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プロローグ

 白いテーブルクロスの敷かれた、丸いテーブルを10名で囲む。

 白いシャツにプリーツスカートとスラックスを基調に、それぞれ色の違っているカーディガンを身に着けそれと同色の髪と青い目を持つ9名。


 それに囲まれるように、上座に座っているのは、白いケープに時代遅れの黒いワンピース、白いタイツに茶色のブーツをはいた顔に傷があるが。前髪の一部を三つ編みにして、赤いリボンで止めているところがかわいらしい、幼い少女だった。


 猫のドアベルのかかった扉の両横にある磨きぬかれた窓からは新緑に萌える木々が見える。

 そんな窓辺には多肉植物やサボテンを白いティーカップを模した植木鉢に寄せ植えし、取っ手には可愛らしく赤いリボンが巻かれたものなどが置かれていた。

 テーブルは白いレース調のテーブルクロスが敷かれたものが、全員が着席している丸いもののほかに、四角いものが3つの窓辺にそうような形で配置されている。

 穏やかな春の日差しは、木製のカウンターの中に置かれた調味料や茶葉の入ったたくさんの小瓶をきらめかせて、店内に反射していた。

 ガラス瓶に混じって丸く眠る猫の置物やくちばしを小さく開けてつぶらな瞳で見てくる小鳥など可愛らしい物が所々に置かれていた。


 開けていた窓からはすうっと柔らかい風が吹き込んで、新緑の香りとともに白いテーブルクロスを揺らす。


 店自体は木造でそれが、全体的にアンティーク調な店内に拍車をかけている。また、可愛らしい小物がそこら中に散りばめて置いてあり、女の子らしい柔らかい雰囲気となっていた。


 バニラと数種類のベリーの甘酸っぱさ漂うパイタルト、口の中でアーモンドクリームを残して消えるマカロン、ふわふわ真っ白の生クリームに艶やかな苺が一粒のったショートケーキ、しっとりスフレのチーズケーキとスコーンのジャムはマーマレード、レモンクリーム、ミルクジャム。3つのティースタンドに全種ずつ配置されたそれらと、2つの大きなボウルの中にはきらきらひかるクラッシュコーヒーゼリーとオレンジムースといった変わり種が用意されていた。


 アッシアの紅茶、リリアの茶葉、ミルクティー。

 彼らの主たる咲也子さくやこが日々ブレンドを繰り返し、彼らの好みのため個々に作る紅茶はその時のティータイムの内容によって変わる。今回は渋めに攻めてみた咲也子は皆に口々に紅茶を淹れる腕を褒められて嬉しそうである。

 白い取り皿に好きなお菓子を取り、彼女に紅茶を淹れてもらい、この会の主役である咲也子との会話を才能へびたちは楽しんでいた。


「主、コーヒーゼリーのお代わりはいかがでしょうか」

「主、見てみなよ。次兄じけいの皿、性格でてるよねぇ」


 暖かくなった日差しに、黒いカーディガンを腕までまくり、ガラスの器でコーヒーゼリーを差し出してくる襟足の長い‘傲慢‘の名を持つ才能へびの青年・クロエと。全種類を皿からはみ出んばかりに乗せている赤いカーディガンの青年、クロエと同じ顔形の‘強欲‘ことマシロを揶揄する白いカーディガンのおさげの少女‘暴食‘であるキイナ。

 ちなみにキイナはマカロンとスコーンのみを自分の皿に移し、他のお菓子は弟である茶色のカーディガンを着た、所々癖っ毛の青年‘色欲‘ことヒイナからぶんどっていた。

 本当に性格がよくにじみ出ている。


「主、ショートケーキもうまい。食べてみるといい」


 ヒイナはそんな姉の態度をいつものことと受け流し、ショートケーキの苺をすくい咲也子の口元に近づける。

 姉からの弟への仕打ちはいつものことであり、もう反応すら面倒くさくなったのか。

 だが


「うん。おいしい」

「あんたにやったんじゃないぞ、次兄!」


 さすがに怒った。小さい主にあげようと苺の部分をすくっておいたのにも関わらずマシロが食らいついたからだ。挙句の果てにおいしいとか。

 そんなことはわかっている! といった目線で睨んだ。これもけっこういつものことだ。


「あらら、じゃあ私からはコーヒーゼリーを、我が主に」

「あー、じゃあ僕からはオレンジムースね」


‘虚飾‘である月色のカーディガンを身に着けたポニーテールの少年とツインテールの少女、リヨとニナにあーんとつられて口を開けると最初にコーヒーゼリー、飲み込んだらオレンジムースをいれてもらう。


 つるつると喉を通る感触が楽しくて、ひんやりと気持ちよかった。おいしい。満足そうに頷いて、咲也子は空気を綻ばせる。ほわほわと花が舞わんばかりのそれに、全てのお菓子を手掛けたクロエも嬉しそうな顔をして口元を緩める。

 続いてクロエが入れてくれたコーヒーゼリーを食し始める。


 おいしくてぱたぱたと地面から10cmほども離れた両足を揺らす。黒いワンピースの裾を揺らして、白いタイツに包まれた足が喜びを表現していた。

 

 小さい子どもがよくやる仕草に。可愛らしい、と周りの才能へびたちが頬を緩める。窓から入ってきた風が、それぞれのカーディガンと同色の髪を揺らした。すべての青い目は愛おしいものを見るように和んでいた。


「主、お行儀が悪いですよ。いけません」

 

 行儀悪くもいっぱいにうれしさを表現していた咲也子をクロエがたしなめる。

 いさめられて足を止め、しょんぼりとうつむきながら咲也子のスプーンを持つ手が止まる。 クロエは苦笑すると、咲也子の手からスプーンを受け取り、取り皿に乗ったコーヒーゼリーをその小さな口に入れていく。


「主、あーんですよ」

「主を叱るなんて長兄ちょうけいも調子に乗ってると思わないかい? この万年片想いのロリコンが」

「万年片想い関係ねえだろ。ロリコンでもねえっつうの。黙れ長妹ちょうまい

「主、哀れ」

「我が主が外で食事をとるときに、他の奴らから『礼儀知らず』だなんて思われた方が哀れだろう」


 にやにやしながらキイナが煽り、マシロも乗っかる。振った方は厭味いやみ半分、乗った方は主への好意100%だったが。

 クロエと同意見のヒイナがため息をつく。少し疲れたようにかっちりと第一ボタンまではめていたシャツのそれを1つ外した。


「もう、長姉もにぃたちもやめなよね」

「それ以上やっても事態は好転せず、むしろ現在主がコーヒーゼリーを食していることで主の満腹中枢が刺激されるだけとなる気がするんだが」


‘憂鬱‘であり、漆黒のカーディガンを着ている肩までのストレートの少年と腰まである髪をふんわりと巻いてある少女ミサキとマイは一応止めるものの我関せずを貫いた。

 なぜか。だってティータイムを始める前に主に1枚ずつクッキーを食べさせていたからだ。事前に咲也子と触れ合うことが出来ていた。つまり、ご機嫌。

 2人ともいっぱいにスフレチーズケーキを頬張っていた。


「えー、長兄ってロリコンじゃなかったの? ユカリ初めて知った!」


 キイナの悪ふざけにほいほい乗っかる紫紺色のカーディガンを身にまとう少女‘怠惰‘ことユカリはプリーツスカートを揺らしながら言う。暇ならばひょいひょい煽りに乗るユカリはどうやら暇だったらしい。にまにまとした口元をぶかぶかのカーディガンの折り返した袖で隠すが、雰囲気が場を全力で煽っていた。


「大変ですよ!? 我が主! もしかしたら長兄が椅子に乗せてくれなくなってしまう危機です! お茶会出来なくなってしまうかも!」

「! クロ……」


 ユカリの無責任な煽りに咲也子が慌てたようにクロエを見る。

 無表情から変わらないものの、そのまとう空気が焦っているように感じさせた。小さな手は緊張したように膝の上で握られている。


「いえ、主を椅子に乗せるのは俺の仕事ですから。心配ありませんよ、主」

「聞いた!? 『仕事だから』だって!」


 そんな咲也子に安心させようとクロエは穏やかに微笑んで見せるが、ユカリの椅子から立ち上がり目元を抑えるという大げさなパフォーマンス。さらなる煽りに咲也子はだんだん涙目になってしまう。

 ほぼ半泣きと言ってもいい状態である咲也子に、クロエは咲也子の手を握る。


「クロ……」

「違います。大好きですよ、我が主。……てめえ、長妹と次妹じまいは覚えてろよ」

「えー? なんだい、こわいなあ」

「こわいでーす!」


 クロエはあわてて訂正して、キイナとユカリを睨む。こわいと言いつつ笑いが止まらない様子の2人はふざけているのは確定だ。

 穏やかな午後のティータイム、自分の分身である才能へびたちの声も混ぜて。紅茶の渋みとさっぱりとした香りが広がった瞬間は、まさに至高といってもいいと咲也子は思っていた。




「どうしよ、う」


 ざわめく新緑の中、ブナや樫といった原生森の茂みは所々に若干人の手が加えられたかのように鬱蒼とした印象はなく、木漏れ日の入る森を前に、圧倒的なまでに高く白い壁を背景にして立っていた。

 ほんのりと温かい中身の入っていないティーポッドを両手に持って、少女はいた。


 ぼんやりと青空を見上げて、声にも表情にも困った様子を見せない少女・咲也子はそれでも確かに困っていたのだ。

 なぜなら、咲也子はさっきまで家にいた。正確には、閑古鳥のなく自営の喫茶店で自らの分身ともいえる才能へびたちと楽しくお茶会をしていた。カスタードとベリーのパイタルトやそれぞれ選んだスイーツを片手に、才能へびたちが飲み干してしまった紅茶。空になったティーカップに新しいものを淹れようとティーポッドを掴み。


「きみ」


 誰かに呼ばれたため振り向いた。

 そうしたら咲也子はここにいた。瞬きひとつしていないのに、穏やかな喫茶店から木々騒がしい森の中へ。 甘酸っぱいタルトと紅茶の香りが一転して水と緑の、自然あふれる匂いへと変化した。

 普通ならば取り乱すような出来事であろうが、咲也子はどこまでもマイペースだった。 しかし。無表情を浮かべ、ぼーっと空を眺める様子には茫然自失という言葉すら当てはまらないくらい穏やかでも、咲也子は確かに困っていたのだ。


「おれの分の、タルト。シロにあげるって言い忘れちゃっ、た」


 残ったタルトを巡って才能へびたちが喧嘩しないとは言いきれないからである。



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