2019年12月「インフルエンザA型」
「やばい、だるい」
ケースケは池袋の高層マンションに一人で住むイノリの部屋で、イノリが最近はまっているウェブサイト作りを手伝っていたが、急に悪寒がして、ノートパソコンの画面を見ているのがつらくなり、口にでた言葉だ。
「どうしたの?風邪でもひいた?」
イノリはカテキン入り緑茶を湯呑に二人分入れながら、ケースケの顔を覗き込んだ。
「いや、このウェブサイト、ちかちかして、目に痛いわ。あと、内容も痛いわ」
「失礼ね!SDGsの重要性を広く啓蒙するためには、こういう地道でまじめな取り組みが大切なのよ。
ユースケみたいな自分大好き人間にはわからないのだろうけど」
「・・・まぢか」
「おおまぢよ!」
「そう・・・」
「・・・ユースケ、やっぱり、具合悪そうよ。いつもなら、わーきゃー反論するじゃない?」
「あー。すまん、熱っぽいかも」
「ちょっと、待ってて。体温計とってくる・・・あ、はい」
「Thx」
・・・
P!
・・・
P!P!
「んーー、げ、38度7分だ」
「今すぐ、病院に行ったほうがいいわ。たしか、マンションを出てすぐ左側、池袋メトロポリタン劇場前あたりに夜間でも開いている病院があったわ」
「めんどーだなぁ・・・だるだる・・・」
「四の五の言ってないで、行きましょ。私も付き合うから」
「んなん。一人で行けるわ。あと、そのまま、もう帰るわ」
「必ず、行くのよ?」
「わかったわかった」
ケースケはイノリが住む高級マンションをでると、まっすぐ病院に向かった。
病院の待合室では老若男女数名が景気の悪そうな顔をして、診察に呼ばれるのを待っていた。
ケースケは受付をすますと、待合室に、少し前に流行った少年コミック「感染ゾンビ列島(5巻)」が一冊だけ置いてあることに気づいた。ユースケは病院に置くジャンルとして、いかがなものかと思いながらも、ユースケの好きなパニック本だったことから、本を手に取り、パラパラと字を読まずに絵だけを眺めて、自分の番が来るのを待った。
なかなか呼ばれないなか、スマホゲームのログインボーナスを取り忘れていることを思い出したが、この日はアプリを起動するのも面倒に思えたので、これを機に引退して、学業に専念しようかと考えはじめたとき、ようやく自分の番号が呼ばれた。
診察室に入ると、女医がなにかを書きながら、こちらを見ずに、「どうされましたか?」と聞いてきた。ユースケは、女医がマスクをしているので、確信はもてないものの、美女に違いない、否、美女ということにしようと思いながら、「熱があって、だるいんです」と申し出た。
女医はユースケに向き直ると、ユースケの目をじっと見つめてきた。
ユースケは思わず、ドキッとしたが、すぐに「(どんだけ免疫ないんだよ)」と恥ずかしく感じた。
「イーって声をだしてください」
「イー」
「もっと大きく口を横にあけて、イーです」
「(え、ちょっとはずいんだけど)イー!」
「もっと大きく!イー!」
「(え、怖い)い、イー!!!」
「はい、のど、腫れてますね。あと、いま、インフルエンザ流行っているので、検査しますよ?」
「え、それって別料金かかりますよね?」
「そうですけど、そんなに高くないですよ」
「(金欠なのに・・・)わかりました、お願いします」
「じゃあ、鼻にこれ、入れますので」
「あ、はい」
ず・・・
「ぅ・・・」
ずず・・・
「!・・・」
ずずず・・・ず
「(ぇ・・・え、こんなに奥に・・・)」
ずずずずずず
「(やだ、もう、むり!)」
ずずずずずずーーぃ!
「(もう、我慢できない!)ふぁああくしょん!!!」
「はい、もういいですよ。これで鼻かんでください。」
「ぅ~~・・・(じゅるじゅる、ぁ~、かっこわりぃ・・・)」
「じゃあ、そちらのパーティションの向こうで待っていてください。結果がでたら、お知らせするので。
って、あ、もう陽性反応でましたね。早いね!(にっこり)」
「妖精?あ、陽性ね。って、陽性ってどういう意味ですか?」
「この場合、インフルエンザA型に感染しているってことです」
「え、あーー、そっかぁ。(やべ、イノリにうつしたかな)」
「薬だしておくんで、もういいですよ。待合室じゃなくて、そちらの部屋で待っていてください」
「はぁ。」
ケースケは自分がばい菌扱いされていることに気づき、一瞬イラっとなったが、それもやむなし、と思い直した。そうして、ログインボーナスをゲットしながら、隔離された別室で会計を待つのであった。