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(賢い子だ、でも)


 同時に愚か。様々な可能性をめぐらせることができるのなら、いまの状況をよりよくするために努力するべきである。少なくとも、咲也子はそう思う。だから、ここはティオヴァルトを睨みつけるのではなく、内心はどうであれ笑って見ればよかったのだ。少しでも己を好意的みせるべきであったのに。せっかくの華やかしい美貌があるのだ、人は見た目で7割は得をできる。美しいものというのはそれだけで好意的にみられるものなのに。

 シャーロットを見ながらつらつらとそんなことを考えていた咲也子に、どう思ったのかティオヴァルトと同じように装飾感あふれるレイピアを持ち上げるように言う。


「シャーロットはティオヴァルトと同じで龍の住処……」

「事情知ってるの、よー」

「ちょ、ちょっと待ってください。私を買おうとしているのはこの男ではなく……!」

「こちらの方だ、シャーロット。ティオヴァルトはお前と同じ奴隷だ」

「おれなの、よ」


 食いかからんばかりに扉からレイピアのもとに行き、震える手で壁にかかった細身のそれの柄に手を掛け震えながら両手で持ち上げる。噛みついてくるシャーロットは、信じられないものを見る目ではーいとソファーの上で手を挙げている咲也子を見た。

 ということはだ。もしかしたらすでに持っている奴隷の妻を探すためにここに来たのかもしれないと、奴隷に詳しくないシャーロットは考えた。どちらが主人だとしても嫌な予感しかしなくて、シャーロットは覚悟を決めた。


「ではシャーロット、しなくていい。……シャーロット?」


 途中で制止をかけるがそれよりも早く、シャーロットはレイピアの震えて定まっていない剣先を自らの喉に当てた。


「シャーロッ、ト」

「……は、わが身の」

「シャーロット!?」

「私の信仰は、わが身の純潔とともに。永遠に主へと捧げます」


 そのまままぶたを閉ざし、つーっと一筋の涙が目じりを伝って絨毯の敷かれた床に落ちて黒い染みを作った。力をこめてシャーロットがレイピアを自身の喉に突き刺すより早く。力をこめるためだろう。一回引いたその隙に、咲也子は呟いた。


「ティオ」


 その言葉に弾かれたみたいに、座っていたソファーから跳ね起きてまたいだティオヴァルトがシャーロットに向かって駆けだし、その手からレイピアを叩き落とす方が早かった。そしてレイピアを蹴って遠くに飛ばす。

 その素早さに、突然目の前に現れたティオヴァルトに呆然としている間にレイピアを奪われたシャーロットは。力が抜けてしまったかのように絶望を表すようにぺたんと床に座り込んだ。そしてゆるゆるとティオヴァルトの名前を呼んだ咲也子を見る。涙にぬれたその目は唖然とした仕草とは正反対に強く咲也子を睨もうとして止まった。


「シャーロット」


 ぶわりとまるで風をはらんだ波のように。咲也子のまとう空気が一変する。波紋が広がるみたいにその波は応接室内へと広がる。それは当然のようにへたり込んだシャーロットにも降り注いだ。

 息をすることすら許しが必要だと思うほどに、その少女の小さな口からはかれる言葉が何よりも高貴なものではないかと強く感じる。それ程にその存在は、生き物は、厳かに高尚だった。

 はくっと口が空気を噛む。喉の奥に言葉が張り付いて出てこない。だいたい、息をすることすら許可が必要だと思うこの空間でどんな言葉ならはけるというのだと自身の考えに内心シャーロットは笑った。


 シャーロットは理解できなかった。いままで騎士として迷宮にもぐりそれなりに強大な魔物と対峙してきた。それでもここまでの圧倒的な支配感なんてなかった。でも違う。魔物だなんておこがましい。この存在は……。


 信仰心が叫び、常識が否定する。その中でふと思い出したのは自らをシャーロット様と慕ってくれた修道女だ。顔を見れば挨拶をする程度の仲だった修道女・アメリアは。

 何と言っていた、少し前に。「主が神殿にいらっしゃったのです」と喜んではいなかったか。あの修道女は。さすがに不敬だと諫めた自分が、まさか本当に。この存在をアメリアが教えてくれていたのだとしたら。


「主……よ」

「君のその信仰心は、敬意に値する」

「あ……」


 音もなくソファーから立ち上がり、ことさらゆっくりと近づいてくる少女。時間はまるで止まってしまったかのように部屋に静寂が落ちる。フードを被ったままだったが、少女より低い位置に座り込んでいたシャーロットには少女の目がよく見えた。青く輝く、宝石なんかよりも美しい瞳が。‘憤怒‘の存在強化を使っている、その青が。

 やがてシャーロットの前に来ると、静かにしゃがみ込んだ咲也子はそのすべらかとは言いがたい、ところどころに傷跡の残る。お世辞にも綺麗とは言えない血の気の失せた白い手にそっと触れた。


「主、よ」

「おれを信じてくれるなら、その信頼には信頼で返さなくてはね」


 喉の奥から絞り出すみたいに、咲也子を「主」と呼んだシャーロットに、咲也子の後ろで館主が目を見開いた。ティオヴァルトは、平然と言うにはどこか不機嫌そうに2人を見ていた。

 かちりとはまるように、吸い込まれるように「合致」という言葉がふさわしいくらいにその青い目と、対照的な薔薇色の目が合わさる。

 そして

 一度咲也子はまぶたの奥にその瞳を隠すと、もう一度開いたとき変わらず青い目で咲也子は呟いた。


「さあ、開いて」


 幼い少女の声が低くなり、空気がざわめく。ここには4人しかいないはずなのになぜか空気が蠢くのを感じる。窓から入ってきていた陽光は遠くなり視界が急激に暗くなる。

‘憂鬱‘の全開放に青く染まるその瞳だけが、暗くなった視界の中で光っていた。

 闇に抱かれるように、ティオヴァルトと館主、咲也子とシャーロット以外は何1つ感知できない異世界へと迷い込んでしまった気がして。シャーロットは座り込んだままその身をかき抱いた。

 その中でもぱきん、ぱきん、ぱきんとガラスを踏み抜くみたいな音が3回。耳元に近いところから聞こえているような気がした。

 咲也子の青い目に見つめられ、どのくらいたったのだろうか。時間から切り取られているみたいな空気はいまだ続いていて、正確なそれを知ることはできなかった。ただ。


「もう大丈夫、よー」


 ほわりと空気だけで微笑んで見せた少女に、その貴き流れは断ち切られる。その瞳はもう青く光ってなんてなくて、黒曜石のように黒々とした目のただの幼い少女しかそこにいなかった。青い目をいくつも使いこなす、その才能へびを。神話上の神様はそっとまぶたの奥に隠した。


 それを呆然と見るシャーロットの目には呪印は1つも見当たらなかった。



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