とある世界の神話
あるところに、小さな澱がありました。
いつ生まれたのかわからない、それは本当に小さな澱でした。
人が存在するずっと前から、澱は世界を漂ってありました。
あるとき、愛しつくす青いメデューサを見て、澱は‘憤怒‘にも勘えました。
「自分に石化させることができたなら」
あるとき、奪いつくす黒いドラゴンを見て、澱は‘傲慢‘にも望みました。
「自分に魔力があったなら」
あるとき埋めつくす赤い不死鳥を見て、澱は‘強欲‘にも欲しました。
「自分が不死であったなら」
あるとき、食らいつくす白い白澤を見て、澱は‘暴食‘にも願いました。
「自分に知識があったなら」
あるとき、懐きつくす褐色のグリフォンを見て、澱は‘色欲‘にも思いました。
「自分に守護があったなら」
あるとき、見つくす紫紺色のケルベロスを見て、澱は‘怠惰‘にも考えました。
「自分が不眠であったなら」
あるとき、蔽い尽くす月色の吸血鬼を見て、澱は‘虚飾‘にも惟いました。
「自分が他のものになれるなら」
7つめの才能を手に入れたとき、澱は合成者と名を変えて、人の形を得ました。
それから数百年、奪い合い、殺し合い、侵し合う人間たちに、世界は緩やかに滅びへの道を歩み始めました。
そんな世界を放浪するようにさまよっていた合成者に、1人の少女が声をかけました。
「ねぇ、そんなところに1人で、寂しくはないの?」
合成者は問いました。何も感じないこの空虚が、人々を見るとざわめくこの感覚が寂しいということなのかと。そうだと頷いた少女と、合成者はたくさんのお話をしました。
滅びを歩み始めたその世界のことも。少女は言いました。
「それでは、あなたとお別れなのね」
合成者はその言葉に愕然としました。世界が滅びるということは、その世界に暮らす少女も、合成者自身さえ含むのだと、やっと気が付きました。
そのとき、終い空けつくす漆黒の空亡を見て、合成者は‘憂鬱‘にも創造しました。
「自分に、すべてを包めることができたなら」
そうして合成者は少女のために滅びゆく世界を包んで、その上に新しい世界を作りました。
少女を、人々を招いた世界で、人々を救った合成者は自らの才能たちと少女とずっと一緒に暮らしました。
―聖典一節 「世界の成り立ち」より―