一生を左右する怪しげな占い
近頃、俺の通う学校である噂が広がっていた。
曰く、街の中に怪しげな占い師が出現している。
曰く、その占いは決して外れたことが無い。
曰く、今後の一生が左右される事になる。
曰く、決して金銭を要求する事は無い。
果たしてどこまでが事実で、何処からが事実とは違うのかは分かったものではない。所詮噂であり、噂とは尾ひれが付き、真実とは違う物になる事が多い。
全く興味が無いわけでもないけれど、どうこうする気はない。今後の一生を左右する様な占いをしてもらえるなら、どうせタダだし占ってもらってもいいかもしれないが……。
やりたい事も得意な事もない俺には、ガセだとしても何か指標になるかもしれないしな。
だけど、この噂には場所を明確に示す情報がない。わざわざ街中を本当かどうかも怪しい噂を元に占い師を探すなんて事まではしたいとは思わない。場所が分かっているなら話は違うけど。
「なぁなぁ、裕也! あの占い師の噂、知ってるか?」
そんな事を漠然と考えながらぼーっとしていると、背後からそんな声をかけてくる人物がいた。大体相手の見当はついているが、振り返り声の主を確認する。
「いきなりなんだ、真司?」
「なんだとはなんだよ! せっかくいい情報を持ってきてやったのに!」
俺の悪友である相模 真司の姿がそこにあった。まぁ単純に席順が俺の後ろなだけなんだが。
真司はしょうもない噂好きな奴だ。勉強に関してはからっきし駄目なのに、こういう事に関してだけは異常な記憶力と行動力を発揮する。ちょっとはその記憶力と行動力を勉強に回せ。毎回テストの度に赤点のくせに。
内心でボロクソに言いつつも、決して口には出さない。口に出せばトラブルになるから要注意である。
「その噂は知ってるけど、それがどうかしたのか?」
「聞いて驚け! その占い師の出る場所を特定した!」
それを聞いて少し呆れる。確か今日はこいつ追試じゃなかったか? 何やってんだよお前。
「あれ? 反応が鈍い……?」
「いや、反応が鈍いっていうか……お前、今日追試じゃなかった?」
「あ、忘れてた! まーそれは置いといて」
「いや、駄目だろ!? 勉強しろよ!」
あ、こいつ目を逸らしやがった!? どうやら真司は勉強する気は皆無らしい。
「分かった分かった、ちゃんと追試は受けるよ。……合格するかは知らないけど」
「おいおい、留年しても知らねぇぞ……?」
「平気、平気! んで追試終わったら一緒に行かない?」
「行くってどこに?」
「そりゃ噂の占い師のところだよ。場所を特定したって言ったじゃん!」
「あーそうかい」
「ありゃ、興味なし? あの占い師は才能を見抜くって話なんだけけどなー」
「……へぇ?」
その真司の言葉に僕は思わず、反応してしまう。いや、でも才能を見抜くってそんなことって無理だろう? いや、ちょっと興味が出たけどさ。
「なんでもいいから才能が欲しいって言ってた裕也には良い情報だと思ったんだけどなー」
「ぐっ! そういうとこはきっちり覚えてるのか……」
つい愚痴のようにボヤいてしまった少し前の話をしっかり覚えていやがった。追試は忘れるくせにどうでもいい事だけは無駄に良い記憶力しやがって……。こいつに唆されるのはちょっと癪ではあるけど興味はある。その話、乗ってやろうじゃないか。
「……詳しく聞こうじゃないか」
「よし、一本釣りっと!」
「おい!」
「冗談、冗談! 俺調べの情報によると、その占い師の占いってのは占った人の持つ才能を言い当てるものなんだってさ。今のところ百発百中の的中率らしいぞ」
「へぇ、そりゃまた凄い……」
真司の言う事が真実なら凄い占いだ。俺は街に外すことのない怪しげな占い師がいて、その占いが一生を左右するとまでしか知らなかった。一生を左右するという占いの意味は才能を見抜くということだったのか。
それが本当なら確かに一生も左右される。俺みたいに何の目標も、才能もない人間にとっては特に……
「で、行く? 行かない?」
「……いいよ、行ってやる。それにしてもよく特定できたな」
勉強は全然駄目なくせに、真司によくそんな事ができたもんだ。どこに現れるか分からないって話だったのに、よくもまぁ特定したもんだ。
「……ふふふ、それこそが俺の才能ってやつ?」
「勝手に言ってろ」
本当にそうなら凄い才能だけど、気に入らないな。こいつに才能があるだなんて……。
「んじゃ追試終わったら、行くってことでいい?」
「……お前の追試が終わるまで待っとけと?」
「まぁそうなるね」
「……はぁ、しゃーねぇな」
「よし、それじゃそういう事で!」
そう言って、真司は立ち去って行った。おい、どこへ行く? これから授業だぞ?
「あ、授業あるんだった」
流石に真司もすぐにその事に気付き、戻ってきた。普通そんなこと忘れるか? 大丈夫かよ、こいつ……
◇ ◇ ◇
放課後になり、真司の追試が終わるのを待ってから街へと向かう。目的はもちろん例の占い師の所である。
「……おい、ほんとにこっちで良いんだろうな?」
「大丈夫、大丈夫! 人通りの多いところは避けてるって話だし、今日はここで間違いない!」
本当に大丈夫なのか? すごい不安になってくるんだが……。どんどんと人通りの少ない寂れた場所へと向かっていってるぞ。
そこまで治安が悪い街ではないけれど、それでも不良というものはどこにでもいる。変なやつに絡まれなきゃいいけど……。
不安になりながらも真司の先導に付いていきながら人気の少ない裏道を進み、ようやくそれらしき人物を見つける事が出来た。見た目としてはいかにも占い師って感じの格好をしている。顔も隠しているためか表情は見えない。パッと見た感じでは体格的におそらく女性だろう。
簡易テーブルの上に置かれた水晶に右手を置きながら、その占い師は座っていた。対面には客が座るための椅子が用意されている。
一応、他の人から占いの様子が見えないように区切り用のカーテンが用意されていた。だが、路上でこんな事をするのは許可を得ているのだろうか? 許可を得ていないからこんな人気のない場所だとか言うんじゃないないだろうな?
「あなた達、いらっしゃい」
俺達を見つけたその占い師は声をかけてくる。声も女性のものだ。若そうな女性が一人でこんな人気のないとこで占い師? 危なくはないんだろうか?
「ここで占ってもらえるんですよね?」
「えぇ、そうよ」
「無料でいいんですよね?」
「えぇ、そうよ」
「じゃあ、俺からお願いします!」
真司は聞きたい事だけさっさと聞いて、さっさと占ってもらいに行った。考えなしの馬鹿って気楽で良さそうだな……。というか、あいつ、順番のこととか一切俺に尋ねなかったな。
俺からは占いの様子が見えないように、カーテンが閉められる。なにか見られるとまずい事でもあるのか? 占いくらい見られたところで……あぁ、内容次第では聞かれたくない事もありそうな気はするな。
しばらく待つと、真司はなんだか嬉しそうな顔をして出てきた。
「どうだったんだよ?」
その嬉しそうな顔を見て俺は尋ねてみる。よっぽどいい結果でも言われたのだろうか?
「俺って、人を誘導する才能と、情報を操作する才能があるんだって。才能があるって言われたのが嬉しくってさ!」
……なんというか使いどころに犯罪臭が漂ってくるな。その才能は詐欺師にでもなれそうだ。まぁ、どんな才能でも使い方次第ではあるけど、言われて嬉しい才能ではない気はする。それに本当かどうかも現時点では疑わしい。所詮は真司か……。
「ほら、裕也も行ってこいよ!」
「お、おう」
真司に押されるがまま、俺も占いを受ける事になり、椅子に座ってカーテンを閉めた。真司の嬉しそうな間抜け面を見たら、確かにカーテンは必要かもしれない。
「次は君ね。それじゃあ、この水晶の上に右手を置いて」
「あ、はい」
俺は言われるがまま、右手を水晶の上に置いた。すると、占い師の目を見開いて何か驚いている様子だった。そして目つきが柔らかいものへと変わっていく。なんだ? 喜んでいる?
「……やっぱり、あなたもそうなのね!」
そして、占い師は今までずっと水晶を触っていた右手を離した。一体どうしたのだろう?
「えっ、どうしたんですか?」
なんだか様子がおかしい? 俺は少し慌てて立ちあがろうとする。だが、右手が水晶から外れない。
「えっ!?」
その不可思議な現象に俺は戸惑ってしまう。その様子を見た女性は俺の方へと向き直り、そして口を開く。
「……あなたの才能は私と同じで才能を見抜く才能。それで、その水晶は呪われてるの。一度触ると同じ才能を持つ人間が触らないと離れない」
何だそれは!? そんな馬鹿げた事があってたまるか! 同じ才能を持つ人間が触らないと離れない呪われた水晶に、才能を見抜く才能だと!?
どうせこんなもの、ただの接着剤でもつけたガラス玉にでも決まっている。この占い師語るやつが、噂に乗じてイタズラをしているとかそんなもののはずだ。
「あんた、ふざけてんじゃねぇぞ!」
「お、終わったか?」
すると真司がカーテンを開けて入ってきた。こいつ、何を笑っていやがる!?
「おい、真司! これ、どうなってるんだよ!?」
「あ~すまん、裕也。悪いけど、これからその状況で頑張ってくれ!」
駄目だ、状況がさっぱり飲み込めない。何がどうなっている!? なんでただのガラス玉っぽい水晶から手が離れないんだ!?
「姉ちゃん、ちゃんと外れた?」
「うん。真司、ありがとうね」
「はぁ!?」
真司のやつ、今この占い師の事を姉ちゃんだと言ったな!? いや、もしかしてこれは嵌められた……? ちっ、この馬鹿、あとで覚悟してろ!
「悪いね。あの占い師の噂、俺が流したんだよ」
「はぁ!? どういう事だよ!?」
「姉ちゃんの手にくっついた水晶を取るためだよ。まさか裕也が同じ才能を持ってるとは思わなかったけどね」
真司なんかに騙されてまんまと嵌められるとかふざけんな! くそ、この水晶はさっきから何度も地面に叩きつけてるのに傷一つ付かない。どうなってんだよ、この水晶!
「祐也、さっき言っただろ? 俺の才能は人を誘導する才能と情報の操作をする才能なんだよ。有効に活用させてもらったよ」
「ふざけんな! さっさとこの水晶を外しやがれ!」
「それは無理だし、そもそも出来たとしてもお断りだね」
真司は俺をまるでゴミ屑でも見るかのように、見てきていた。俺はこいつに嵌められてたわけってことかよ! この馬鹿に!
「そう振舞ってたってのもあるけど、裕也が内心で俺の事を馬鹿にしてるからだよ。だから、良いように利用させてもらった。噂はそのまま流しといてやるよ。頑張って同じ才能を持つ人間を探し出して、その呪われた水晶を押しつけることだね」
そう言い残し、真司とその姉は俺を残して立ち去って行った。俺の手に何をしても離れそうにない水晶を残して……。その後、何をどれだけ試してもその水晶が手から離れる事は無かった。
そしてその日を境に祐也の姿は見ていない。後から聞いた話ではあるが前々からこの街を離れる事は決まっていたそうである。……最後に俺に邪魔なものを押し付けて行ったという事のようである。
確かに俺は真司の事を見下していた。そして真司は自身の才能を利用して、俺を姉の呪われた水晶から解放するために利用した。才能は使い様によって形を変える。その事を痛感させられた。
◇ ◇ ◇
それから数年後、初めは恨みこそしたが今は真司に感謝もしている。才能を自覚するというのは重要だ。未だに右手に邪魔な水晶はあるものの、慣れればなんて事はない。それにどうやらこの水晶は非常に邪魔な代わりにその者の才能を強化するようであった。
そしてそれは俺にとって非常に重要な事なのである。自分自身では才能がない上に邪魔な水晶が右手にくっついたままなので何をやっても駄目だったが、俺の才能はそこが本質ではない。
他者の才能を見抜くということは、有能な人間を見つけ出す事が出来、その力を存分に引き出せるのである。それに気付いてからは俺は自分の才能を存分に活用する事にした。初めは胡散臭い目で見られ続けたが、それでも耐え抜いて……。
その結果としてあらゆる分野で実績もなく無名ながらも、凄まじい才能を秘めた金の卵ばかりを集めた会社を起ち上げることに成功し、あっという間に大企業になった。誰もまだ見つけていない優秀な者を選び抜く事の出来る才能、それが俺の才能である。