2013年春
エジト国籍を持つ、若き天才ウイルス学者のDr.ザキアリは、サウージ国から送られてきた、コロナウイルスのサンプルを電子顕微鏡で眺めていた。
電子顕微鏡で観察されるコロナウイルスは、直径約100ナノメートル(つまり1万分の1ミリ)の球形で、表面には突起が見られる。形態が王冠“crown”に似ていることからギリシャ語で王冠を意味する“corona”という名前が付けられた。
コロナウイルスは家畜や野生動物などの、我々の周りに棲息するあらゆる動物に感染し、様々な疾患を引き起こすことも知られている。イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、ニワトリ、ウマ、ラクダなどの家畜に加え、シロイルカ、キリン、フェレット、コウモリ、スズメからも、それぞれの動物に固有のコロナウイルスが検出されている。多くの場合、宿主動物では軽症の呼吸器症状や下痢を引き起こすだけであるが、致死的な症状を引き起こすコロナウイルスも知られている。
コロナウイルスの種特異性は高く、種の壁を越えて他の動物に感染することは殆どないが、人によく感染し、風邪の症状を引き起こすものと、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス、いわゆるSARSと、中東呼吸器症候群コロナウイルス、いわゆるMERSに種類がわかれる。
Dr.ザキアリは、電子顕微鏡で眺めながら、これらのどのタイプにあてはまるのか、頭の中で目まぐるしく検討を重ねていった。しかし、どうしても、確定できず、サウージ国への結果報告を先延ばしにしていた。やがて、Dr.ザキアリは自身が調査しているウイルスが未知の新型コロナウイルスで、しかも、かつてない重大な特異性をもっている可能性が高いと判断したが、それが若さからくる経験不足の可能性を否定することは、できなかった。Dr.ザキアリの判断によれば、このウイルスは人類にとって、ありえないほどの脅威を示すことになるからだ。
そこで、Dr.ザキアリはオレンダ国の著名なウイルス学者であり、Dr.ザキアリの先輩でもあるロンフォウ博士に自身の見解をたずねることにした。Dr.ザキアリは幼少期より、神童の誉れ高い子供であったが、だからといって、天狗になることなく、他者の意見に聞く耳をもつ、攻守バランスのとれた博士であったのだ。
Dr.ザキアリは初見と関連資料のPDFをセットにしたデータを秘密鍵で暗号化処理したうえでロンフォウ博士に送付した。また、厳重に密閉した容器にウイルスを入れて、特殊な運送機関を用いてウイルス自体も送付した。
ロンフォウ博士はデータを復号鍵で解凍すると、さっそく、その膨大な資料をすべて精読した。資料を読むにつれ、資料を読むにつれ、ロンフォウ博士の顔に多数の汗が浮かんだ。
その数週間後にウイルスがロンフォウ博士にもとに届いた。
ロンフォウ博士は電子顕微鏡でそのウイルスを確認操作する際、自身の手が震えていることに気づいた。博士がこのような極度の緊張のもとに実験することは、ウイルスの取り扱いに慣れ、長い経験を持つ博士をして、はじめてのことだった。
ロンフォウ博士はまず、既知コロナウイルスの特徴があるかどうかを識別するために、広域スペクトル「汎コロナウイルス」リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)法を用いた。これにより、新型であるという結論を得られた。
そして、Dr.ザキアリの初見の裏付けをとるため、遺伝配列の再確認試験も行った。遺伝配列を確認したところ、HIV、いわゆるエイズウイルスとまったく同じ配列がいたるところに存在することにすぐに気づいた。
以上の試験結果から、このウイルスは通常の風邪型コロナウイルス同様、感染力が高く、そして、エイズウイルスと同様の症状をもたらし得ることから、危険性がもっとも高いランク(バイオセキュリティレベル4)に相当する新型コロナウイルスであると結論づけたのだった。