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飽くなき'暴食'

「本屋さん行きたい、のー」


 正直、ティオヴァルトは咲也子の知識に対する執着、‘暴食‘をなめていた。

 ティオヴァルトの知らぬ間に談話室の本を読み切っていたこと、ティオヴァルトを買った日に行った問答でその片鱗をのぞかせていたというのに、それを見逃していたのだ。

 いくら知識を求めていても、目の前のもので事足りていると、ティオヴァルトは勝手に思っていた。そう、思い込んでいたのだ。だがそれが大きな間違いであると、片鱗は確かであったと今思い知った。


「本いっぱい欲しい、の。【アイテムボックスに】いっぱいになるくら、い」

「やめとけ」


 入れる容量に制限がないことで有名な、商業ギルドの羨望の的【アイテムボックス】。それがいっぱいになるくらいまでということは、事実上本屋に置いてある全部の本を買い占めると言っているのに等しい。

 いっぱいと腕を広げた咲也子のさすがに反感を買いかねない行動に、ティオヴァルトは待ったをかけた。


「ん……冗談、よ?」

「嘘つけ」


 ちらちらと視線を動かしながらどう見てもわかりやすく嘘な発言にティオヴァルトはとどめをさした。そしてうなだれる咲也子に代替案を出すことで、その知識欲を満たすことを提案した。


「図書館にしとけよ」


 ばっとティオヴァルトの顔をあげて見上げてくるそのフードの中で、咲也子の瞳が青く輝いた気がした。

 こんなやり取りがあり、午後は図書館へと赴くことになった。


「おじさん、これください、な」

「おっ、嬢ちゃんが食べるのかい?安くとこうか?」

「お金ならいっぱいある、の」

「おー羨ましいな。おじさんも1度言ってみてぇ言葉だ! ほら、一緒にブーケも包んでやったから、そっちの兄ちゃんと一緒に食べな!」

「おじさんありが、と-」

「おう! いっぱい食べて大きくなんな!」


 果物のテントが立ち並ぶ中で咲也子は夕飯のデザートにフルーツの詰め合わせのバスケットを買って【アイテムボックス】にしまう。ブーケとは、その名の通り一房にたくさんの実がなる赤い果実である。春の陽気よりも明るいおじさんにフードごと頭をわしわしとなでられる。はっきり言って痛かったが、それよりも果物屋のおじさんの心遣いがうれしかった。


「ひんも。一緒に食べよう、ね」


 午後の穏やかな日差しの中、嬉しそうに震えるカードを咲也子がひとなでしたところで、それを見つけた。


「ティオ、ねこさん、よー」

「そうだな」


 不揃いなテントが立ち並ぶ中、図書館へと向かう道の中で咲也子はコーヒー豆を売っている店の樽の陰に白い子猫を見つけた。道の端にしゃがみ込んで子猫をよく見る。

 薄汚れてはいるものの小さくて柔らかそうなそれはひどく庇護欲をそそって、咲也子は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚とともにテンションが上がっていくのを感じた。


「ねこさん、ねこさん。干し肉食べる、の?」

「まだ小っせえんだから肉より、さっき買ったブーケでいいんじゃねえの?」


 咲也子が触ろうとすると、逃げるどころかすり寄ってくる子猫に、ほわほわと花が飛ぶ。おそるおそる黒いワンピースの袖越しに寄ってくる子猫を抱き上げて、ご満悦な咲也子は猫にしゃべりかける。返ってきたのはティオヴァルトからの返事だったが。

 ティオヴァルトに断ってから、さっそく先ほど買ったバスケットの中からおじさんがおまけしてくれたブーケをむいて、子猫の口元に当ててみると鼻を数度ひくつかせた後に、ぱくりと口に含んだ。


「かわいい、の。おいしい、にゃー?」

「にぃ」

「にぃ、にぃ」

「にぃにぃ」

「ティオ! まねした、の」

「それしか鳴けねえんだろ」


 咲也子は嬉し気にもう1粒、とむいたブーケを子猫の口もとに当て食べさせる。ほわほわと和んでいる空気が全身から出ていて、道端なのにそこだけ明るく感じたのはティオヴァルトの気のせいだろうか。

 声を聞きつけたのかいつの間にかこちらをのぞき込んでいた、恰幅の良い丸メガネのコーヒー豆を取り扱っている店の親父は口もとが思わずと言ったように緩んでいて、通りかかった通行人たちもその和やかな雰囲気に顔を緩めている中で。

 ティオヴァルトは子猫を抱えて喜んでいる咲也子を、今までの人生で味わったことのない不思議な気持ちで見ていた。

 胸が締め付けられるような感覚とともにどうしようもなくテンションが上がって口もとが緩みそうな。なんとか表情には出していないものの、今にも歪みそうな口もとを抑えるだけで精一杯なティオヴァルトの鋭い目はさらに鋭くなっていた。


 偶然にもそれに気づいてしまった見物人の何人かはひっと声を小さく上げていた。それは奇しくも咲也子が子猫に抱えている気持ちと全く同じだった。


「何をやっている!」

「あ……ねこさ、ん」


 道端に人だかりができているのを不思議に思った警備隊の若者が大きな声で声をかけるのと同時に、びっくりした子猫は咲也子の腕を抜け出して走り去ってしまった。

 しょんぼりと肩を下げて残念そうにする咲也子に、ティオヴァルト若者を睨みつける。いや、和やかな空気を壊した彼は、道端に集まっていた皆から睨まれていた。


「な……なんだ」

「兄ちゃん、もうちっと静かに声かけらんねぇのか」

「そうだよ。猫が逃げちゃったじゃない」

「せっかくお嬢ちゃんがかわいがってたのによ」


 若者に口々に文句を言うと、元気出しなと咲也子の肩やフード越しに頭を撫でてやじ馬たちは散っていった。やじ馬たちに元気づけられていた咲也子はあんまり気にした風もなく、ティオヴァルトの手をひいた。


「ティオ、図書館行くの、よー」

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