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アイスクリーム

作者: うみほし

その日はいつもみたく暑かった。


画面の中の天気予報は連日最高気温をマークしてる。エアコンのない六畳は蒸風呂状態。

よく熱中症にならないなと自分でも感心している。


僕は一瞬の涼しさを欲しがるように、氷を口に放り込んだ。

そのまま頭ごと冷凍庫に突っ込んでしまいたいくらいだ。


「あっつ……」

反響する自分の声が不思議と心地よかった。


君がいなくなってからもうどれくらい経つんだろう。


あれは、まだ雪のちらつく冬の正午、

「またアイス半分こしようね」

そう言って君は居なくなった。

なんてことの無いその一言は僕をこの部屋に縛り続けている。

冬にアイスなんてと思っていた。

彼女はコンビニに行くたび、とろけるような甘い声で僕に、「ねぇ、アイス半分こしよ」って言った。

「この時期にアイスなんて寒すぎるよ。」

そういった僕にお構い無しに、おもむろに手を取ったそれをかごに突っ込んだ。

こたつで寄り添いながら食べたアイスは寒さなんてかき消すほど美味しかったのを覚えている。


もう三年以上も前の出来事なのに昨日起きた事のように思い出せる。懐かしさで溺れてしまいそうだ。

けれど、それを現実に引き戻すのは紛れもなく夏の暑さだった。


彼女は日々を全力で生きていた。

春は桜の花のようにたおやかに、夏は向日葵のように強く、秋は舞う紅葉のように軽やかに、冬は積もる雪のようにしとやかに。

一日一日が彼女を祝福した。

その隣で見る笑い顔は僕の全てだった。

決められた時間の中で彼女は許される限り羽をいっぱいに広げて飛んだ。

少し目を離せば置いていかれてしまいそうで必死にしがみついた。それすら僕の幸福だった。


君が窓辺に置いた花瓶は一輪を待ち焦がれ口をあんぐり開けている。

あの日からどうしてもさす気になれない花瓶越しに雲を眺めている僕は、止まったままの時間を一秒でも動かすことが出来ないでいた。

「やっぱり百合がいちばん綺麗だよね、1本でも映えるし、いい匂い。」

その言葉をに聞きたくて仕舞えないでいるのかもしれない。


君の好きなものが僕の全部だったよ。

冬に食べるアイスも、部屋中に撒き散らかされたむせるような百合の匂いも。

その一言が言えないまま彼女はいなくなった。


白い部屋の中で飾る百合の花は煙たがられた。

匂いが強すぎるからここには向かないのはわかってる。

それでも少しでもいいから思い出して欲しかった。

狭い窓辺に揺れる花の匂いを、過ごした日々を。

帰ってきて欲しかった。

もう一度だきしめたかったんだ。

わがままなのはわかってる。わかってはいる。


刻まれた機械音が僕を責めるようにリズムを刻んでいた。


彼女が羽ばたいたのはちょうど今日みたいな暑い日だった。

5月だと言うのにうだるような熱気は僕達二人を包み込んでいた。

「ねぇ、そろそろ起きようよ。いつまで寝てるんだよ。」

その言葉も虚しく、白い壁に吸い込まれていった。


閉じた目をこじ開けて見せてくれないか。

とろけるような甘い声で笑いかけてくれないか。


思いは暑さに溶け込んで、淡い緑青がさざめいていた。


僕と彼女は知り合った時から終わりを知っていたんだ。

少しでもその日を伸ばそうと懸命にもがいた。

2人でもがいた。

僕達を邪魔する何もかもを噛み砕いて蹴散らかしてこれからも平穏な日々が続くことを願っていた。

けれど、残酷な時計の針は刻一刻と時の音をかなでた。

やりきれない切なさが頬を伝う。

そんな僕を見て彼女は優しく「もう、泣かないでよ」と言った。


わける相手の居なくなったアイスはしょっぱかった。

甘いはずなのに。

三年以上たった今でも溶ける甘さを感じることが出来ないままでいる。


君を思い出のまま噛み締めて、噛んで噛んで、味気の無くなったガムを捨てるように紙に包めたら良いのに。


網戸越しに見た空にはアイスクリームのような雲が浮かんでいる。

写真の中の君が僕に笑いかけた気がした。

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