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ひんと<当千>を回復カウンターに預け、回復してもらった後。
ティオヴァルトとツキヒにはいつもの食事場所で待っていてもらい、咲也子はテリアの店にやってきた。シャーロットには店の外で待っててもらった。万が一にでもマフラーが外れ犯罪奴隷とわかれば卒倒しそうなテリアへの配慮である。相変わらず客はいなかったが、それでも閑古鳥は鳴いている様子もないため一体いつ客がきているのかぜひ知りたいところだ思いながら扉を開ける。
「お迎え来たから帰る、のー」
店に入って開口一番。その一言を告げた時の、寂しそうながらもうれしそうな顔でテリアは笑った。すぐにカウンターから出てきて、咲也子の前まで来ると目線を合わせるようにかがんでくれた。せっかくだから、と被っていたフードを脱ぐ。
「お迎え、来てくださったんですね。よかった。もうお一人ではないんですね?」
「ん。お家にいっぱいいる、のー」
「そうですか」
よかったと目を潤ませて、テリアはリボンタイの上から右手で胸を押さえた。にこにこと笑った後に、ふと顔を暗くさせる。
「それでは、もうお別れですね」
眉を下げ、泣きそうに顔を歪めて寂しそうに言った。店の中は、かちかちという時計の音以外がなくなる。その静寂のなかで、少し開いた窓から春風がカーテンを揺らす音がまるで遠慮しているかのように小さく聞こえた。
「転移石あるからね、またくるの、よ」
胸から下ろされたテリアの手に咲也子が触れる。袖越しにきゅっと握った手は、布越しでもわかるくらいに冷たくなっていた。店の中が咲也子にはちょうど良かったがテリアには寒かったのか、驚きのあまりかはわからないが、ぎゅっぎゅっともみ込むように、熱を分け与えるように小さな両手がテリアの右手を包んだ。
咲也子の気遣いがうれしくて、若干泣きのはいった顔でテリアは笑った。
「はい、お待ちしていますね!」
どこか健気さすら漂うテリアへと挨拶を終え、お世話になったからとミリーのもとに挨拶へ向かったところ、テリアと正反対に滂沱の涙で別れを惜しんでくれた。が、健気さのかけらもなかったことはきちんと記しておきたい。
「本当に帰ってしまうんですか!? マッチョじゃない冒険者は貴重なんですよ? ずっといてくれたほうがうれしいんですけど」
「お家帰る、のー。ツキヒ迎えに来てくれたか、ら」
「おのれマッチョ!」
ツキヒとの会話を聞いていたらしく、止まり木の前を通りかかるとミリーはすぐに駆け寄ってきた。探す手間が省けてよかったと思ったのは内緒だ。それと一番最後に話そうと思っていたことも。
転移石でまたいつでも来れることを伝えると、絶対来てくださいね、約束ですよ! と指切りまでさせられて。ミリーの目の端には光るものがあったものの、笑顔で見送ってくれた。
最後に目指したのは神殿である。シャーロットが無事に咲也子に買われたことを知らせるためにやってきたのだった。
あふれるような人ごみに、咲也子はシャーロットのほんのりと膨らみがあるばかりの胸に大事そうに抱きかかえられていた。きりりとした表情で、騎士独特の歩調で歩くどう見ても騎士風の女性とフードを目深にかぶった幼女という組み合わせは人目を引いた。2人を避けるように道行く人々。なんとはなしにその光景を見ていると、神殿の白い階段から白い修道女が駆け下りてきた。
「主よ!」
例の修道女である。
礼拝に来たのか、階段をのぼっていく人々と時折ぶつかり合いながらも謝ってはまたぶつかってを繰り返して数度。急いで咲也子たちに駆け寄ってくると、咲也子を抱えているシャーロットに気付き、ぐすっと洟をすすった。
「シャーロット様、よくぞご無事で……!」
「ああ、ありがとうアメリア。君のおかげだ」
口もとを手のひらで覆ってぽろぽろと涙を流す修道女に、そういえば名前聞き忘れてたなあと咲也子はほのほのと花を飛ばして眺めていた。感動の再会である、邪魔しちゃ悪いかなと思って出来るだけきゅっと身を縮こまらせていた。何度も何度もアメリアにお礼を言われながら、ふるふると首を横に振っている咲也子たちはばいばいと手を振って、また来ることを約束して3人はしばしの別れをしたのだった。
そのまま咲也子とシャーロットは荷物をまとめて待っているティオヴァルトとツキヒの待つ、人気の少ない池の前に急いだ。その耳にはティオヴァルトがくれたイヤリングがきらりと光る。
待ってくれていた2人に咲也子が近づくと、ツキヒが転移石を咲也子に渡そうとして、ふと手を止める。
「あ」
「ん?」
「なんだ?」
「ああ?」
何事かとうかがうティオヴァルトとシャーロットと咲也子。のぞき込むように下から見上げる咲也子に、ツキヒは視線を合わせた。しばらく見つめ合った後、ゆっくりと口を開く。
「心配した」
「今さらかよ」
「もっと前に言えただろう」
重大なことを告げるように、神妙に頷きながら言うツキヒにティオヴァルトとシャーロットが耐えられずに突っ込みを入れる。本来ならば、再会した瞬間に言わなければならないはずの言葉だが、どうやら勝負に目がくらんで忘れていたらしい。バトルジャンキー怖い。
「観光楽しかった、のー」
「返事もそれでいいのかよ」
「主よ……」
昼時の単語のやり取りよりはましになったものの、若干ずれた受け答えにティオヴァルトは脱力して肩をすくめた。何といえばいいのかわからないといった様子で困惑気にシャーロットは眉間にしわを寄せた。ぽかぽかとした春の日差しにすら慰められているような気がして、ため息をつく。
ちなみに、ツキヒと咲也子はそんな奴隷2人を不思議そうに見ていた。天然も怖い。
何はともあれ、会話の後に咲也子の小さな手に転移石は渡っていった。座標の描かれたそれを右にティオヴァルト、左にシャーロットと手をつなぎながらぎゅっと握る。
ふわりとした浮遊感を抜けると、赤い屋根、白い壁、湖の岬に建てられた塔。後ろを振り返ると、木造のどこかかわいらしい建物に猫の絵が描かれた看板の喫茶店。
「ただい、ま」
懐かしの我が家だった。




