るがす社会問題になった。
主人公は全責任を負い、会社を追われただけではなく、
命まで狙われることになった。
後々側近から報告を受けて知ったことだが、資金繰りに困った社長が
専務と画策して行ったことらしい。
つまり俺はハメられたということだ。
異例の大出世も、一広報部長ではスケーブゴートには役不足だったからだ。
俺は自宅のマンションに引きこもった。
自宅の周りにはマスコミが群がり、逆に安全だったからだ。
しかし突然窓のアルミサッシが蹴破られ、同時に窓ガラスが割れた。
そこから男が二人入ってきて、身体中をメッタ刺しにされた。
大勢のマスコミがその光景を生放送していたが、
誰も止めようとはしなかった。
視界がどんどん暗くなっていき、体が沈んでいくような感覚を感じる。
会社にハメられたのではないか、
他の経営陣は事情を知っていたのではないか、
俺はなぜ死んだのかを考える。
部下が強いAIができたなどと虚偽の報告をしたからか?
違う
自分が先導してこの案件を成功させたとプレゼンしたからか?
違う
AI案件を受けたからか?
違う。
「口先の魔術師」だったからだ。
厳密には、「口先だけの魔術師」だったからだと深く理解した。
もし生まれ変わったら、今度はちゃんと勉強して、思慮深くなって、専門技能を身につけた上で、本物の口先の魔術師になろう。
あと、俺をハメた奴らに復讐してやろうと決心した。
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ちなみにAIとは、一般的に大きく分けて二種類あると言われている
弱いAIと強いAI。現在使われているのが弱いAIというもので、
弱いAIは膨大なデータから事例に沿ったものを引っ張り出してきたり組み合わせたりして、答えてくれるようなものだ。自分で考えたりすることはない。
一方強いAIは自分で考えたりする能力を持つと言われている。
わかりやすくいうと、ドラ◯もんみたいなものが強いAIだ。